覚醒者



『『『覚醒者?』』』



 アトラスの森から時間も場所も異なる、帝国城内のとある一室にて。

 この国の大臣であるアンドレーフに呼び集められた九人の勇者たちは、そこでこの世界におけるシステムの説明を受けていた。


「この世界でレベルが50に達した者はそう呼ばれています。勇者は召喚されてから先ず覚醒者になる事を最優先に求められ、それを成して初めて迷宮への挑戦資格を得るのです」

「50? そんなに…」

「それより覚醒者って?」


 アンドレーフの言葉に何人かが訝し気な顔をして見せる。


「それってレベルが50に上がらないと迷宮に入れもしないって事ですよね。どうしてそんな…」

「そうまでしなきゃワタシ等じゃ通用しないって言いたいんでしょ。それくらい分かりなさいよね」


 直哉の疑問を伊織が苛立たし気に答えた。彼女は基本、爽弥以外の男子には当たりがキツい。その言葉に気圧され、直哉が縮こまってしまった。


「イオリ殿の仰る通りです。迷宮攻略の可能性は覚醒に至るか否かで大きく変わってくる。先ずはそれが何なのかを説明する必要がありますね」


 それを少し不憫に思ったアンドレーフが話の頭を戻し会話を進める。


「覚醒とは読んで字の如く能力の飛躍的な向上を意味します。それ迄の過程を前段階とし、覚醒に至ってからが本番と考える人も少なくないでしょう。要はそれだけ重要視されているという事なのです」


 まあ話すだけでは分からないでしょうから……と言っておもむろにウィンドを表示した。


 本来は個人情報よろしく無闇に晒すなど以ての外。

 しかしこの方が話がスムーズなのと、力こそ全てと謳う帝国で武闘派ではなく文官をしていることから開示のメリットと天秤に架け、重要なスキルだけを隠してそれを皆に見せたのだ。


 なにせ此方から提示すれば自然と見せ合う流れになるだろうから。


「わたくしが見てほしいポイントは2つだけ。身体能力値アビリティと…属性スキルの欄です」




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個体名 レムリア=アンドレーフ


種族:人間族ヒューマン  Lv52

称号:「特殊保持者」「覚醒者」「侯爵家当主」「戦王の右腕」


力:6650

体力:6425

俊敏:6850

精神:9325

魔力:8950


【特殊能力】

《鷹目の呪法》(「看破」「五項低下」)


【通常能力】

《雷属性 Lv4》 《森属性 Lv5》

《魔属性 Lv6》 《細剣術 Lv5》

《俊敏強化(小) Lv3》 《魔力回復(中) Lv6》

《詠唱省略 Lv5》 《思考加速 Lv8》

《魔威力上昇 Lv6》 《雷威力上昇 Lv2》

《外交術 Lv8》 《盗聴 Lv3》

《口話法 Lv5》 《礼儀作法 Lv6》


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「これって…」

「Unbelievable! ジュホウとか盗聴とかっ、アンさんって見かけによらず~アブない人ネ!」


 そうだけどそうじゃない、何故一番最初にそこを見る。全員の心がハモった瞬間だった。


「アンドレーフさんも特殊保持者だったんですね。しかも特性が二つ…」

「いやいや、それよりも何ですか平均アベレージ7000越えとかいうトンデモ数値はっ! ……あれ、でもこれって高いんですかね? 拙者わかんね」

「見たことのない属性も混じってる。魔と森なんて誰も持って無かったよね?」

通常能力ノーマルの数と習熟度も凄いです。レベルが上がればそれだけ成長できるって事かな」


 ある者は興奮を露に、或いは冷静に分析し、また自分達との圧倒的な差に呆然と立ち尽くす者もいた。


「これが覚醒者の特徴です。わたくし共はレベルが50になった瞬間からそれまでの常識を塗り替え、成長する。基本値も技量も能力さえも、それまでとは比較にならない勢いで伸びていきます」


 全員が唖然としたまま、今度は横槍も入れず彼の話に耳を傾けた。


「覚醒へ至った時の主な恩恵は二つ。一つはステータス値の大幅な上昇です。今の段階でレベルが上がると特殊保持者なら60~80、そうでない者でも40~60ほどアビリティに加算されますが、これが覚醒者になるとその倍は貰えます」


 この世界で身体能力値アビリティは能力以上に重要視される。と言うのも、魔法やスキルで勝負が動くのは同格である場合が殆どだからだ。両者の開きが大きいとそれだけで闘いが成り立たない。

 10や100なら誤差の範囲。だが1000以上で実力は開き始め、一万もの数差がつけば抗えぬ脅威であることを意味する。


「という事は某達なら一度のレベルアップで100以上の上昇が望めると?」

「勇者の皆さんならそれ以上も見込めるやもしれません。覚醒者の闘いは数万数千が基本になってきますから」

「それは本当に…?」


 柚乃が訝しげに確認した。


「わたくしの知っている限りだと体力値だけで1000以上授かった方もいますよ。一回のレベルアップでそれだけ上がるのも稀ですが」

「何それズルッ」


身体能力値アビリティの「体力」は忍耐や生命力に依存する。なのでそれが高いと長期戦になる場合が多い。和人のような守備型もこの傾向が当てはまる。


「この覚醒というシステムは万種共通。人間だけでなく全ての生物に備わっている進化の奇跡そのもの。〈長耳族エルフ〉や〈土小族ドワーフ〉、亜人は勿論のこと其処らにいる魔物すら例外ではありません」

「全ての生き物に? でもそれって…」


 大仰に騙る様子が九人を話へと引き込み、それに釣られて誰かが反応を返す。


くだんの迷宮にはこの覚醒者の称号を持つ魔物が幾百にも跋扈し、我々の攻略を長年阻んできました。勇者とはいえ、覚醒もしていない状態でそこを上るのは落雷の下に身を置くのと等しい。なので五大国を含めた主要な国々は覚醒を終えてない勇者の迷宮入りを禁じたのです」


 今よりずっと昔――それこそ迷宮を競うように攻略し始めた頃は、その辺の事情を考慮していなかった。

 速さと引き換えに安全性を無視し、そのせいで貴重な勇者を失うという事例が暫く続いたのだ。

 勿論迷宮内部の情報が当時足りてなかったのもあるが、後になって今の形に見直される迄は死亡リスクも有り得ないくらいに高かった。


「あとは上位属性の存在も覚醒者の強みでしょう。そこに至った者はそれまで持っていたスキルが進化し、より強力な魔法が行えます。わたくしの《森属性》と《魔属性》も元は木と闇でした」


 通常能力のなかでも特に重要視される属性スキルは生まれた時から決められており、それ以降増える事はない。ただ、その代わりとして覚醒者になると一段階上の力を得ることが出来る。



「火」属性 → 「火炎」属性

「風」属性 → 「嵐」属性

「木」属性 → 「森」属性

「土」属性 → 「大地」属性

「光」属性 → 「聖」属性

「闇」属性 → 「魔」属性 等と決められている。



 その他例外として「雷」と「水」があるが、《雷属性》は覚醒に至っても表記が変わらず、変質もしない。ただ出力が上がるだけだ。


「一方の《水属性》はその逆――。「海」「氷」「毒」「霧」と進化先は多岐に渡り、どれか一つに当て嵌まるようになってます。とはいえ《毒属性》は「水」と「木」の習熟度を覚醒するまで常に一緒に保つという制約があるので可能性としては低いですし、《霧属性》に至っては期待するだけ無駄でしょう」


《水属性》は派生スキルが多い分、爽弥達のような覚醒前だと所有している者が一番多い。

 しかしアンドレーフが謂うように「毒」と「霧」は獲得が難しいため、宰相である彼をしても二つは完全に未知の領域だ。特に「霧」などはその存在を疑うほどに。


「えっと、今の段階で自分がどの系統になるとかは分からないんですか?」

「明確な取得条件があるのは《毒属性》のみとなっています。抑々魔法を扱える者が少ないため単純な比較は出来ないのですが…」


 属性系のスキルが先天的というのは先に述べた通りだが、その保持者も全体の二割と案外少ない。そこから更に魔法へと転じれる者が絞られてくる為、初級魔法でも発現出来る者は限られてくる。


「あっ…「水」と「木」ってことは柚乃さんが可能性あるんじゃ無いですか? 確か両方持ってましたよね」


 彼女の発言で全員の目が柚乃に向く。しかし話を向けられた本人は気まずそうに視線を伏せた。


「…申し訳ないけど、それは無理なんです。さっき見てみたら《水属性》のレベルが2に上がってたから」


《毒属性》は明確な進化条件が設けられている分、他の上位属性と比べて発現率もグッと下がる。

 全部で49あるレベルアップを一回の狂いもなく揃えるというのは至難を通り越して無茶だ。命懸けの戦闘でそんな事をする余裕があるなら、もっと他の所で伸びているだろう。


「部屋で興味本意に色々試したのが良くなかったんだと思います。アンドレーフさんにも止められてたんですが、自制が効かなくて」

「え…あっ、ごめんなさい!」


 それを聞いた茜が慌てて謝罪する。


「ううん、私の方こそごめんなさい。……勝手な事して、爽弥君はこんな私に失望しましたか?」

「そんな事ないさ。自分を磨く行いを褒めても、責めたりなんか僕は絶対にしない」

「ふふふ。爽弥君ならそう言ってくれると思ってました」


 爽弥から許しを貰い、また何時もの調子に戻る柚乃。その様子を見て、何人かがまたかと苦笑を浮かべた。


「でもでも~、ポイズンでそれだけなら~、ミストッは誰が手にできルんだろネ~」

「そうですね、一体どんな性質なんでしょう。字面だけだと効果がイマイチ分からないですし!」

「Mr.アンドレーフは何かご存知ですか?」

「真偽こそ定かでないですが、噂では幻術を司るとか。直接の攻撃手段こそ少ないものの、五感すら欺くその性能は上位属性の中でも脅威の一言に尽きる、と」


《霧属性》に関しては迷宮で発見される古代級魔道具アーティファクトからの情報が殆どである為、帝国どころかどこの国でも解明が進んでいない。故に情報をそのまま伝えるしかない訳である。


(幻術キター!)

(物語中でもぶっ壊れ性能で占めるやつですぞ!)

(でも獲得の可能性としては薄そうですね)


 アンドレーフが頭を悩ませる中、またもや三人額を合わせて話に盛り上がる。伊織はそれにゴミでも見るような眼を向けた。


「誰か発現した人はいないんですか?」

「…御一方だけ、所持していると思われる方ならいます」

「それはWho?」


 若干言い辛そうに口をまごつかせ、それでも質問に応じた。


「〖崩国の白銀妃シルヴィノーゼ〗ウラネス様です。九つの尾を携え、その強さと美貌から神に最も近い神獣様として一部から崇められている御方です」

「神獣…ということは人間ではないんですね」

「はい。姿形こそ〖白銀妃〗の名に恥じぬお姿ですが、その正体は魔の者すら畏れる天狐だとか」

「それって九尾…?」


 思い当たる存在を中国神話で知るみくるが声に出して疑問をぶつける。


「キュウビがなんだかは存じませんが、万が一見かけても下手に近付いてはいけませんよ? 彼女の機嫌を損ねて頭しか残らなかった魔王もいたみたいですから」

「あ、頭だけって」

「しかも今さらっと流したけど魔王って…」


 この世界に来たばかりでイマイチ実感できないが、取り合えず特別な存在なのは分かった。


「ですが気に入られれば国の繁栄にも手が掛かるほどです。隣国では国王夫妻の婚姻に関わったと聞きますし、我が国でも先々代の皇帝と酒を飲み交わした仲だとか」

「それは何ともまぁ…」

「機嫌悪い時との印象違いすぎでしょ」


 それを聞いて先程とは別の空気が一同に流れた。


「ですから―――おや?」


 それから次の説明に入ろうとしたところで、アンドレーフの動きが止まった。


「あの、どうしましたか」

「アンドレーフさん?」


 最初に異常を察知したのはと共に仕事をする内に鍛えられた第六感――要は面倒事を押し付けられる中で自然と身に付いてしまった直感である。

 それが煩わしいまでの警鐘を鳴らし、自分に厄介事が迫っている事を伝えた。


「もう嗅ぎ付けてきましたか。全くあの人は……いい加減落ち着きというものを覚えてくれないと」

「アンドレーフさん…?」


 温和なイメージがあったアンドレーフが悪態を吐いた事で、全員がキョトンとした顔を晒す。


 その間もアンドレーフの警戒が緩まる事はなく、次第に足音が聞こえる距離までソレは迫って来た。

 集中せずとも城内を我が物顔で闊歩する人物の特定は容易であり、自分の予想が覆らない事を確信するともう一度、今度は心底疲れたような深い溜め息を溢した。


「話が脱線してしまい、申し訳ありません。一先ずわたくしの話はここまでのようです」

「えっと、それはどういう「よぉレムリア!」——っ!?」


 悠斗の疑問を遮って部屋のドアが開くと、そこから五十は過ぎたであろう男性が弾かれように姿を現した。



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