ステータスと聖女の実力
夜の山中を駆けるには些か目立つ金糸と銀色の髪を靡かせた二人――天宮湊と、彼に運ばれる形で逃げるアルシェは後ろから圧を掛けられながらも迷いない足取りで森を疾走していた。
「カナエ様っ、先程の音はもしやお怪我を…!」
「ああ、不覚にもな。だから左腕の治療から頼めるか。肋骨は後でも良いから」
「ッ――、お任せください!」
左腕と肋骨と聞いて、一瞬言葉を失う。自分が魔力回復と精神の安定化を図っている間にそんな事が起きていたとは。自らを責める気持ちが一気に押し寄せるが、それが湊の治療を遅らせることにハッと気が付き、雑念を払うように頭を振った。
「カナエ様、魔法を行使しますがよろしいですか」
「当然。むしろその為に待機させてたんだからな」
湊から許可を貰いつつ、一度は空になった魔力残量を確かめながら手に《
因みに。明かりを自分で生み出せるのに先の戦闘で使わなかったのは、勿論湊から魔力回復に専念するよう言い包めていたのもあるが、それ以上に盗賊の血で彩られた戦場を見て平静を保てるか自信が無かったからだ。
魔法の精度は術者の技量と魔力量に依存する。
魔力をお金に例えたように、魔法も高い魔力量を支払えば強引に魔法を完成せたりなんかも出来なくはない。が、それで上がるのは精々威力くらいのもので、術の精度となると話は変わってくる。
予めそういうシステムとして組み込まれたスキルとは根本からして違うのだから、当たり前と言えば当たり前。
いやむしろ、直接の介入こそないが魔法補助に適した職業スキルや技能スキルに魔力を注いで技量を上げるといった方法が取れるあたり、しっかり補完は為されているのだろう。
では術者の魔力消費を最小限に抑えた上で、魔法も高水準に行使するにはどうしたら良いか。
その答えは簡単、レベルアップだ。
さらに詳しく言うと、ステータス欄で「力」「体力」「俊敏」「魔力」と並び表示されている「精神」の
精神値が高いと読んで字の如く精神が強くなり心が習熟する。心が強いと平静を保ったり落ち着きやすくなるから技の練度が上がるし、魔力回復も速くなる。
また副次的ながら『威圧』を代表とする一部の気術スキルや、毒や麻痺などといった状態異常にも微耐性がつくといった効果がある。
詳細を語ると話が長くなるため割愛するが、実は魔力消費を抑えるだけならもう一つだけ方法があったりする。
しかしそのやり方は常人には到底不可能であり、湊のように
少し話が脱線したが、要は程々に緊張感を残しつつリラックスした状態が魔法を生業とする者にとって最適という話だ。
死の気配が其処彼処に横たわっていたあの戦場で、闇を晴らしたりなどすればどうなるか。
精神値が高いとはいえ温室育ちのアルシェがその光景に耐えれる筈もなく、恐慌状態に陥ったとしても不思議でない。
逆に彼女より精神値が低い湊でも普通に大丈夫な場合…というよりあの光景を演出した元凶が彼なので、一概に数値が全てというわけでもなく、あくまで一つの指標に過ぎないことを覚えていて欲しい。
同じ項目に同じ数値。でも内訳が違うのなんてザラにあるし、性格だって千差万別なのだから。
「うっ、酷い……」
だから左腕の状態を見て心が揺らいだとしても、それは仕方なかったりする。敬愛する人の腕があらぬ方向に曲がり、腕全体が熱と腫れに覆われているのを見たら普通は言葉を失うだろう。
何より追手に追われているこの状況が、ゴルヴとシュタークに連れられ逃げている時と同じシチュエーションなのも彼女の不安をより煽っていた。
「カナエ様っ」
「ハッ、ハッ――」
ちらりと視線を上げれば、端正な顔の湊が視界に入る。その表情はアルシェが送り出した時と同じ見る者に安心感を与えるが、よくよく観察すると額に脂汗を浮かべ、呼吸も浅く速い。そこから無理をしていると考え着くには十分な情報過ぎた。
それでもアルシェは目を逸らすでもなく現実を直視し、歯を食いしばりながら現時点における最高の回復魔法を発動させてみせた。
「〝孰れ来たる断章の理 初章
世界屈指の支援能力を持つ才女だとか、大陸一を誇る聖王女だのと、そんなのは関係ない。心が多少強いだけの、年端もいかない少女に肩書を押し付けたって、本心から望まなければきっと不安に圧し潰されただろう。
アルシェが心の底から湊を慕ってるから。本気で助けになりたいと思っているからこそ発動した結果であり、そこに無粋な勘繰りを入れられる余地など在りはしない。
「――! これがアルシェの回復魔法か」
凄まじい。その一言に尽きる。アルシェが詠唱のようなものを口遊むと、彼女を中心に膜のようなものが形成された。当然アルシェを抱えて移動中の湊も膜の内側におり、彼女が齎す恩恵の庇護下にある。
するとどうだろう。最初の奇襲で傷を負った胸部がじんわり熱を帯びたかと思えば、控えめに調節された優しい光が集束し、みるみる傷が塞がっていくではないか。これには湊も驚嘆し、それを見てほっとしたアルシェの嬉しそうな声が届く。
「如何でしょう。〖
「ああ、かなりな」
正直、最初話に聞いた時は眉唾物だと思っていた。権威ある者が更なる権威を求めて誇張するのは創作だけの話ではなく、日本のお隣のそのまたお隣の国では現在でも使い古されている位ありきたりな手法だ。
アルシェにその気が無くても、彼女の立場からそうせざるを得ない状況にあることも考慮し、あまり期待せずにいたが認識を改めねばなるまい。もし現代にアルシェが居たら、その地域の病院は廃れてしまうだろう。
「しかし、左腕だけはどうしてもお時間が…」
見ると、他の怪我が既に完治したか治り掛けるぐらいまで治療が進んでいるのに、折れ曲がった左腕だけはその兆候が見られない。単純に一番重症化していて治りが遅いだけだが、危機が後ろから迫っている状況では悠長に待つことも出来ない。
「ん…充分だろ。時間は問題ないというか気にしてないし。どうしてもって言うなら多少強引だが直接腕の形を整えてッ!! ――っ痛う、後はこの魔法に任せればいいんだから凄く楽だな」
そう言って何を血迷ったのか、右手で左腕を掴んだと思えばアルシェが静止を呼び掛けるより前に腕を無理矢理元の位置に戻した。折れ曲がった腕を引っ張ると、当然ながら激痛が走るが当の本人はそれを気にも留めない。
「い、いけません! そのような無茶はお止めください」
「はいはい。聖女様がそう言うなら二度とやりませんよ、っと」
「……もう。腕を見せて下さい。このまま治しますね」
確かに放っといても勝手に回復するんだったら腕の矯正位はするだろうが、それにしたって行動が早過ぎる。アルシェが止める間もなく実行に移したせいで、珍しく彼女からお小言が入る。
「この空間にいれば後は勝手に直ると思うんだが……まあ変な癖とか付いても厭だしお願いするわ」
「はい、それでは前失礼しますね。ん、しょ。よいしょ、と」
「……」
小さな掛け声と共に身じろぎし、必死に患部へ手を伸ばそうとする腕の中の聖女様。
その際2つの大きくて柔らかいものが湊の胸に押し付けられ、こんな状況だというのに不意に巨乳狂いの親友の言葉を思い出す。
――いいか湊。世間一般では胸が豊かな女性のことを気軽に巨乳と呼んだりするが、実はその指標となる明確な基準は存在しないんだ。だから多くの男性は自身の経験と感性を頼りに巨乳か否か判断するんだが、男性のイメージする大きさってのが大体D~E位だと云われている。そして俺はこの二つの内、Eサイズこそが巨乳の入門部分だと確信している。 理由だと? そんなのデカい方が正義に決まってるだろ! あとEカップでいいおっpグォボハァ!?――
碌な記憶じゃねえな。早口で捲し立てるあの暑苦しさについイラっと……もとい視界の煩さに耐え切れず手が出たのが印象に残っていたのか、割と最低な会話が頭を過った。
“顔だけじゃねぇ。見ろよあの胸、最っ高に唆るだろ。G…いやもしくはそれ以上あるか?”
(少なくともHは有りそうだな)
そんな最低なノリに感化されたのか、それともただの興味本位なのかアルシェと密着している箇所に意識が集中する。
そもそも他人に興味無いせいで単純な比較はできないが、少なくとも大半の女性よりかはプロポーションが良いのは間違いない。胸の大きさに貴賤が在るかは知らないが。
「…? カナエ様?」
「ん。いや、何でもない」
不思議そうに首を傾げるアルシェ。知らぬ間に胸囲を測られていると知ったらさしもの彼女でも幻滅しそうだが、そんな事はおくびに出さず柔和な笑みを返した。
「それにしても、《
「この魔法は設置型――最初に魔力を込めて発動さえできれば、後は魔力が切れるまで効果を発揮してくれます。もし展開した後に効果を底上げしたいのでしたら魔法に干渉するといった方法も取れます」
「ふーん。魔法ってそういうのも或るのか。存外奥深いな」
小出しに提供される情報群に、心なしか好奇心を掻き立てられる。才能至上主義を掲げる湊ではあるが、魔法という未知の技術に対して全くの無関心かというとそうでもない。
この世界に
時間が出来たら暇つぶしに極めてみるのも良いかと、その道の人が聞いたら怒り狂いそうな予定を立てる位には気に入っていた。
「でもその前にっ、と」
「えっ…キャア!?」
「先ずはこの状況をどうにかしないとな」
後方から拳大ほどの石が迫り、それを後ろ回し蹴りで粉砕する。姿こそ見えないが、また能力で二人の位置を把握しているらしい。未だ距離自体は開いているものの、異形の変化を遂げた者相手に稼げる時間はそう多くない。
「ッ、直ちに回復に取り掛かります。3分…いえ2分間だけお時間を頂けないでしょうか」
「いいよ許可する。ちゃんと落ちないよう支えておくから治療に専念して」
「はい、お任せを」
一度弛緩した空気がまたピンと張り詰める。アルシェが詠唱を唱え始め、湊も邪な考えを思考の隅に放り投げた。
そうだ。戦闘継続の目途が立っただけで脅威は依存として迫っている。唯でさえステータスで負けているのに、まさか
何とも複雑だが、また魔法もしくは能力が必要になってくるだろう。その為にも先ずは…
「アルシェ。俺の恩恵はどうやって確認できる?」
「〈ステータス〉と、仰って下さい! それでウィンドが開きます!」
「そう、分かった」
(そこは創作と変わらないのか。蓮、お前の非生産的な趣味も無駄じゃなかったぞ)
早速「ステータス」と呟く。すると空中に青白い電光板のようなものが浮き上がってきた。その内容を目で追いつつ、『俯瞰視』で地形を把握しながら今までと何ら変わりなく疾駆する。
アルシェも何かあれば湊に知らせる態勢が出来上がったところで、画面に表示されている情報を目で追っていった。
------------ーーー
個体名 カナエ=アマミヤ
種族:聖人 Lv4
称号:「発現者」「傲慢の証」「勇者」「異世界人」「白銀の体現者」
力:320
体力:285
俊敏:400
精神:295
魔力:405
霊力:420
【固有能力】
《天付七属性》
【特殊能力】
《黎明の神器》
【通常能力】
《詠唱省略 Lv2》 《身体強化 Lv1》 《思考加速 Lv1》
《気配察知 Lv3》 《覇気 Lv1》 《万能翻訳》
------------ーーー
(比較対象がなくて分かり辛いが、バランスは良さそうだな。前衛後衛どっちにも適性がある辺り、俺個人の能力を反映しているのは間違いないな)
【天付七属性】を詳しく見れば《天属性》《火属性》《水属性》《風属性》《雷属性》《木属性》《土属性》《闇属性》と細かく分けてあって、火属性以外は軒並みLv1となっている。
(固有能力は珍しいんだったか? まあその辺りを今気にしても仕方ないか。問題はそれよりもこっち…)
視線を下に滑らせ、【黎明の神器】と書かれた部分をタッチしてみる。すると項目の横に、「性質付与」「三権」なる表示が新たに追加された。
(これは……神器というくらいだし武器創造の類か? けどその詳細が分からないな)
特殊能力以上になってくると、通常効果以外に「特性」なる強化が備わってくる。
アルシェの【結界魔法】が持つ特性「結界干渉」「万能効果」や、【聖者の瞳】に宿る「予知眼」「千里眼」と同様、
湊の【天付九属】【黎明の神器】にもそれぞれ「最大十二特性」「優先権」、そして先ほど挙げた「性質付与」と「三権」が記されており、能力を十全に発揮できれば状況が一気に好転するほどの力を有しているが……
(確かめようにも時間が足りなすぎる。得物だけでも顕現してみるか――?)
「《
決して意図的でないにせよ、鈴を鳴らしたような透き通る声が湊の思考に割り込んだ。目線を左斜めに下げれば、腕の中で器用に身を捩ったアルシェの手から魔力が溢れ、それが先に発動した魔法と合わせて患部の回復を劇的に高めていた。
「…! 流石に早いな」
まるで早送り映像を観ているかの如く左腕が修復し、数秒後には損傷前と寸分違わぬ状態で復活を遂げる。普通なら手術を施しても半年は掛かるであろう大怪我を、【結界魔法】のサポートも無く僅か数分で終えてしまったのだ。
それがどれほど凄い事なのか。本当の意味で湊が理解するのは先になるだろうが、この時点でアルシェの発動した魔法がとてつもなく高位のモノであることは察していた。
このダリミルに召喚されてから戦闘しか行っていないが、
「治療、完了いたしました。どうでしょう左腕の調子は」
「問題ない。むしろ最初より調子が良い位だ。これなら次こそアイツを仕留められる」
「そう、ですね。まだ戦うんですよね」
「アルシェ…」
しかし、当の本人と言えば憂いの表情を浮かべ、酷く痛まし気な眼を湊に向けていた。
「カナエ様、あのッ」
「“これ以上俺が傷付くのは見たくないから、自分の身を捧げてアイツに許しを請う”ってか」
「えッ!? あの、えっと…」
その思いつめた表情からアルシェの思い浮かべている事を指摘すると、目に見えて狼狽える。大方、治す前の怪我の状態を見て尻込みしたのだろう。このまま戦闘を継続するよりは、相手の要求を呑んで矛を収めてもらった方が安全だからな。
ただ奴は、その見返りとしてアルシェの純潔を求めてきた。一度は内容の醜悪さに要求を突っ撥ねたが、俺の身を第一に考える彼女ならこの選択に縋ったとしても不思議ではない。
そうは思っても、アルシェに心配を向けられるこの状況はハッキリ言って面白くない。
「いいかアルシェ。さっき俺は必ず勝つと言ったんだ。この
負け惜しみに聞こえるかもしれないが事実だ。元来持っている素質は勿論の事、恩恵含めた総合力でも俺には及ばない。確かに膂力や打たれ強さなど、部分的な要素だけ見たらまだ奴の方が優れているだろう。
だが奴には圧倒的な実力差を覆すような才能も、それを活かす頭も無い。
ただ与えられた恩恵に振り回され、自分が強くなったと勘違いしている愚者に過ぎないのだ。それなのにあの劣等種に負けると思われている事が、何故だか無性に腹が立つ。
「それに見ろよ、あの怒り様。仮にその提案を呑んだとして、俺を無事に帰す気はもう無いだろうさ。そもそも負けないけど」
「そ、それは勿論存じています。ですがやはり覚醒者との戦闘はまだ早いかと…」
「ならこのまま追いかけっこを続けるか? 時間と体力を浪費するだけだから出来ればさっさと終わらせたいんだけどな」
遠回しに勝つのは自分だと伝えるが、それでも煮え切らない様子のアルシェに苛立ちが募る。心配は無用だと言っても不安は払拭されず、ならもういっその事怪我も治ったし、アルシェだけ残して特攻をかけしまおうかと本気で考える。
事後報告なら言葉での静止も意味を為さないし、勝利というとっておきの証拠まで見せたら流石のアルシェも認識を改めるだろう。
「…申し訳ありません。ですが、また御身に傷が付いたらと思うと怖くて堪らないのです。それが私の尊厳が踏み躙られる程度で免れるのだとしたら、迷う理由などございません」
「だから、あんな奴相手にこれ以上遅れは取らないし、その独り善がりな自己犠牲精神だってもう意味が……ん?」
そう思っていたが……おかしい、何かおかしい。共通の議題を話している筈なのに微妙に会話が成り立っていない感じがする。具体的にはそれぞれの理想とする着地点というか決着の付け方の部分で、齟齬が発生しているような…
「アルシェ、念のため聞いておきたいんだけど、お前が危惧しているのって勝負の行方に対してか? それとも……怪我を負うという行為そのものか」
これで前者ではなく後者だった場合、俺はムキになって言い訳染みた反論まで行う勘違い野郎なんて不名誉な事実が出来上がってしまう。それを否定するための投げ掛けだったが、優秀な頭脳と無情なる現実がその思惑を即座に斬り棄てた。
「…? 勿論、先程のような傷を負ってしまう事に対してです。やはりレベル差による弊害は無視できない訳ですから、カナエ様が無理して勝利を収めるよりも、私が頑張って赦しを請う方が安全だと思った次第です」
「……ふーん、勝つこと自体は疑ってはいない、か。けど魔力にはまだ余裕があるんだろう? 多少怪我を負ったところでまた治せばいいだろうに」
その為に回復に徹するよう言い含めていたのだから。なのにそんな些末事で身を犠牲にしようとするアルシェを慰撫しようとするが、その湊の言葉を遮り珍しく怒ったように反論してきたのだ。
「駄目ですッ、御身を軽視してはいけません! もし仮に余力を振り絞っても治りきらない重傷を負ってしまったら、カナエ様を癒す術が無くなるのですよ!? そんな、そんなことになったら私――」
――聖女としての存在意義を失ってしまう。それはつまり、カナエ様の隣にいる
加えて盗賊に殺された兵の皆みたいに、何も手立てがないままカナエ様の熱が奪われていくのを想像すると、不安と恐怖で圧し潰されそうになる。
「怖い……私は怖いのですカナエ様。貴方様が傷付く姿を見るのが酷く恐ろしい。ですからどうか…お願いですから私に無茶をさせて下さい」
「アルシェ…」
声を震わせ、身体を震わせ。王女でも、聖女でもない年相応の幼さを垣間見るが、それと彼女の願いを聞き入れるかは別問題である。
「駄目だ、許可しない」
「ッ…、」
「けど、アルシェの懸念は分かった。だから約束しよう。奴との決着は傷一つ負う事なく、完全な勝利で終わらせると」
「え!?」
だからその話を提示された時、不敬にも無理という言葉が喉まで出掛かった。
当然と言えば当然。これまで散々恩恵について説明し、その脅威をたった今痛感したばかりである。普通はこのまま逃げるか、もしくは戦うか。業腹だがアルシェの案を検討するぐらいには脅威として認識している筈…だった。
にも関わらず湊の口から出てきたのはまさかの完勝という、最早選択肢とも呼べない選択そのもの。
さしものアルシェもここまで自信満々に豪語する湊に理解が及ばず、自身の無知を理由に先の説明を求めた。
「いやなに、これなら互いの言い分と合致すると思ってな。ステータスを見て、形振り構わなければその条件でも達成可能だと思ったんだ。正直気は進まないけど」
「…カナエ様、それでも私は――キャッ!?」
不安だと、そう伝えようとしたところで急な進路変更が掛かった。
「ちッ、大事な時に!」
当然ながら相手は此方の話など待ってくれない。仲間の遺品から引っ手繰ってきた弓矢を次から次へと湯水のごとく放出し、此方の機動力を削いでくる。
「あいつ、アルシェが居てもお構いなしか」
盗賊の放つ矢は無秩序で、中にはアルシェを射抜くモノもあるなど見境が無い。右腕で聖女を抱え、左腕も機能しない状態では防ぐのにも限度がある。仕方なく回避に専念することにしてどうしても無理な場合にのみ脚で撃墜していった。
(けど都合がいい。このまま進めばどのみち戦闘になるだろうしな)
その読みは正しく、間もなくして二人の目の前に断崖絶壁の崖が姿を表した。暗闇の中で塞がるその障害は嫌が応にも停止を余儀なくし、二人とそれを追う者を再び対峙させるだろう。
暗闇の下から水の音がするので下は川になっていた。飛び降りるという選択肢は、今のところない。
「丁度良い。ここでケリをつけるか。下ろすぞ」
「…分かりました。どうか、女神様の加護があらんことを」
ここまで来たからには腹を括るしかない。気は進まないが、何時までも割り込めるよう最短で準備を整えると、大きく息を整え不安・雑念を振り払った。
「来るぞ」
その声に合わせて《
先程は無意識にシャットアウトしていた周囲の様子を翡翠の眼に収め、此れを以て漸く稀代の聖女が戦場の舞台へと参加したのだった。
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