第6話 駿河家の依頼 6
『色々試したけれど、黒い子供は消えなかったんです。』
駿河は淡々と建山に話を続けた。
『そこで、祖父から聞いていた村に伝わる祓い壁を思い出したんです』
『やはり、それは私も調べました、××村の伝統のですよね。』
『ご存知でしたか、でもやったのは祓い壁ではないんですよ』
『祓い壁ではない?』
建山は落ち着きを取り戻そうとするかのように煙草を手に取った。
『閉じ籠ると言う事ですよね、黒い子供の幽霊から逃げるために、避難部屋なんでしょ?霊を寄せ付けない為の結界の部屋なんでしょう?』
『建山さん、だったら鍵は中でしょう』
『あ、そうですね』
『あの部屋に入ったのは私の妻です、妻は限界でした、罪の意識に押しつぶされそうになり、私に頼んできたのです。』
『なんて頼んだんですか』
『あの子と一緒に部屋に入れて欲しいと』
建山は煙草に火をつけて吸うと、また逆だった。
ぶはっ!ペッオエッ!
『また逆だったよ…
逆!?そうか逆だ!祓うのではなく招き入れるのか!結界ではなく封印か!』
『いえ、10畳と4畳の部屋の隙間には結界を張ってあります。妻が部屋に入り、自分の骨、つまり身体の一部がある事で子供の幽霊も誘われ、中に入ったんですよ、そこで私は扉を閉じた。それから外に結界を張ったのです。せめてものの罪滅ぼしと言う思いもあり、甲嶋さんの家の側に封印しました。』
『それっていつの話ですか?』
『三ヵ月前です、あなたに戸締りを頼んだ2日前に妻は入りました。』
『え?・・・・まさか・・・』
『そうです、鍵を閉めて閉じ込めたのは建山さん、あなたです』
『ちょっと待ってくれ、なんで私に』
『申し訳ありません、どうしても私は妻を閉じ込めて鍵をすることが出来なかったんです。』
『あんた勝手すぎるじゃないか駿河さん!妻を閉じ込めず、子供は燃やしたんですか?あついあついって言ってたんでしょ?その子に更に火をつけたんでしょ?自分で何言ってるかわかってます?あなた人ですか?』
『ああ人さ!この世で最も恐ろしい人間だよ』
感情が高まった駿河は声を荒げた、そして直ぐに冷静になりボソボソとまた話し始めた。
『食料は置いていませんから3ヵ月も生きてるとは思えませんが、黒い子供も一人じゃないから寂しくないんじゃないですかね』
『駿河さん鍵は三ヵ月前のままですか!』
『ええ、あなたが鍵を閉めた後私が開けたのは玄関だけ、同じように鍵はポストに戻してロックしてありますよ。』
『鍵開けますからね駿河さん!』
建山は駿河の家を確認するために全速力で走った。
『0 4 1 5 …』カシャン!
乾いた音が響き、ポストの鍵が開いたと同時にその扉を手で半ばムリヤリこじ開けて鍵を鷲づかみにすると震える手で玄関の鍵を開けて中に転がり込むように入り、勢い余って転んでしまった。その時、鼻を抉る様な臭いがした、建築関係者として孤独死に関わった事がある建山が何度か嗅いだことのある臭い、それは「死臭」。嫌な予感ではなく間違いないと言う確信の臭い、直ぐに建山は電話を取り、警察に連絡した。
『もしもし、警察ですか?はい、あの、5年前の甲嶋さんの息子さんの失踪事件なんですが、殺人をほのめかす話を犯人と思しき人物から話を聞いたものですから、ええ、更に今恐らくなのですが死体があると思われる現場におりまして、死臭がすでにしているんですよ、ええ、ちょっと込み入った話ですが、はい、まずは来ていただけないかと、中に入らず現場で待ってますので、え?犯人?その…山道にいます、急いでください。では』
警察が到着し、警察官2人を案内して山道に入った建山。彼と話をした場所に近づくと、そこには首から血を流して倒れている駿河がいた。あらかじめ用意していたナイフで自分で首を切り裂いたようだった、ナイフを縦に突き刺して抉ったらしく、おびただしい出血が物言わぬ駿河の「絶命」を物語っていた。
救急車を直ぐに手配する警察官、もう一名の警察官と共に建山は駿河の家の例の部屋に入ることにした。死臭が凄まじいので警察官から特殊なマスクを借りて侵入することになった。10畳の部屋の鍵を開けると、数か所に盛り塩をしてあり、お神酒が祀られてあった。『これが結界か…』マスクの上からでも死臭がするほど臭いが強くなってきたが、中を確認するまで逃げ出すわけにはいかない、想像通りの結末が待っているはずだ、そうに違いない、だが、この目で見ない限りは駿河の話が本当かどうかわからない。
『異様ですね』
警察官の一人が呟いた。
『ええ…』
建山はゆっくりと蔵に取り付ける様な大きなカギを外した。観音扉を押し開ける、新築なので雰囲気のあるギギギと言う音は出ないが、代わりに想像を上回る光景が飛び込んできた。たまらず警察官は嘔吐を堪えるように手を口に当てて外へ出た。駿河の妻がその変わり果てた姿で待っていたのだ、もちろん息は無い。ウジ虫が全身に這い回り、うねうねと動く肉の塊に見えるその姿、良く見ると所々が白骨化しているのが見える。この臭いを嗅ぎつけてどこから入ってきたのか、部屋中をハエが飛び交い、ブンブンと羽音を立てる。建山を取って食おうとするが如く足元まで迫ってきたウジ虫に混じってハサミムシの姿もあった。新築だと言うのに溶けて流れ出した血液や体液が床へ沁み込み、使い物にならない状態まで腐敗している。絵に描いたような事故物件が誕生した瞬間だった。
外には救急車が到着したようで、駿河の側に居た警察官が中に入ってきた。
『あの男は救急車で運ばれました、恐らくダメでしょう。うっ…凄いですね、で、失踪した甲嶋家の子供の件は…』
『子供は…』
そう言うと建山は漆喰の壁を指さした。
『詳しくは後程お話しますが、壁の中に男の子の骨の粉が練り込んであります、もしかしたらDNA鑑定が可能かもしれません。あと、後ろの山を捜索したら山小屋があるらしいので、そこにあるドラム缶で子供を燃やしたと言ってましたから、何か形跡があるかもしれません、5年前の事なので鑑識とかそういうのは詳しくないのですが。』
『わかりました、可能性がある限り、あらゆる角度から徹底的に調べます、それにしても5年も経ちますか、私も当時の捜索に関わりましたから覚えていますよ、忘れもしない4月15日です、私の息子の誕生日でしたから』
『そうでしたか・・・』
事情聴取や現場検証の立ち合いなど、相当長い時間警察に拘束され、やっと解放された時はもう夕方になっていた。呆れる程美しい夕焼けが建山の目に眩しかった。『駿河さんと関わった日は必ず雨だったのにな、成仏できたと言う事なのだろうか、自分を殺めた駿河の奥さんの死で満足したのか、駿河の奧さんが死んで詫びたのを許したのか、それとも一緒に行ってくれる駿河の奧さんの気持ちが嬉しかったのか、いや、でも焼き殺したのは実質駿河だ、だとすると駿河の死で呪縛が解けたとでも言うのだろうか。』着信の有無を確認するためにスマホを見ると、画面には4月15日と表示されていた。
『そうか…』
5年前の今日が甲嶋家の息子さんの失踪した日だった。
『全てが始まった日に全てが終わったと言う事か、これも駿河が描いたシナリオだったのだろうか、全ては奧さんの為・・・だったのかなぁ』これが正解かどうかなんてわからない、自分が駿河の立場になったらどうしただろうとふと考える。
お金は駿河に受け取ったものだと警察に説明すると問題なく持ち帰れたので、色々あったが会社経営を揺るがす事態にはならなくて一安心と言う気持ちなのは正直なところだ。事故物件なんてよく聞く話だが、こんなにも因縁や想い、怒り、哀しみあらゆる感情が入り乱れた部屋はそうそうないだろう、ましてや殺人事件、餓死、腐乱死体、呪術的なもの、もう何が何だかわからない、こんな家取り壊すしかないだろうなと思うと建山は少し寂しい気持ちになった。
『親父達に申し訳ないなぁ』
数ヶ月経ったある日
鑑識の結果が出たと警察から電話があった。
山小屋を発見すると電気が通っており、中にある冷凍庫に目玉が2つ保管してあり、その目玉から採取したDNAで甲嶋さんの失踪した長男「甲嶋 好男(こうじま よしお)」君と一致したとの事だった。
『そう言えば目玉が飛び出したと言っていたな、こうなることを予測して保管していたのだろうか』
この件は「甲嶋好男殺人事件」としてメディアで大々的に報道され注目されたが、犯人は死亡しているので騒ぎが沈静化するのも早かった。もとの静かな小さな町に戻った頃、建山設計事務所に甲嶋家の娘が訪ねて来た。
『改めまして甲嶋 好子(こうじま よしこ)と申します、建山さん、なかなか来れなくてすみません、一歩外へ出ると取材や報道陣が集まって来るので怖くて今になってしまいました…この度は弟の件で、ほんとうにありがとうございました。』
『いえいえ、私は何もしていません、偶然と言うか流れと言うか、犯人から話を聞いて警察を呼んだだけの事ですから』
『あの家なんですけど、購入させていただく事は出来ませんか?』
『あんなことがあった家ですよ?もう少し時間が取れるようになったら取り壊そうと思っていたんですけどね、廃墟マニアとか肝試しとか言って侵入して火事でも起こされたら困りますしね。』
『弟が埋まった壁ですから、側に居てあげたくて』
『わかりました、ではあの壁を生かす形でいびつな部屋を取り壊してリフォームしましょう、お祓いとかそういう類のものも全部私の方でやりますから、どうでしょう、本当に住みたいと言うのならですけど』
『はい!お願いします!で、お支払いの相談なんですけど…』
『大きな声では言えませんが、支払い済みなんですよ、なので差し上げますよ、固定資産税とか住んでからの事はお願いしますけどね、ははは。』
『え、でもリフォームとかしたら足が出るんじゃ…』
『多めに貰ってるので、その範囲内でやりますから大丈夫ですよ』
『ありがとうございます、ほんと、なんてお礼を言ったらいいか』
『お礼なんてとんでもない、住んであげてください。』
『はい!ではまたご連絡します!布団いくかい?』
『こらこら、娘さんまで!』
『じゃまた!』
建山は煙草をくわえて火をつけると、ふーっと一息ついて呟いた。
『ポストのロックナンバーは変えなきゃな。』
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