設計士 建山

如月 睦月

駿河家の依頼

第1話 駿河家の依頼 1

私は設計士の建山(たてやま)です。


一般的に設計士は、建築士のサポート役や小規模な建物の設計をおこなう人を指しますが、建築士法においての「設計」は建築工事の図面や仕様書の作成とされており、建築士業務の一部として位置づけられる。つまり設計士とは建築士の範疇内で考えられる存在で、国家資格が不要とされているのですが、私は一級建築士の資格を持っています。父親である建山 木鉄(たてやまきてつ)が経営する『建山ハウスホーム』という工務店を陰ながら支えるために、仕事の依頼があれば父親の会社を紹介できるよう「設計士」の看板を掲げているのです。




なんて偉そうな事言ってますが、設計士と言う響きが好きなんですよ。




昭和のいわゆるバブルの頃、小さいながらも事務所を構えさせていただいておりまして、お陰様で仕事もそこそこいただき、なんとかかんとか軌道に乗っていたある日の事でした。




一本の電話が鳴ります。




『はい、建山です』




『あの、家を建てたくてお電話さしあげました、私、駿河(するが)と申します。』




『はい、ありがとうございます、では一度お会いして詳しくご要望などをお聞きしたいのですが、ご都合の程は』




『ええ、明日お時間あるのですが』




『では明日の13時頃はいかがでしょうか』




『はい、わかりました、ではそのように、お忙しいところすみませんでした、よろしくお願いいたします、失礼します。』




『はい、こちらこそよろしくお願いいたします、失礼します。』




失礼ながら家を建てようと言う人のテンションではなく、とても暗い印象を受けましたが、世の中には色々な人がいるわけで、そんな事もすぐ忘れてしまいました。なぜならこの時代、どんな家を設計しても文句ひとつなく即お金になる事が多く、昔のようにいつになったらお金になるんだと言う苦労がほとんどなかったからである。クライアントが暗いとか明るいなんか自分が相手に少し合わせれば済むこと、いやらしい言い方だがそれだけで仕事を貰えるのなら簡単だ…そう思っていた。




翌日、13時10分




外は霧雨が音もなく舞い降りていた。


ひんやりとするが季節は6月、この梅雨が終わればうだるような暑さが襲って来るのだろう、そう考えると少し楽しんでいたい寒さにも感じた。




ピンポン♪


呼び鈴が鳴ったので建築士を気取ったお気に入りの黒い扉を開けると、昨日抱いたイメージ通りの男性と、その横にえらくやつれた女性が立っていた。男性は白髪交じりのぼさぼさ頭、無精ひげにも白髪が混じり、目の下にはクマ、眉間に深いシワを刻んだ身長160cm程の疲れた顔、女性は160cm弱で伸ばしっぱなしの黒髪、ほうれい線が深く、こちらも疲れきった表情が印象的だった。




しかし、私はその、恐らく夫婦であろう2人の間に立つ真っ黒い子供の姿に目が釘付けだった。真っ黒なのだ、目も鼻も口もない、いや、見えない闇なのだ。そこで私は考えた『フードを深く被っているのではないか』と。しかしそれは想像であって確信では無かった、何故ならその黒い子供は男性の後ろや女性の後ろに見え隠れするからである。




『え?』




『ですから、早くお話を始めましょう』




どれだけ私は無言でいたのだろうか、黒い子供に気を取られ、話しが聴こえていなかったのだ、これは建築士として失格である、相手の話を聞き、何をどうしたいのかを理解し、設計しなくてはならないと言うのに。自分に少しだけ反省をし、子供の事はさておき恐らくご夫婦である2人の話を聞くことに専念した。




事前に準備して置いた暖かい珈琲を恐らくご夫婦に2つ、オレンジジュースを真ん中の黒い子供に置いて席に着く。ジュースに関しての2人の反応を確かめた嫌な行動ではあったが、反応が無かったのでこの時点では『子供』だろうと判断した。




『建山と申します。』




『よろしくお願いいたします、早速ですが私たち家族の要望を…』




あ、やはりこの2人は夫婦なんだ、ではこの子供はやはり黒いフードをすっぽりかぶっているのだろう、変な子供扱いしてしまった事に申し訳なく思った。すると2人は段々と饒舌になり、自分たちの家に対する思いをどんどん話し始めました。陽当たりが良く、玄関は広く、収納が多い方がよく…ごくごく普通のご家族の依頼としてよく聞く内容ではあったのだが、唯一最後に出た要望が異質だった。




それは極めて異質だった。




『そしてこれは必ず作って欲しいのですが』




その申し出というのは、10畳の部屋を作り外から鍵をかえるようにする、そのカギは昔の蔵の扉につけるようなもの、その10畳の部屋の中に4畳の部屋を作り、その部屋も同じように外から鍵をかえるようにして、同じような鍵をつける…というものだった。




『部屋の中に部屋?』




まぁ考えようによってはさほど異常ではない、夫婦の夜の生活の趣味部屋とも考えられる、とてもとても大事なものを保管するためと言う考え方も出来る、もしかすると、他人に見られたくない家族や親族を住まわせると言う若干ホラーな考え方も出来るわけだが、問題はその後の依頼である。




『4畳の部屋の壁は漆喰壁で、その漆喰にはこれを入れて練り込んでほしい』




と言って大人のお弁当サイズくらいのタッパーに詰め込んだ【白い粉】を渡されたのである。さらさらとした白い粉、真っ白だった。




『これってあの…まさか…』




『ええ、麻薬の類では決してありません、私が捕まっちゃいますよ』




『ですよね、あははは、すみません』




『いえいえ、誰でもそう思うと思います、漆喰の通気性をより良くすると聞いたものですから、差し支えなければお願いします。』




『まぁこの量でしたら漆喰自体にさほど影響はないとは思いますが、念のため施工後に何かあった場合は一切責任を問わないと言う事でしたらお受けいたします。』




『こちらのわがままですから、何かあっても一切建山さんにはご迷惑をおかけいたしません、何でしたら一筆書きますので。』




『それは助かります』




『あの、無理なお願いついでにもう一つあるのですが』




『どうしましたか?』




『これを燃やして、その灰を白い粉を混ぜた漆喰に混ぜて欲しいのです』




そう言って渡されたのはざっと10枚程の【お札】だった。少しギョッとしたものの、直ぐに私の脳内にある数ある経験の引き出しを開けた。凄い勢いでいくつも開けた、すると1件とある田舎の村で行った施工で【神卸(かみおろし)】の儀式に同じようなことを行ったのを思い出した。この施工では祠の土台のコンクリートにお札を燃やした灰を混ぜたのだった。




『神様を祀る部屋を作るのかな』そう思った。理由はともあれ、そこまで踏み込む何ものもない、お客様がそうして欲しいと言うのだから事件性が無い限りは叶えるのが私の仕事。




『わかりました、お受けいたしますね。』




『そうですか、ありがとうございます、よろしくお願いいたします。』




『こちらこそ、では駿河さんのご要望を取り込んだ設計をさせていただきますので、完成次第ご連絡差し上げます、当然ですがそれが完成ではなく、そこから詰めて行く形を取りますので。その際にまた何かご要望がございましたら言っていただけましたらプランの組み直しも可能ですので。』




『それは助かります、恐らく追加要望は無いと思いますし、その予定ではおります。他の建築士さんが気味悪がって断られた案件を快く受けていただいただけでもこちらとしては本当に有難いですから。』




『粉と灰の件ですね?差支え無ければどのような断られ方をしたのか参考までにお聞きしたいのですが』




『えっと…第一に部屋の中に部屋と言う要望で大概は何ですかそれと言われ、どうしてなのか、何故なのかとしつこく聞かれましてね、言えない私たちにも問題があるのですが…そして鍵ですよね、事件性を勝手に疑われましてね』




『なるほど、造ると言う部分では事件性はありませんからね』




『はい、監禁とかそういうイメージを持たれたのかと』




私は親身になって聞いていたが、実は自分もそのうちの一人であり、ああでもないこうでもないと想像してしまった事を思い出し、何とも言えない微妙な気持ちなってしまった。




『それでは、よろしくお願いいたします。』




『すみません引き止めてしまって、では。』




気になっていた黒い子供も後ろをトコトコとついていった。




『気のせいか』




『ん?あの子、靴履いてきたか?いや、今履いて帰ったか?』




『んまぁいいか』




振り向くといつの間にかジュースが飲み干されていたのを目視したから出た安心の気持ちを含めた、ため息交じりの『んまぁいいか』だった。取り越し苦労とでもいうのだろうか。




駿河さんの依頼を受けた私は更に一息ついてから作業にとりかかりました。変な依頼ではあるものの、建築士としては『面白い』と感じる滅多にない案件なので、少しではあるがワクワクしていました。

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