第9話

 そのような事があったので、一組の生徒に関しては、表面上は薫子と翔太の交際について文句を言う者はいなくなった。


 本音ではみんな色々と詮索したい様子だが、薫子の地雷を踏むのが怖いので、一旦様子見と言った感じだ。


 騒がしいのは廊下だった。


 休み時間の度に、他所のクラスの生徒や上級生が噂の真偽を確かめに来る。


 一つは学校一の美少女の薫子が、学校一の冴えないチビ助と付き合っているという噂。


 もう一つは、それをバカにした一組のまとめ役の男子が、豹変した薫子によって処されたという噂だ。


 どちらも信じがたい話なので、野次馬が湧くのは仕方がない。


 彼らは友達や部活の先輩という立場を使い、一組の生徒から話を聞き出そうとした。


 一組の生徒は、やはり薫子の地雷を踏むのが怖いので、薫子と翔太が付き合っているという事実を認めるだけで、その他については曖昧にぼかした。


 薫子に処されたとはいえ、北村朝日は依然クラスの男子の中心的存在だ。


 下手な事を言って機嫌を損ねたら、今度は自分が第二のチビ太になってしまう。


 それはみんなイヤだった。


 勿論、ラインのメッセージなど、薫子の目の届かない場所では、盛に盛られた事実が爆速拡散されていたが。


 そんなわけで、とりあえず形だけは、一組内での狂騒は静まった。


 その後は、薫子と親しい女子が集まって、惚気話にキャーキャーと黄色い声をあげている。


 相変わらず、翔太に話しかけようという者はいない。


 以前だって、からかう目的以外で翔太に話しかける者は稀だったが、今では完全に腫物の扱いだ。


 下手に声をかけて薫子の怒りを買ったら怖い。


 今朝のやり取りを見れば、誰だってそう思うだろう。


 翔太が絡んだら、薫子はなにをしでかすか分からない。


 人一人くらい平気で殺しそうな凄味があった。


(お陰で凄く平和だけど)


 この状況を、翔太はイヤとは思わなかった。


 むしろ快適だとすら思っている。


 無視される事には慣れている。


 というか、翔太はずっと、基本的には無視されていた。


 他人に話しかけられる事があるとすれば、バカにされたり、イジメられる時くらいだ。


 それでいつもビクビクしている。


 だが今は、誰も話しかけてこないと分かっているから気が楽だ。


 これもすべて、薫子のお陰である。


 そう考えると、翔太は申し訳ない気持ちになった。


(あんなに良い子を疑うなんて……)


 一緒に手を繋いで登校して、薫子を信じて頑張ると決めたはずなのに。


 薫子がクラスメイトに囲まれた時、やっぱりイタズラだったのだと疑ってしまった。


 翔太の境遇を考えれば仕方ない事ではあったのだが。


 だとしても、翔太は申し訳ない気持ちだった。


 その気持ちは、時と共に膨らむばかりだ。


 モヤモヤは、三時間目の休み時間に限界に達した。


 謝ろうと思って薫子の元に向かうが、女子に囲まれていて話しかけずらい。


 それでも、勇気を出して声をかけた。


「ぁ……ぁの……」


 薫子を囲んでいた女子達が、ハッとしてお喋りを止めた。


 そしてニヤニヤと生暖かな笑みを浮かべ、「あたし達はお邪魔みたいなので」とわざとらしく退散する。


「ぁ、ぅ、ぁぅ……」


 恥ずかしくて、翔太は顔から火が出そうだ。


「また後で~」


 にこやかに友人を見送ると、薫子は嬉しそうに翔太に尋ねた。


「どうしましたか?」

「ぁの、その、えっと……」


 翔太の喉は巾着みたいに閉じてしまった。


 改めて見ても、薫子は素敵な女の子だった。


 何度見ても可愛くて、その可愛さは見る度に増していく。


 今なんか、キラキラと後光が射して、女神様と見紛う程だ。


 こんな子と付き合っているなんて信じられない。


 可愛さと同じように、その想いはますます強くなるばかりだ。


 そんな翔太を見て、薫子の顔から笑顔が消えた。


 不安げに視線を逸らすと、ポツリと呟く。


「やっぱり怖かったですよね……今朝の私。小森君の事になると、つい暴走してしまって……。アレが本当の私だと思って欲しくないというか……怖い女だと思って嫌いにならないで欲しいのですけど……」


 チラチラと、切れ長の目が怯えるように翔太の顔色を伺った。


 それだけの事で、閉じていた翔太の喉がするりと開いた。


「全然! 怖くないよ! むしろ格好よかったよ!」

「本当ですか?」

「本当だよ! スーパーヒーローみたいだった! 僕の為に頑張ってくれたのに、嫌いになんかなるわけないよ!」

「そう、ですか……」


 キラキラと輝かせる翔太に、薫子はドッと息を吐いて机に突っ伏した。


「よがっだぁぁあああ……。引かれちゃったかなと思って、本当はすごく不安だったんです……」

「そうだったの?」


 そんな風には見えなかったが。


「そうですよ。だから話しかけられなかったんです。嫌われてたら、怖いじゃないですか……」

「大野さんが僕を嫌いになる事はあっても、その逆は絶対ないと思うけど……」


 だって薫子はこんなに可愛くて凄い人なのだ。


 可愛くて優しくて勇気もある、スーパーウーマンだ。


 どうしてそんな風に不安になるのか、翔太にはさっぱり理解出来ない。


 薫子は頬を膨らまし、握りこぶしで机を叩いた。


「なにを言ってるんですか小森君。私から好きになって告白したんですよ? 私だって、小森君を嫌いになるなんて事、ぜっっっっっっっっ――たいにありません!」

「ご、ごめん……」


 薫子の剣幕に押されて謝った。


 内心では、そんな事ないだろうと思っていたが。


 だって自分は良い所なしのダメダメチビ太だ。


 こんな奴のどこがいいのか、いまだにさっぱり理解出来ない。


「わかってくれたらいいんです。それで、何の御用ですか?」

「うん……。その、大野さんに謝りたい事があって……」

「別れ話じゃないですよね……」

「違うよ! そんな流れじゃなかったでしょ?」

「そうですけど……。急に神妙な顔で謝りたいとか言われたら、不安になっちゃうじゃないですか……」

「なるかなぁ?」

「なりますよ! Vチューバーの大事なお知らせくらい不安になります!」

「それは不安になるけどさ……」


 というか、薫子がそういうのを見ている事の方が驚きだったが。

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