第5話

「それに、隠すのは無理だとも言いました。私も小森君も物凄く目立つタイプですから。なにより無駄です。折角こんなに可愛い合ショタ彼氏が出来たのに、どうしてコソコソ隠れなければいけないのですか? 私達が誰と付き合おうが、そんなの私達の勝手じゃないですか。誰に非難される謂れもありませんし、そんな資格は誰にもありません」

「そ、そうだけど、周りはそんなの関係ないって言うか……」

「ですね。それも分かります。でも、それこそこちらには関係のない話。私の幸せなショタコンライフを邪魔するというのなら排除するのみです。いいですか小森君。幸せは歩いてなんか来てくれません。勇気を出して一歩踏み出し、この手で掴み取る物です。だから私は小森君に告白したんです。邪魔が入るのは百も承知。こうして一緒に登校するのだって、いわば先制攻撃です。小森君は私の物、私の庇護下にあるのだと知らしめる為です。隠すなんてとんでもない。後ろめたい事など何一つないのにコソコソする必要がありますか? 否! そんな事をしたらかえって付け入るスキを与えるだけです。私達は正しい事をしているのですから、堂々と構えてラブラブチュッチュを見せつけてやればいいんです。違いますか?」

「ち、違いません……」


 こんな勢いで言われたら、違うだなんて言えっこない。


 そうでなくとも、薫子の言葉にはおかしな点など一つもない。


 徹頭徹尾正論で、その通りだと感心する。


 だから昨日だって一緒に登校する事を了承した。


 それでも……。


 時間がたつと不安になる。


 怖くなってしまうのだ。


 だって翔太は無力なチビ助だ。


 喧嘩になったら男子は勿論、女子にだって勝てないだろう。


 その他のありとあらゆる嫌がらせに抗う術を持たないのだ。


 イジメられるのは怖い。


 意地悪されるのはイヤだ。


 幸せを知らない翔太にとっては、無味乾燥としていても何もない平和な日々の方が良い様に思える。


 なにより、自分と付き合う事で薫子までイヤな目に遭う事が恐ろしい。


 もしそうなっても、翔太はきっと何も出来ない。


 学校一のチビ助の自分には、女の子一人守る事も出来ないのだ。


「大丈夫ですよ小森君」


 不安に俯く翔太の顔を見て、薫子は励ますような笑顔を浮かべた。


「小森君は私が守ります。安心して、宇宙戦艦に乗ったつもりで任せてください。私から告白したんですから。それくらいの覚悟は出来ていますとも」

「……うん。ありがとう……」


 そして二人は歩き出す。


 翔太はむしろ、自分より薫子の今後の方が心配だったのだが。


 無力な自分では、それを口にする資格すらないように思えた。


 出来る事といえば、薫子の決意に感謝を伝える事くらいだ。


「お礼なんか要りません。私の方から好きになったんですから。こうして一緒に登校してくれるだけで十分幸せです」

「気持ちは嬉しいけど……。それだけだとなんか、悪いなって……」


 自分にはそんな価値はないのに。


 薫子程の女子にここまでさせて、返せるものがなにもない。


「そんなの気にしなくていいのに。でも、そうですね。小森君の決まりが悪いと言うのなら、私のお願いを聞いてくれるというのはどうでしょう?」

「そりゃ、僕に出来る事ならなんでもするけど……」


 気軽な気持ちで翔太は言った。


 自分なんかには、大した事は出来ないと思っているのだ。


 薫子はピタリと足を止めた。


 真顔になって翔太に問う。


「今、なんでもいって言いました?」

「ごめん嘘。出来る事だけ!」


 慌てて翔太は訂正した。


 本能的な恐怖を感じた。


 なにをさせられるのかは分からないが、とんでもない事をお願いされそうな気がした。


 それこそ、ガブリと頭から食べられてしまいそうな……。


「チッ」

「舌打ち!? なにお願いするつもりだったの!?」

「知りたいですか?」

「遠慮します……」


 仄暗い光を湛える薫子の目を見て、翔太はフルフルと首を振った。


「ふふ。冗談ですよ。そんな大したお願いじゃありません。物事には順序というものがありますから。折角理想の合ショタ彼氏と付き合えたのに、過程を飛ばしたら勿体ないです。とりあえず手始めに、手など繋いで頂ければ」

「えぇ!? そんな、いきなり!?」

「そんなに驚く事ですか?」

「だ、だって……。僕、女の子と手を繋いだことなんかないし……」

「私だって男の子と手を繋ぐのは初めてですよ?」

「えぇ……」


 それは嘘でしょ。


 そんな眼差しを薫子に向ける。


「なんですか。その目は」

「だ、だって……。大野さんって美人だから……」

「だから彼氏の十人や二十人いたに違いないと? ふーん。そーですか。小森君は私の事、そんなアバズレビッチだと思ってたんですか。……クスン」

「ご、ごめんなさい! そういう意味じゃなくて! だって大野さん本当に美人で可愛いから! その上優しくて性格も良いし、格好よくて頼りにもなって、本当に凄い子だと思うから、その、あの、うぅぅ……」


 言えば言うだけドツボにハマり、翔太は泣きそうになった。


 翔太としては純粋にモテそうだと思っただけなのだが、薫子にとっては侮辱に聞こえたのかもしれない。


 あぁ、僕のバカ!


 ノンデリ野郎!


 と自分を責めるのだが。


「うぁ!? な、なに? なんでぇ!?」


 いきなり薫子に髪の毛をわしゃわしゃされる。


「褒めすぎです! 好きな男の子にそんな事を言われたら……照れてしまうじゃないですか……」


 下唇を噛む薫子は、頬が赤くなっていた。


「……可愛い」

「――っ!?」


 無意識に出た言葉に、薫子は耳まで赤くなった。


 翔太も気付いて赤くなる。


「ご、ごめんなさい! その、可愛くて、つい……」

「わかりましたから……。それくらいで勘弁してください……」


 両手で顔を隠し、ぷしゅ~っと頭から湯気を登らせる。


「ごめん……」


 翔太は無性に胸がドキドキした。


 ドキドキしすぎて胸が破れてしまいそうだ。


 二人ともドキドキしていて、それが収まるまで暫く無言で歩き続けた。


 程なくして、出し抜けに薫子が言った。


「……そろそろいいでしょうか」

「え?」

「……手。繋いでほしいなと……」

「ぁ……ぅ……ぅん……」


 おずおずと薫子が左手を差し出した。

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