第22話 罠にかかった翠

 暗がりの中から現れた着物の女に翠は見覚えがあった。

「あなたが紫雲の女の妖?」

 提灯の明かりに映し出される黒い面が不気味さを際立たせている。

「…」

「何処かで見た顔ね」

「これでいいでしょ。私の役目は終わったから帰らせてもらうわ」

 吐き捨てるように言うと伸子は一目散に走り出した。

「どこで見たのかしら…ああ、碧泉の奥方と一緒にいた…使用人?」

 一瞬で殺気を帯びた黒い面の女が小さい炎を手の上に作ると逃げる伸子の足元に投げた。

「ヒッ、あ、危ない。何するの」

 炎を避けようとして伸子は派手に転んだ。

「私を馬鹿にしてるのかしら?この女は碧泉の使用人でしょ。私は紫雲の女と言ったはずよ」

 足元でまだ燃えてる炎とは別にもう一つ炎を作る黒い面の女に伸子が焦った。

「こ、この女は紫雲の家の者よ。そ、そうよね翠」

 これ以上炎を投げられてはたまらないと焦る伸子が翠に同意を求めた。

「…はい」

「そう…嘘をついたらあなたも同罪よ」

「…嘘ではありません」

「そ、そうよ。前妻が可愛がっていた子よ。私の代わりに奥方の集まりに出てただけよ」

「灯子が…ふーん、面白いわね。まあいいわ」

 女は手の上の炎を消すと伸子と翠を見て不気味に笑った。鼻まで隠れた面の下から唯一見える口に塗られた赤い紅が不気味さを強調する。

「あなた名前は?」

「…」

「いい度胸ね。言いたくない?…手荒なことはしたくないんだけど」

「…翠です」

「すい…灯子の子ってことでいいのかしら?」

「…いいえ」

「ちがう…どういうことかしら?灯子が可愛がっていたって…じゃあ紫雲の家の使用人?」

「はい」

「そう…あなたは紫雲とも灯子とも血のつながりはないのね?」

「はい」

「そう、でも人間の匂いはしないから…妖か、まやかしね」

 妖もまやかしも人間も見た目には違いがない。ただ妖とまやかしは五感が鋭く、力に特化した身体を持つ者も多い。妖やまやかしは力を隠せる者も多いから人間と誤解されやすいが匂いが違うので人間とは区別できる。

「紫雲の家の使用人なら風の妖かしらね?」

「…」

「力を見せてもらっていいかしら」

「…力…」

「どこにぶつけてもかまわないわよ。なんなら私にでも」

 翠は力と言われて戸惑った。妖の力は本来十二歳をすぎるとあらわれる。早い遅いはあるが二十歳までには何かしらの兆候が見られるとされている。颯は十四歳、月は十五歳で力が現れたが十九歳の翠にはいまだ何の兆候もなかった。月から教わった護身術で他の者よりは身軽に動けるが力のある月とは雲泥の差だった。

「私…力が」

「もったいぶってないで早く見せなさい。どれぐらいの力か見たいんだから。碧泉の奥方ぐらいの力は出せるのでしょう?」

 面の女は、一度消した炎の玉をもう一度作ると今度は翠に向けて投げようとした。

「そのくらいにしてもらっていいですか」

 声と共に翠の後方から現れたのは月だった。



 





 

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