第3章 世界樹ちゃん達と妖精さんのブラ散歩

世界樹のお子様は登校します!


「櫻、手を」

「う、うん……」


 私は、促されるがまま、アスにエスコートされ馬車を降りた。これが、魔力視できないヒト達には、馬車ではなく高級車に見えているらしいから、本当に異世界の魔術はデタラメだって思う。


「ママ-!」


 ぽふっと、こっちの反応を確認もせず、桜那が飛び込んできた。


「もう、桜那! 危ないよ?」

「へへっ。その時はパパが、魔法でちゅど-んって、助けてくれるもん」

「あぁ、問題ない」

「問題あるよ!」


 何よ、ちゅど-んって。明らかに、大規模魔術で、街を破壊しそうな勢いじゃない。だいたい、アスは桜那を甘やかし過ぎなのだ。転びそうになったら、重力の魔術でクッション代わり。それじゃ、いつまでたっても桜那は危険探知ができない。危険を知るには、痛みを体験することも重要なのだ。


「ふふふ、朝から仲睦まじいことで」


 バトラーさん、そこで微笑ましく笑わないで。バトラーさんも、桜那を甘やかす最有力戦犯なんですからね。ご飯の前にオヤツは、絶対に駄目めっです。


「聖女様」


 エリィーさんが、外向きの表情と声音で言うのが――ちょっと、寂しい。だって私は、こっちでは一般市民ピーポーで。異世界ユグドラシルの価値観で、聖女が王族と同等というのは、百歩譲って飲みこんだけれど。こっちでの私は、無能と言われた女子中学生……と言うのは、ちょっと無理があるとは思うけれど。日本ココで言うところの陰陽道は使えないから、結局は無能と一緒だと思う。


「アルフと一緒に、不穏分子の排除は完遂していますが、何かれば申しつけください。速効、馳せ参じます」

「ん? えっと――?」


「心配無用、拙者が影より、嬢を御守り申す。もちろん、そのような事態があれば、エリィー嬢に迅速に報告を入れよう」

「え? へ? え?」


 私がどんなに、疑問符をあげても、みんな答えてくれない。私、ちゃんと聖女扱いされているのか、疑問になってきた。


「案ずるな。そんな輩、俺が灰にする」

「「「「だから、問題なんでしょ(なんです)!!」」」」


 確かに、アスって普段は冷静なのに、私が絡むと途端に瞬間湯沸かし器なんだよね。そこは、もうちょっと大人の振る舞いを学習しても良いと思う。王子の行動一つで、外交問題になりかねない。


「聖女様くれぐれも、よろしくお願いしますね!」


 どうしてだろう。何故かバトラーさんが、涙目だった。


「大丈夫、ボクがついているし」

「エル様だから、なお心配でっせ」

「アルフ、なんでだよ?!」


 そうこうしていると、周囲が騒がしくなった。そりゃ、そうか。校門の前で馬車……みんなには、校門前に高級車が停まり、執事やメイド、従僕に見守られている状況。それは騒ぎにもなるだろう。


「そろそろ、行くか」


 アスの声に、「あいっ」と桜那が元気に手を上げる。アスが私の手を取った。あくまで、エスコートは継続。でも、これじゃ登校デートと言われても、反論できない。


「ママ、桜那しゃなも手をつなぎゅっ」

「うん、ママと手を繋ごうね。パパとは、またね」

「うんっ」


 女性ママをエスコートするのは、男性パパの役目。そんなバトラーさんの説明に、納得している桜那は偉いなって思う。


「だってパパは、ママのことが、大好だいちゅきだもんね」


 満面の顔で、無垢に言う桜那に、どう言葉を返して良いか分からない、ママだった。


「……まぁな」


 アスが真っ赤になりながら、コクンと頷く。そんなアスの声を聞いて、私まで頬が熱い。


 嬉しいって思う。

 それが、桜那の為につかなくちゃいけない必要なウソだと分かっていても。


 騒がしくなる生徒達の喧噪をよそに。アスに手を引かれながら。桜那の手を引きながら。こんな嘘で、幸せになってしまう私――単純だ。






■■■






 ――めちゃくちゃ、ラブラブじゃん! 新婚か?!

 ――見た? リムジンだよ?


 ――え? 馬車じゃなかった?


 ――王子様の完全にエスコート? それに榊原さん、慣れてない?

 ――この1年、休学していたのって、王太子妃教育のためって、マジだったんだね。


 ――それより……二人の子、可愛きゃわいいっ! 癒やされる!

 ――お子にまで、ラブラブ夫婦って言われているじゃん!

 ――おい、庚? このままで、良いのかよ?





 多分、色々と私達のことを噂されているだろう、声を背中で受け止めながら、私達は急ぎ足で、歩き抜ける。


 ゴシップは、真っ正面から受け止めない。しかるべき場所――つまり王家からしかるべき時にアナウンスをする。その態度を貫くように、バトラーさんからも、エリィーさんからもきつく言われていた。



 ――式は盛大に発表しますからね。


 そうエリィーさんは、力瘤ちからこぶをつくるポーズをしてみせるが、私には何のことかよく分からない。


 今はアスと桜那の温度が、ただただ嬉しくて。

 周りの声なんか、すぐに聞こえなくなるくらい――嬉しくて、嬉しくて。やっぱり、頬が緩むくらいに、嬉しさを隠せなかった。







■■■






「では、出席をとりますね」


 普段通りに、先生が生徒の名前を読み上げていく。


「相田徹君」

「はい」


「芦川香恵さん」

「はいっ」


「アステリア・ユグドラシル・ウィンチェスター殿下」

「はい……ただ、師よ。俺も、一学徒だ。どうか、アステリアとお呼びください」


「は、はひ。で、では、アステリア様。私は花屋敷蕾でしゅ。どうぞ、蕾とおよびくだしゃい……」


 うん。先生、速効で壊れないで。生徒に名前呼びさせる先生もどうかと思う。


「ママ、怒ってりゅ?」


 桜那は用意された幼児用机にちょんと座り、私を見上げる。アスと私で挟むように、置かれた席。最後列だからこそできた暴挙だった。


 学校側と交渉し、日本皇国政府からもお墨付きをもらったからと、桜那と一緒に登校。アスは、心配ないの一点張りだったけれど、まさか桜那専用の机が用意されているとは、思いもしなかった。なお、桜那の上を眷属エルが退屈そうに、飛び回っている。


「お、怒ってないよ……?」


流石は世界樹の半身。聖女と常に接続されている状態だ。感情の揺らぎは、隠せない。

 正直に言えば、ヤキモチを妬いていた。


(恥ずかしい……)


 こんな、ちょっとしたことで、アスへの気持ちが揺らいでしまう。ダメだな、私。本当にダメ。アスのこととなると、どうして冷静になれないのだろう。


「師よ、俺の名前は近しい人間と、家族。そして櫻にしか許していないのだ。そこは、容赦してもらえないだろうか」

「は、はひ……も、もちろんでしゅ……それじゃ、点呼を続けますね。加川啓君――」


 出席確認は続く。

 アスはあくまで、王族として振る舞っただけ。私は近しい人にカウントされただけだと分かっているのに。どうしよう、嬉しすぎて、前を向けな――。


「櫻さん、榊原櫻さん……?」

「櫻、呼ばれているよ」

「ママ、先生てんてが呼んでりゅ?」


 アスと、桜那に言われて、私ははっと我に返る。余計なことを思い巡らしている場合じゃなかった。


「はいっ、はい! はい!」


 慌てて声をあげて――クラスメートにクスクス笑われ、私は赤面する。


(また、やらかしたっ)


 羞恥心で、体全体が沸き立つ。どうして、アスのこととなると、私は冷静でいられなくなるのか。もう、本当にバカバカバカ――。


「大丈夫よ、榊原さん」

「へ?」


 私は目を丸くする。


「ベストマッチなお相手と巡り会ったら、その人のことしか考えられなくなるって、私も学んだの。ベストマッチフレンドとして、今後も情報共有しましょうね?」

「え゛?」


 なに、ベストマッチフレンドって――普通にイヤなんですけど? 私までマッチングアプリやっているような言い方、止めてくれません?


「それじゃ、気を取り直して」


 と名簿を改めて、読みながら。今度は、慎重に名前を読み上げていく先生だった。


「桜那・榊原・ウィンチェスターさん」


 え? 桜那まで?

 私がさらに目を大きく見開いていると――。




「はいっっっ!!」


 大きく手を上げ元気よく、声を上げる桜那だった。






■■■







「ということで、改めてですが、桜那さんもこのクラスの一員となりました。事情はすでに皆さんご存知の通りです」


(いや、知らないよ?)

(知ってた?)

(知らん)


(知っていることって、あの子……ウィンチェスターと、榊原の子ってことだろ?)


(榊原さんも、マッチングアプリをやっていたの?)

(王家とのマッチングアプリなら、むしろ私がやりたいわ!)

(絶対にマッチングしないって)


(でも、そんなことよりも……桜那ちゃん、メチャクチャ、ママが大好きじゃん)

(うん、そこ同意)

(桜那ちゃん、ってさ)

(可愛いすぎない?!)


 なんでだろう。

 この瞬間、クラスが一致団結した気がした。


「それじゃ、毎度恒例の転校生を紹介しますっ!」


 花屋敷先生、転校生は恒例になるの絶対におかしいと思うんだ。


「それじゃ、入ってきてください」


 先生の掛け声に、教室の戸が開いて。楚々と、彼女は入ってきた。


「え――?」


 私は絶句するしかないし、アスは興味はなさ気で――私にばかり視線を向けて、途端に笑顔なるのどうして?


 桜那は、他のクラスメートと一緒に、全力の拍手を送っている。


 先生が、オーケストラの指揮者よろしく、手を振る。途端に、拍手が鳴り止む。ノリの良いクラスだった。でも、桜那まで先生の真似をしなくて良いからね? マッチングアプリまで真似をされた日には、私は泣くしかない。


「それでは、紹介しますね。マーガレット・アンデレさんです」


 先生が言うやいなや、メグが中学校の制服でカーテシーをする。うん、場違いなのに、様になっているの、メグらしいって思ってしまう。


「ご紹介に預かりました、ウィンチェスター王家、宰相の娘で今回の使節団でも殿のサポートを仰せつかっています、マーガレット・アンデレでございます。皆様、短い間ですが、どうぞよろしくお願いいたしますね?」


 挨拶は、短く。しかし、かなりの爆弾発言が含まれていた気がする。

 それを察したのか、どうなのか。


 クラスメートは大盛り上がりで、歓喜の声をあげている。

 メグは、唖然としている私を見て、にっこり笑う。


 アスは、予定のお芝居が終わったと言わんばかりで、メグはおろか先生のことすら見ていない。あのね、アス……違うと思うの。今はホームルーム中だから、ちゃんと先生の方を見て――。



「だって、パパ。ママのこと、大好だいしゅきだもんね」

「まぁな」


 今は否定して! しっかり否定して。


 喧噪でわく、この教室クラスで。誰も聞いていなかったのが、せめてもの救いだった。

 それにしても――。





 2歳年上――16歳の親友メグ

 彼女がどうして、このに転校してきたのか。それが私にとって、一番の謎だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る