第3話
私は居残りを終えて帰路についていた。街灯がぽつぽつと照らす寂しい道、ふと風が背中を撫でた時、違和感が肌を這うように広がった。まるで、何か恐ろしいものに見られているような、冷たく、重苦しい感覚が襲ってくる。
私は振り返った――そして、理性がぐにゃりと歪むような衝撃に襲われた。
そこにいたのは、巨大で得体の知れない“何か”だった。鳥のような輪郭であるはずなのに、まるで生物というよりも悪夢そのものが形をとったように、不自然で、人間の知覚を拒むような存在感を放っていた。その瞳は深淵から這い上がったかのような色を宿して私を見つめている。目が合った瞬間、私の胸の奥底から、理性をえぐり出されるような恐怖が込み上げてきた。
「……ッ、な、なんで……こんな……」
私は喉から声を絞り出したが、体は震え、足は動かない。理解できない、逃げたいー
視界の端が霞み、頭の中に異様な音が響き始める。
私は正気が削られていく感覚に襲われた。
その時、不意に前方から軽やかな声が聞こえた。
「透空、こんなところで何をしているんだい?」
私が目を見開くと、リベラが自分の前に立っていた。彼女は異形の怪物を一瞥し、まるで日常の些細な出来事のように微笑んでいる。
「リ、リベラ……」
「驚くことはないよ、
リベラは一歩、怪物に向かって踏み出した。怪物は獲物を前にした肉食獣のように身を屈め、攻撃のタイミングを伺っているかのようだったけど、リベラはそれをまるで意にも介していない様子だった。
「ねえ君、そんなに人間に興味があるなら…僕が遊んであげるよ」
その言葉と同時に、怪物は突進してきた。大地を揺るがすほどの勢いで迫り来るその巨体に、私の心は再び凍りついた。でも――リベラは一切の躊躇もなく、それに真っ向から立ち向かっていく。
彼女は軽やかに身を躱し、怪物の首にあたるであろう箇所に手を伸ばして、力強く握りしめた。その一瞬、怪物の動きが止まった。リベラはそのまま信じられない力で怪物を地面に叩きつけ、凄まじい音が夜の静寂を引き裂いた。
「なーんだ、思ってたよりも脆いじゃないか。興醒めだよ」
リベラの顔には余裕が漂っている。怪物は抵抗するようにもがき、翼をばたつかせるが、まるで歯が立たない。彼女はさらに怪物の翼を掴むと、容赦なく捻り上げた。
「うるさい。」
彼女にしては低く静かな声が響いた次の瞬間、リベラは怪物を蹴り飛ばした。その動きには一切の迷いがなく、怪物に対する容赦もなかった。怪物は絶叫を上げ、やがてその体は崩れ落ち、霧のように消え去った。
私は、ただ呆然とその光景を見つめることしかできなかった。
「透空、大丈夫かい?」
リベラが私に近づいて来て優しく声をかけてくれた、でも私は力なくその場に崩れ落ちた。視界が揺らぎ、リベラの姿さえも歪んで見える。
「だ……誰……あなた……本当に……リベラなの……?」
リベラは私の肩に手を置き、安心させるように微笑んだ。
「どうだろうね…な〜んて冗談だよ。それよりも…早く帰ろう?」
私の心は不安に心を揺らしながらも、その手の温かさに少しだけ落ち着きを取り戻していった。しかし、頭の中にはまだあの怪物の異様な姿が焼き付いて離れない。私は恐怖と混乱を抱えながら、リベラと共に夜道を歩き始めた。
まだ胸の奥に残る不安が、あの異形の怪物の残像を引きずっている。気づかれないよう、ちらりと彼女の横顔をうかがった。まるで悪夢のようだった出来事を、リベラは一切気にしていないように見えた。
「どうしたの、そんな顔して?」
リベラは、私が視線を逸らす前に気づいたらしく、首を傾げながら微笑んだ。その顔は可愛らしく、どこか気まぐれで、でも何か別のことを考えているような気配がある。
「……いや、なんでもないよ。」
私はぎこちなく答えたけど、内心ではずっと気になっていた。あんな存在を一蹴する彼女の力。いったい、どこから来たんだろう?普通の人間じゃないことは明らかだ。
「そっか。変なことでも考えてるんじゃないの?」
リベラは、くすっと笑って私の肩を軽く叩いた。その手は思ったよりも暖かくて、少しだけ安心できる気がしたけど、やっぱり何かが引っかかる。
「リベラ…その、さっきのあれ、簡単に倒してたけど…あの力って…」
途中まで言いかけたけど、リベラはふわっとした笑顔で肩をすくめてみせる。
「ん〜、どうしてだと思う?」
まるでお伽噺でも語るかのように、彼女の声はふわりとした調子で続いた。
「まあ、知りたいなら気長に待っててよ」
その言葉に、なんだか少し胸が締めつけられるような気がした。どこか物悲しげな響きもあったけれど、リベラはその気配を見せない。けれど、もしもこの気まぐれな彼女が私のそばにいる理由がそれなら――
「じゃあ、これからもよろしくね?」
思いがけず口に出てしまった私の言葉にリベラはまた、いつもの笑みを浮かべた。
「ふふ、どうしようかな?」
夜の闇が静かに包み込む中で、私はリベラと共に帰路を進んでいった。
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