第4話 side:H 二次会とその夜と
「おい、犯罪じゃないのか流石に」
二次会の席に着くなり、難しい顔をした大濠くんに声をかけられた。
「え、でも18歳だよ?法的には問題ないよ」
「・・・18・・・だ、と・・・」
僕の返答に大濠くんが、がくり、と項垂れる。
いやいや、結婚式で配布したプロフィールに書いてあったと思うのだけどなぁ。
手元を見ればそこには既に飲み干されたグラスがあった。
・・・これ、何杯目だろう?もしかして、もう酔っ払ってないかな?
何度か彼と宴席を共にしたことがあるが、大濠君は下戸というわけでもないが、酒に強いわけでもない。
グラスで3杯も飲めば出来上がってくるのだ。
既に目がすわっており、いつもはきっちりと整えられた髪がやや乱れている。
「治くん、大濠くんに飲ませた?」
大濠くんの隣でビールをぐびぐびと煽っている金髪頭の彼へと問いかけた。
「え?三成?いや?まだそんなに飲んでないはずだぜ?2杯・・・、3杯・・・?そんなもんじゃねーの?」
からからと笑いつつ答えてくれた彼は
大濠くんとは何もかもが真逆だが、彼は彼でとてつもなく優秀なデザイナーで、何故か僕たちは3人ペアで仕事を任されることが多く、結構な時間を共にしていた。
「いや、ダメだってば。大濠くん、飲ませると結構面倒くさ・・・」
「おい、黙れ。この現代版光源氏め。18だと?!くそっ・・・!顔だけが取り柄のくせに・・・!」
僕の声を遮る様に大濠くんが叫んだ。その声に周囲が一斉に大濠くんを見る。
仕事もそれなりにこなすのに、酷い言われようだし、言わんこっちゃない・・・。
仕方ないので僕は溜息を吐きながら立ち上がろうとした、らーー治くんが軽く手を薙いで僕を止めて、先に立ち上がった。
「皆さん、今日は桐月久嗣のためにお集まり頂き感謝しています。あんな可愛くて年若い花嫁を手にしたラッキーな男を、今日は酔い潰してやろうではありませんか!はいはい!皆様、グラスを拝借。それでは乾杯!」
軽快に口上を述べながら治くんがグラスを掲げると、そこら中から乾杯をする音が響く。僕も立ち上がり、治くんが掲げたグラスに自分のグラスをあてる。
「本日は私事にお付き合い頂き、ありがとうございます。新婦は体調を崩したためこの場は欠席させて頂きましたが、お楽しみ頂ければと思います」
そう僕が継ぎ足すと、拍手が起こった。
相変わらず大濠くんは俯いて・・・いや、これ・・・寝てるかもしれないな。
僕が再び席に座ると、治くんが椅子ごと僕の横に来た。
「ありがとう。大濠くんのフォローしてくれて」
「いんや?まあ、飲ませたのは俺だし、この後も責任持って連れて帰るよ。いやしっかしさ・・・マジで嫁さん若すぎね?」
結婚式の後や披露宴の最中に前後、とにかく本日ベストワンでよく聞くセリフだ。
まあ、確かにあーちゃん・・・いや、ゆうくんは若いけれども。
「でもあの子が16歳の頃にはもう婚約してたからなぁ・・・」
「じゅっ?!え、まてまて・・・!幾つからの知り合いだ、それ」
年齢に驚いて、軽く治くんが吹いた。ペーパーナプキンを渡しつつ僕は苦笑する。
「生まれた時から?お隣さんなんだよ。ゆ・・・あさちゃんは。小さい頃から面倒見てきたしね。僕としてはもう少し後でも全然構わなかったけど、母がとにかく気に入ってるものだから、煩くてね」
「うっわ・・・マジでリアル光源氏と紫の上・・・世界が違う・・・」
感心して治くんが呟いた。
みんな、源氏物語好きだなぁ・・・そもそも幼馴染の結婚という観点で行けば、夕霧と雲居の雁じゃないだろうか。グラスに口をつけながらそんなふうに考えていると、テーブルに突っ伏していた大濠くんが、顔を上げて、
「くそが、爆ぜろ」
そう言い僕のグラスをひったくり、残りのビールを飲み干す。
そして、またテーブルに突っ伏する。
「ちょっとさぁ・・・!大濠くん、随分じゃない?!?!」
「あー、なんか恋人と喧嘩したとか言ってたな。三成。それで僻まれてんじゃね?」
「それ、完全にとばっちりじゃないか・・・」
そんなこんなで、楽しく(?)二次会は進んだ。
途中途中で大濠くんが起きては文句を言い、僕の持つグラスから酒を飲む。
結構な酒量入ってるけど大丈夫だろうか、これ。
そんな僕も『あーちゃんに逃げられた』という現実的なことが頭によぎると、嫌でも酒が進んだ。
よもやこの会場内に、本日の主役である僕が花嫁に逃げられただなんて思う人はいないだろう。僕だっていまだに信じがたい事実で、しかも僕の元にいる花嫁はゆうくんだ。
事実は小説よりも奇なり、とはまさにこのこと。
いや、ゆうくんに不満はない。実に頑張ってくれているのだし。
今日だって本当に頑張ってくれた。本来は招かれる側であったのに、急病で欠席という形にして、花嫁役をしてくれているのだし。
色々と考えていると、結果的に、僕もかなりの量を飲んでいた様に思う。
二次会も終盤のあたりで治くんが、
「お前ら飲み過ぎ。久嗣はもうホテルに戻れよ。嫁さん待ってんだろ?そして三成は泣きながらスマホ抱きしめてんなよ・・・お前らいっとき飲むの禁止な」
治くんが僕たちへと呆れた様に言った。大濠くんほど泥酔していないと思うのだけど。
僕は追い払う様に席を立たされ、そのままふわふわした足取りでホテルの部屋に戻ってきていた。
さてさて、可愛い奥さんは何をしているだろうか。
「ただいま~」
いつもよりも陽気な声が出ているな、と我ながら思った。酔っているなぁ。
部屋へと続くドアをあけると、ちょうどベッドに座っていた僕の可愛い子が立ち上がって、僕を迎えてくれた。
「え、ちょ・・・随分と飲んだね・・・」
可愛い顔に苦笑が浮かぶ。
そんなことないよ、と言いながら、僕はその細い身体を抱きしめる。
この抱き心地も悪くはないけれど、細すぎるのも怖い。今後のことも考えると、少し太らせたほうがいいかな?今はまだにしろ、子供のこととかもあるだろうし・・・。
しかし、直ぐに僕が飲み過ぎだと気付いてくれるのは、なんだか嬉しい・・・よく見てくれている感じがするし。
「お水・・・飲んだら?嗣にぃ」
あれ?その呼び方は・・・。
背中を撫でられながら、名前を呼ばれて我に返る。
ああ、そうだ。あーちゃんじゃない。ゆうくんだ。少しだけ身体を離して、腕の中に捉えたままの子を見下ろす。
「嗣にぃ?」
不思議そうに僕を見上げる顔は、とても愛らしい。
あーこんな可愛いなら、もう、ずっとゆうくんでもいいなぁ・・・。可愛いなあ・・・。
いやいやいやいや・・・。どちらにも失礼極まりない。
自分の思いに、心の中で苦笑する。
どうにもこうにも僕はーーやはり状況に混乱中のようで、途中途中で二人を混同している様な気がする。自分で思っているよりも酔いが回っているのかもしれない。
それでも腕の中にいる温かい存在を手放すことができず、もう一度、抱きしめた。
「優しいね、奥さん。ちょっと飲みすぎたかもしれないなぁ・・・あ、着替えある?泊まる予定じゃなかったでしょ?僕のシャツ余分にあるよ?」
わかってやってたのかよ、と小さくボヤく声が聞こえた。
僕が君たち二人を間違えたことなんて、いまだかつて一度も無いはずなんだけどね。今頃そんなこと言うなんて。
「ふふ、僕の服着るなんて彼シャツだねえ。あ、ゆうくんは奥さんだし、夫シャツ・・・?」
「本当に、結構酔ってるな・・・嗣にぃ」
なんだか面白くてなってしまい、僕はずっとくすくす笑ってた。
ゆうくんが呆れたようにため息をついて、もう一度僕の背中を撫でる。
そして、ゆっくりと離れた。名残惜しくて手を伸ばしたが、
「あさじゃねーぞ」
その手はそんな言葉と一緒に、軽く叩き落とされる。
「俺、シャワー浴びる。まだだし。嗣にぃはどうせ今は無理だろ?水でも飲んで少しは酔いを覚ましなよ」
顎でゆうくんが示す場所を見る。ソファの前にあるガラステーブルの上にはミネラルウォーターが置かれていた。ゆうくんが用意してくれていたらしい。
本当に優しいなぁ・・・こういう気遣いができるのは、ゆうくんだ。
あーちゃんだと・・・そこまで考えて、やめた。無意味な比較だ。
「ありがとう」
そう告げれば、ゆうくんはバスルームに続く扉の向こうに消えた。
残された僕は、一つ大きく息を吐く。
ちょっと僕はゆうくんに甘えすぎかもしれない。
僕にとって今日は青天の霹靂の様な日であった。けれど、それはゆうくんも一緒だ。しかも負担で言えばゆうくんの方が多かっただろう。その上で9歳も下の子に気遣わせていると思えば、やはり苦笑しか漏れない。
ジャケットを脱いで、ソファの背に置く。シャツのボタンを外しながらミネラルウォーターを手に取り開けた。
ああ、そうだ。ゆうくんに貸すシャツを出さなければ。
一口水を飲んで、テーブルに置き、僕はホテルに備え付けられたクローゼットに向かう。
式の後はそのまま新婚旅行へと向かう手筈だったので、数日分の衣類を用意したキャリーケースを預けてあった。
ゆうくんの都合がつかなければ中止も考えていたが、大丈夫とのことで予定通りに明日には出発するものの、彼の荷物はここにはない。
何せ急だったし、ある筈もないわけで・・・取りに帰るのが早いだろうか。
出発は昼を予定しているので、多少時間はある。ゆうくんの服を選ぶのも楽しいかもしれない。僕が選んで与えたものをゆうくんが着ると考えると、ちょっと興奮する。・・・我ながらおじさんくさいなぁ、とも思うけども。
あまり変なことをしでかすと、大人しいゆうくんでも逃げてしまうかもしれない。
・・・まあ、もう逃さないけど。
そんなことを考えていると、不意に後ろで扉が開いたので、少しだけ吃驚して僕は振り返る。
「嗣にぃ!俺、下着ないんだけど?!」
濡れた髪で、大きめのバスローブに身を包んだゆうくんが飛び出してきて、叫ぶものだから、僕は可笑しくなって、笑ったのだった。
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