第6話 少女再ビ

とある日の夕方。

総士は何故かワクワクしながら1軒のコンビニを訪れていた。裏口から入ると従業員向けの更衣室を訪れ、そこにあるロッカーの1つを鍵で開けて中へ鞄を入れる。それから制服を脱いで青色のユニフォームをワイシャツの上から羽織り、扉にある備え付けの鏡で髪や身嗜みを整えると扉へ鍵を掛けて閉めた。

廊下を出て事務所前の機械でタイムカードを通してから向かったのはドリンクケースの裏側、そこに居たのは長い黒髪をヘアゴムで後ろに結んだ女性で詩乃の2番目の姉である黄泉だった。


「うん、ちゃんと時間通り来た。初日から遅刻しなかったじゃない偉い偉い!」



「いやぁ…いきなり遅刻したらヤバいッスからね、あははは!」


総士は何故か得意げに微笑みながら彼女の方を見ながら話した。自分でも今日から仕事だというのは解っていた事もあり学校のHRが終わったと同時に教室を飛び出し、玄関で靴を履き替えて駆け出していた。そして成る可く時間が掛からない様に此処までの最短距離を予め割り出していたのだ。


「じゃあ早速だけど仕事始めましょうか。マニュアル通りにやれば杉本君でも直ぐ覚えられると思うけど、まぁ一応イレギュラーな事も有るからメモだけは取ってね。」



「はいッス!」


こうして黄泉の指導の元、総士の生まれて初めてのアルバイト勤務が始まった。

言われた事や注意事項に関しては的確にメモを取る彼の姿は一見すれば真面目な新人なのだが裏を返せば黄泉と2人きりになれるというのが彼の目的だった。入った時の面接でも新人指導に関しては黄泉にお願いすると店長から話があった通りでこうして彼女と2人だけで居られるというのが総士にとって何よりの至福の時であった。黄泉の指示で飲料の箱を持って来てそれをケースの近くで開けると総士は補充を始める。


「そういえば鈴村さんはいつから此処に?」



「私?えーっと…確かあの後だから1年と数ヶ月だった気がする。今年で2年目かな?」



「あの後って…何スか?」



「聞いてないの?詩乃から私の事。」



「いえ、特に何も聞いては…てか教えてくれないッスよ?詩乃さん。」



「ふぅん…あの子なりに気を使ってくれてるんだ。実は私と詩乃は本当の姉妹じゃないの。」


そう話すと黄泉はカタンッという音と共にコーヒーの缶を1つ棚へ入れた。


「えッ…そうなんスか!?」



「私の本当の両親は幼い時に怪異の引き起こした事件で亡くなってる。その時に鈴村家の祓い師に助けられて…そのまま引き取られた。私の歳が詩乃より上で円香姉さんより下だから自然にあの子の義姉になった。」



「へぇ…。」


話を聞きながら総士は商品を棚へ入れていたが

気になったのか途中で手を止めしまった。


「それから紆余曲折有って、私は詩乃の敵になり…そしてお互いに殺し合った。何方かが死んでも可笑しくない状況の中で刃を交わしてその末に詩乃が勝った。それから私は暫く昏睡状態で入院して退院したらその時には詩乃はもう2年生になってた。時が経つって結構早いんだなぁって。」



「因みに 詩乃さんと…黄泉さんってどっちが強いんスか?」



「それ聞いちゃう?あ…手止まってるよ、口よりそっち動かさないと店長にドヤされる。」


振り向いた黄泉が総士を軽く注意すると彼は再び作業を再開する。全ての仕事が終わったのは夜19時で2人はゴミ類の片付けや掃除を済ませてから各々が更衣室で着替え、店を後にする。詩乃と黄泉の強さに関しては結局教えては貰えなかった。

何気ない話をしながら暗い夜道を街灯に照らされながら2人は並んで歩いて行く。


「どうだった?初めてのアルバイトは。」



「思ったより疲れました…てか重い奴殆ど俺運んでたじゃないッスか…。」



「あはは…それは仕方ないわよ。ていうか女の子に重い物持たせるのは男としてどうかと思うけどなー?」



「そ、そうッスね…。」


黄泉が彼を見つめると総士は無言で何度か頷いてみせる。此処で下手に反論すればどうなるかは解らない、全ては今後の発展の為だと思って堪えた。


「明日も私が教えてあげるから一緒に頑張ろ?今度はバックじゃなくて店内の品出しとか…掃除とかかな。」



「頑張ります!俺、精一杯やりますから!!」


彼は自信満々に答えると途中の路地で黄泉と別れ、そのまま真っ直ぐ帰路へと着いた。

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一方、総士と別れた黄泉は通りを進んでいる最中にふと足を止め、そしてそのままポツリと呟いた。


「……跡付けて来てるの解ってるんだけど。大人しく顔を見せたらどう?」


近くの街灯がチカチカと点滅した直後、黄泉へ向けて何かが背後から放たれた。それを彼女は振り向き様に右肩から掛けていた刀袋を用いて弾き落とすと警戒して暗闇の中を見つめていた。

足音と共に現れたのは黒髪の少女で北見高等学校の制服に身を包んでいる。その右手にはボウガンが握られていて、銃口は黄泉の方へ向いたままだった。


「貴女…鈴村の祓い師?」



「…祓い師かどうかって言われればそうかもね?」



「そう。なら貴女も排除する…私の手で!!」



「生憎、こっちは狙われる理由なんて何も──ッ!?」


直後に再びボウガンの矢が放たれ、的確に黄泉を狙って来る。風を切る音と共に放たれるそれは当たれば無論、怪我では済まない。

彼女は咄嗟に刀袋を開いてそこから鍔を左手親指で僅かに上げてから右手で柄を握り締めて勢い良く抜刀し飛んで来た矢に対して左斜め下から逆袈裟の要領から弾き飛ばした。


「ッ…!あっそう、ならこれから私がする事は正当防衛よね?」



「…斬られる前に私が貴女を仕留める。」


少女は上着の懐へ手を入れ、左手に何かの筒を握り締めると器用に右手の小指と親指だけで紐を解いて見せる。そして筒を再び突き出すと青白い閃光が黄泉へ向けて解き放たれた。応戦しようと刀を左から右へ掛け水平に振ったがそれを紙一重で抜けて黄泉の腹部へそれが命中してしまった。激痛で顔を顰めると視線をその光の方へ向ける。


「っぐぁ!?な、何ッ…今の!?」



「──行って!」


少女が手を左へ振り抜くと光は再び動き出し、黄泉へと狙いを定める。そして僅かな沈黙の後に勢い良く空中から飛翔し襲って来たのだ。

そこへボウガンの矢が何発も飛散して来る事から防戦を強いられてしまった。矢を刀で弾き飛ばせば光に襲われ、光に気を取られれば矢に襲われるといった連携に黄泉は翻弄されていた。


「くそッ…術さえ使えれば、こんなの…どうってこと…ないのに!!」


矢を弾き、躱しながら後退し距離を取ると黄泉は刀を正面で構えながら舌打ちした。

そこへ背後から偶然通り掛かったのは塾の鞄を持った男の子で黄泉が視線を其方に外した僅かな隙を突いて再び矢が放たれる。彼女が躱せばその矢は間違いなく彼へ突き刺さるだろう。


「させない…ッ!!」


黄泉は躱さずに彼の方へ咄嗟に駆け寄ると正面から覆い被さって地面へ押し倒すのだがその際に左肩へ矢が突き刺さってしまった。

程なくして敵対していた少女が立ち去ってしまうと黄泉も身体を起こした。幸いなのは少年に怪我が無かった事だろうか。


「いッッ…大丈夫、怪我はない?ごめんね、突然こんな事しちゃって。私の事は大丈夫だから早く帰った方が良いよ。」


彼を立たせてからその背を見送ると黄泉は矢を引き抜いて投げ捨ててから刀と鞘を拾って納刀、血がポタポタと指先を伝って地面へ滴り落ちて来るがそれでもお構い無しに彼女は歩き出すとアパートへ向かって足を運んだ。

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「襲われた!?一体何処の誰に…!」


黄泉が帰宅した時の第一声で聞いたのは詩乃の動揺した声だった。出迎えた円香に付き添われてリビングへ来ると鞄や刀袋を離れに置いてから上着だけを脱がされ、直ぐに止血作業が始まる。詩乃は救急箱を取って来ると黄泉の傍へ腰掛けた。


「やったのは…相手は詩乃と同じ学校の子、円香姉様は心当たり有りますか?黒い髪に赤いリボンの…ッ…。」



「赤いリボン?もしかして…1年生の雛代さんかも。」


円香は黄泉の傷を手当てしながら呟いた。

それを横で見ていた詩乃もまた口を開く。


「その子、確か私の事も襲って来た…祓い師は排除するとか何とか言って。お陰でこっちは死にそうだった。」



「…詳しい事はまだ解らないけど此方に何かしらの恨みが有るのは確かでしょうね。」



「もしかして東雲と関係が?」



「それも何とも言えない。黄泉、これ位の傷なら痕に無らなそうだから大丈夫。」


止血処理と他の怪我の手当を終えた後、上着を着直した黄泉は軽く左肩を回して具合を確かめていた。


「これ、結構お気に入りの服だったの…姉様と詩乃が私の誕生日にくれたプレゼントなのに。」



「それ位縫えば良いじゃない?まだ着れるでしょう。」



「簡単に言わないで下さいよ、意外と縫うの大変なんですから。」


不貞腐れ気味の黄泉はそう呟くと立ち上がって着替える為にリビングから去って行く。

円香と共に後片付けをしながら詩乃は血塗れのティッシュを手に呟いた。


「ねぇ、円香姉さん…あの時と何か似てる気がする。」



「そうね。あの時は2人共ボロボロで帰って来て、黄泉は即入院…アンタは重傷。私もボロボロだったから人の事兎や角言えないけど。」



「血に染った制服と擦り傷、アザだらけの身体に止血で使ったガーゼの山…まだ憶えてるよ。姉さんと母さんが何とかしてくれたから今の私が居る。」



「…祓い師を狙う以上、此方も対策を考えないとね。」


片付けを済ませると詩乃の頭を軽く撫でてから円香は彼女へ微笑み掛ける。

詩乃も頷くとリビングにあるソファへ1人腰掛けると小さな溜め息をつくとあの日の事を思い出していた。


『私は全てを元通りにして…黄泉を祓って連れて帰る!!』



『…なら存分に殺し合いましょう?獲物を手放し…何方かが倒れるまで。さぁ来なさい、鈴村の祓い師!!』


そこからは死に物狂いだった。

詩乃は黄泉を止めようとし、一方の黄泉は詩乃の事を殺そうとした。全てが終わった後、詩乃は降りしきる雨の中で黄泉を背負って鈴村家の屋敷まで帰って来たのだ。身長差も有ってか完全に背負えなかったがそれでも無理矢理に連れ帰った。そして仲間の祓い師達に助けられた後に2人は鈴村家と関わりのある医療機関へ緊急搬送、黄泉は入院し詩乃は手当を施された。


「…やっぱり血を見ると思い出すな、あの時の事。綺麗さっぱり忘れるのは無理みたいだ。」


現に詩乃の左肩には今もあの時の怪我の痕が残っていて、この傷だけは消せなかった。

背もたれへ寄り掛かっていると部屋着姿の黄泉がリビングへ訪れ、そのまま詩乃の元へ向かう。そして彼女の左隣へ来ると腰掛けた。


「結構気にしてる感じ?」



「…気にするさ、だって不意討ちとは言え襲われてるんだぞ?下手したら死んでたかもしれない。」



「実はあの時子供を庇ったの。躱そうと思えば躱せたかもしれない、けどそうすれば関係ない人が巻き込まれるって思って。気が付いたらこんな事になってた。」



「そうだったんだ…知らなかったよ。」



「これが人を守るって事なんだ…って久し振りに思ったわ。自分の命に替えても大切な誰かを守る事、それが祓い師の基礎。けど、その中で自分が死なない様に立ち回る事もその中の1つ。」


振り返った黄泉は詩乃へそう話すと彼女の頭を右手で優しく撫でて来た。


「それ、父さんが後から付け足した奴。」



「そうだったっけ?」



「本来の基礎教本にはそんなの書いてない。守るべき人達を自身の命に替えても守り抜き…人知れず死ぬ事。それが私達の運命、だから死ぬ事は端から決まってる。」


詩乃にとって人の死というのは単なる世の理としか思っていない。何故ならそう思うのが一般的で自然な事だと感じているからで、永遠の命という端から有り得ない事に関しては微塵も興味は無い。誰だって死ぬ時は死ぬ、考えているのはそれだけだった。

すると黄泉が彼女の事を何も言わずに抱き寄せるとそのまま撫で始めると何が起こったのか詩乃には解らず、離れようとしたが離れられなかった。


「あまり良くない事ばっか考えないで少しは楽しい事とか考えなさい?その方が詩乃の為になる。」



「解ってるよ…っていうか凄い近いし、当たってるし…。」



「ふぅん…詩乃はこういうのイヤなの?」



「べ、別に…嫌という訳では……。」


自分からそのまま黙り込んでしまうと黄泉はクスクスと笑っていた。


「ねぇ詩乃?」



「何…?」



「これからはずっと一緒よ。何があっても絶対に詩乃と姉様を悲しませる真似はしない。」



「うん…私も黄泉と一緒に──んむぅッ!?」


詩乃が顔を上げて何かを言い掛けた途端に黄泉との距離が狭まる、そして唇に生温かい感覚が伝わって来るとそのまま手を握られてソファへ組み伏せられてしまう。黄泉の右足が詩乃の両足の合間に入ると僅かな時間だが唇を重ね合っていた。


「んぅッ、んんッ…んむぅううッ!?ぷはぁッ…い、いきなり何するんだよ!?」



「案外隙が大きいんだなーってさ。それよりどうだった?初めてのキスは。」



「…それより学校の先生がこっち睨んでるぞ?」


視線を円香の居るテーブルへ向けると今度は彼女が不貞腐れている様にも見え、同時にコンコンと無言でテーブルを指差した。そこにはいつの間にか夕飯が並べられている。


「あー…も、もう夕飯にしよっか!今日は何かなー?コロッケ有ると私は嬉しい!」



「スーパーのお惣菜だよ、いつもと同じ。」


2人共、ソファから離れてテーブルの方へ足を運び、椅子を引きテーブルを挟む形で円香の前へ腰掛けると食事が始まった。

普段と同じ在り来りの光景が有るというのは3人にとって有り難い物でもあった。祓い師としていつ何が起こるのかは誰にも予測出来ないし解らない。そして、こうして姉妹3人で居られる事が何よりの幸せでもあった。

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同日の深夜。

リボンの少女こと雛代沙夜はビルの上から街並みを見下ろしていた。

夜の冷たい風が彼女の艶のある黒い髪をさらって靡いている。その右肩には細長い狐の様な生き物が寄り添っていて、彼女はスカートの右ポケットへ手を入れるとそこから手にしたビスケットを2つに割ってそれを餌代わりに与えていた。


「…この間会った祓い師が鈴村詩乃、そして今日会ったのが東雲黄泉。」


彼女がポツリと呟くと肩に居る狐をそっと撫で、可愛がる仕草を見せる。

こうして見ればまだ可愛げな所は有るが実際に2人や怪異相手に立ち回っている時はそうではなくその姿は冷酷そのものだった。


「…与えられた使命は必ず果たしてみせる。私達ファタールの目的を達成する為には双方が障害となる。ならばその障害を取り除かなくてはならない……例えどんな事をしても。」


沙夜はそう呟くと街中を見下ろしてからその場を立ち去って行った。ファタールとは果たして何を意味するのか、そして詩乃達にどの様な影響を齎すのか。東雲の一味が関わる組織、影楼に続く新たな影が密かに動き出していた。

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