【短編】4人のヨメを育てるオウ サマ

ほづみエイサク

本編

 Q.この物語の主人公は何者?







 思わず息をするのを忘れた。



 それほどにうるわしい娘が目の前にいる。


 顔は端正と言う他なく、オスであれば誰もが見惚れてしまうだろう。

 しかも、お尻のハリもサイズも極上だ。

 見事なまでの安産型。

 完璧なメスと言っても過言ではない。

 しかも発情しているのか、妖艶にお尻を振っているではないか。


 我は知っている。


 このメスは我に種付けされるため、配下たちによって連れてこられたのだ。

 配下からすれば、王である我に少しでも多く子孫を残してほしいのだろう。

 無論、それが王の務めであることも理解している。


 正直言ってしまえば、今すぐに飛びつきたい。

 それほどに魅力的なメスである。



 だがしかし!

 絶対に屈してはならないのだ。



 我はメスを前に暴れ出し、「帰れ!」と拒絶の意を示した。

 すると、彼女は驚愕した後、傷ついたように涙を流しながら去っていった。……いってしまった。

 これでいいのだ。

 正直かなり口惜しいが、これでいいのだ。


 我は決して、他のメスに腰を振ってはならない。



 我には、4人のヨメがいるのだから。



 我は王であるが故、不思議ではなかろう。


 しかれど、我はヨメたちの姿を見たことがない。

 彼女たちはかなりシャイであり、声を発することもほとんどなければ、我の前に現れることは決してない。


 ヨメたちとの出会いはいつ頃だっただろうか。

 思い出そうとするだけでも、胸が温かくなってくる。


 そうだそうだ。物心がつく頃にはすでに一緒にいたのだ。

 幼馴染、と呼べばいいのだろうか。


 ヨメがいるのは、我の四肢の内側だ。

 四肢に1人ずつ。合計4人のヨメたち。

 自分の目ではどうしても見られない位置にいる。

 なぜそんなところにいるのか、詳しくは知らないし、知ろうとも思わない。


 きっと『見ることもできず、声も聞こえないのに、なぜそこにいることがわかったのか』と疑問に思うことだろう。

 答えは単純だ。

 配下から聞いたのでる。



 それは、とてもよく晴れた日だった。

 その配下はかなりの変わり者で、よく我に話しかけてきていた。

 とても馴れ馴れしかったが、どこか憎めない雰囲気を持っており、今でもお気に入りの1人である。


 そんな彼女が、突然言い出したのだ。



「あ、おヨメさんが育っていますね」



 刹那。

 我の脳に衝撃が走った。

 その配下が言うには、我の四肢の内側に1人ずつのヨメが育っているのだという。


 

 最初抱いた感情は、恐怖であった。

 知らぬ間に、我の四肢に『ヨメ』がくっついているのだ。


 しばらく経つと「不敬である!」と怒りが湧き上がり、振り払おうと考えた。

 だが、すぐに考えを改めた。

 下手に取ろうものなら自分の体を傷つけることになってしまう。

 我の体は我一人のものではない。

 配下たちのものでもあるのだ。

 仕方なく、しばらくの間『ヨメ』という存在を見逃してやることにした。



 その数日後。

 事件が起きた。

 


 その日の我は、床に臥せっていた。

 体が熱い。

 頭が重い。

 昨日できていたことが、全く出来ない状態。

 生まれて初めて、体調を崩したのだ。


 その日、配下たちはやたら忙しそうに動き回っていた。

 どうやら台風が近づいているらしく、その対応に追われていたのだ。

 医者は注射を打つだけで、どこかに行ってしまった。


 我を介抱する余裕すらないのだろう。

 仕方がないことだ。

 王とは民無くして王なりえない。

 民の生活が最優先である。


 我はひたすら、孤独に耐え続けた。

 ただただ熱に浮かされる時間。

 どれほど寂しく、苦痛だったことか。

 助けを呼ぼうとしても、まともに声すら出てくれぬ。


 ああ、このまま死ぬのだろうか。

 孤独に死ぬのだろうか。



 絶望した瞬間。

 温もりを感じた。



 四肢の内側から、かすかに聞こえた声。



『大丈夫ですよ』

『安心してください』

『私たちがついています』

『あなたは絶対に死にません』



 沁みるような、優しい声音だった。


 1度しか聞こえなかったが、その声にどれだけ励まされたことか。


 翌朝。

 我の体調は持ち直したのである。


 周囲の者たちは奇跡だ、と口々に叫んだ。


 そして気づいたのだ。

 あの声はヨメたちの声だったのだ、と。

 


 この日を境に、我とヨメたちはお互いに支え合いはじめた。



 我はヨメたちを大事に育てていった。

 来る日も来る日もヨメたちに声を掛け続けたが、返事はない。

 だがしかし、それでいいのだ。

 我にとっては、そこにいてくれるだけでも心強い。


 ヨメたちは我と同じようにスクスクと育ち、今もワレの四肢にくっついてくれている。



 おっと、思い出話はこれぐらいにしよう。

 


 なぜなら、今日は王として大事な勤めがあるのである。


 

 戦争。

 といっても、血を流すようなものではない。

 今のご時世、野蛮な手段は民に受け入れられないのだ。

 王同士の対決。

 最も誇り高い決闘方法。


 かけっこである。


 一見、バカみたいに思えるだろう。

 だが実際は、多くの民たちの娯楽として定着している。

 平和的かつ熱狂的な、すばらしい戦争だ。


 スタートラインに立つときは、いつも緊張と高揚が入り混じる。

 我の背には、最も信頼の厚い配下が跨っているのだが、特に不敬とは思わない。



 バン、と。

 スタートの合図が鳴り響いた。


 我が颯爽と駆け出すと、他の王たちを置き去りにしていく。



 一歩一歩走るたびに、ヨメたちは震えて喜んでいる。

 同じ風を浴びて、歓喜している。


 ヨメたちをもっとも強く感じ取れるこの瞬間が、永遠に終わらなければいいのに。


 いつの間にか、我はゴールまでたどり着いていた。

 無論、他の追随を許さぬ優勝である。

 なぜゴールがあるのだろうか。

 まだまだ走り足りない。

 ヨメたちをもっと喜ばせてやりたいのに、口惜しいものである。


 さて今日も見事に凱旋し、城に戻ってきた。

 だが、いつもと様子が違う。


 配下たちが集まっていたのだ。

 今日は大事な祭りごとでもあっただろうか。


 疑問に思っていると、あろうことか!

 配下たちは我を押さえつけはじめたのだ。


 配下の手に握られた道具が、ヨメたちに近づくていく。


 瞬時に理解した。

 配下たちは我とヨメたちを引きはがそうとしているのだ。

 もしかしたら、メスを追い出したのが良くなかったのかもしれぬ。



 だがしかし、我も譲れぬものがあるのだっ!



 憤慨した途端、目の前が真っ白になった。

 周囲からは悲鳴が聞こえたが、そんなことは関係ない。

 ヨメたちは我が守らねばならぬのだ。


 どれだけ暴れまわっただろうか。


 気が付いたころには、知らない場所にいた。

 我の目は暗闇でも見通すことができるが、ここは森だろうか。


 いや! そんなことはどうでもいい!

 ヨメたちは無事であるか!?


 よかった。

 ヨメたちはまだ我と一緒にいる。

 それだけで、不安なぞ消え去ってしまう。


 さて、どこに行こうか。


 周囲を見渡すと、少し先に大きな道が見えた。

 明りは灯っていないが、道を進み続ければ、やがて明るい場所にたどり着くだろう。


 実際、しばらく進んでいくと、光が見えた。

 だがしかし、その光は動いていたのだ。

 高速で光が近づいてくる光景を、我はみつめることしかできなかった。


 キキーッ、と甲高い音を立てながら、我は体が裂けるような衝撃に襲われる。




 次の瞬間。

 我は血の海の中を漂っていた。

 感覚でわかる。

 我はもう、助からないのだ。


 ああ。

 ついぞヨメの顔を見ることはできなかった。


 だがしかし、我の人生は至福に満ちていたのだ。


 暗い。

 月明りすら見えぬ。

 だが、ヨメたちよ、そう不安がるな。

 我の目はどんな暗闇をも見通すのだ。

 未来がどれだけ暗かろうとも、この目はお前たちの姿を鮮明に映し出す。



 ああ、見える。

 四肢の感覚がないと思っていたが、そんなところにいたのだな。



 君たちはそんな姿をしていたのだな。



 少々面妖な見た目をしているが、気にすることはない。

 そんなことは些末な問題だ。

 君たちは、我と一緒に生きてくれた。

 風と時間を分かち合ってくれた。

 

 我にとっては、無二の存在だ。

 ああ、4人いるな。

 ならば無五の存在だ。


 我はとっても幸せだった。

 優秀な配下に恵まれ、満足できる人生を送れた。


 子孫を残せなかったことは、少し心残りではある。


 だが、もういいのだ。


 ヨメよ。

 ああ、我のヨメたちよ。


 もっと近くに寄っておくれ。


 そうだ。もっと近くに。


 ああ、なんとも落ち着くのだろうか。


 ようやく出会えた。


 これほどまでに、恋焦がれていたのだな。


 これからも一緒だ。

 さて、今から何をしようか。

 ああ、何も思いつかない。


 そうだな。

 一緒にいてくれるだけでいい。


 語らうことも、たわむれることも、もはや余計だ。

 我々の間に言葉はいらぬ。




 ああ。

 我は王であるが、孤独ではなかった。




 それが、どれだけ恵まれていたことか。









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次のページは補足(ネタバレ)となります

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