第41話 翌日、美術館を訪れた後、ディナーを共にした

 明くる日の午後、小高が青いスカイラインに好美を乗せて東山祇園町の「何必館・京都現代美術館」へ赴き、それから二人の交流が始まった。

「“何必館”ってどういう意味なのかしら?」

好美が最初に素朴な質問をした。

「それはね、“何ぞ必ずしも”と常に定説を疑い、真に価値あるものを自ら探りあてようとする自由な精神に基づいて名付けられたんだよ」

「観ることをより感じることが出来る美術館、っていう訳ね」

 地上五階から地下一階まで、日本画家の村上華岳、洋画家・山口薫、美術工芸の分野で幅広く活躍した北大路魯山人を中心に、近代・現代の作家による国内外の絵画、工芸品、写真などが幅広く展示されていた。

 特別展は「現代風景画の指標、浅田鷹司」が開催されていた。

「浅田は京都生まれの京都育ちで、僕の母校である京都芸術大学で日本画を学び、三十三歳で東京に居を移した。その後は東京を拠点に、日本の名所旧跡を描いた作品を発表し続けたんだ」

「それじゃ、あなたの大先輩、って訳なの?」

「そうだな。彼はこう語っているんだ。対象の風景との間には一期一会の対決のひと時がある。ある風景が私の風景となるかならないか、心が通い合えると感じた時、ただ眼の前の景色に過ぎなかった存在が私を釘付けにし、私の風景となる、ってね」

「風景の奥に在る日本人の自然観や美意識や宗教観、或は、自然の持つ普遍的な美しさ、そう言ったものを作品制作を通じて再確認し、風景画の指標と言える作品を数多く遺したと言うことなのかしら」

ファッションデザイナーの好美は流石に感受性も洞察力も鋭かった。小高は彼女の敏感さと頭脳の明晰さに舌を巻いた。

自身の故郷である京都を愛し、五十八歳の若さで亡くなるまで、精力的に描き続けた洛中洛外の風景が、日本三景の屏風を初め、スケッチを含む凡そ四十点の浅田作品が展示されていた。

 

 美術館を出た後、小高は車を四条木屋町の駐車場に入れ、好美を和風ディナーに誘った。

割烹「ふじ半」の入口の前で好美が先ず感嘆の声を挙げた。

「うわ~、凄くお洒落な雰囲気の店構えね。流石に京都だわ」

案内されたテーブルに着くと、秋の季節を感じるすすきの飾りと兎の折り紙が置いて在った。好美が何気無く兎の折り紙を開くと、それは八寸の説明書きだった。

「こういう細かい演出って真実に素敵ねぇ」

 提供されたのは和食とフレンチを融合させた華やかな料理だった。

「割烹のお店でフレンチが食べられるなんて、素敵じゃない!」

店長がにこやかに答えた。

「はい、私どもでは会席料理だけでなく、若い人にもお勧めの現代料理やフレンチ、イタリアンなどもご賞味頂いております。本日は和風フレンチをお召し上がり下さい」

 最初に運ばれて来たオードブルは「網焼きホタテ貝とフルーツトマトのキウイフルーツソース」だった。コンソメスープが添えられていた。

「レアに仕上げたホタテのグリルと甘みの強いフルーツトマト、爽やかな酸味のキウイフルーツソース、三位一体の美味しさをご賞味下さい」

 メインディッシュは「国産牛のサーロインステーキ、黒胡椒醤油バターソース和え」と「マンゴーカレーライス」だった。

「お肉の味をしっかり味わって頂きたく、敢えて、お肉の食感を残しました、どうぞ」

伝統的な京料理にフランス料理の遊び心とエッセンスを加えた鮮やかなオリジナル料理で芸術品さながらのクオリティだった。食べ応えのある一皿だった。

好美は一皿一皿運ばれて来る毎に感嘆の声を挙げ、芳醇な白ワインを愉しみながら高コスバの雅なディナーを堪能した。

 ノンアルコール飲料を一口喉に流し込んで小高が訊ねた。

「君がファッションデザイナーを志す契機は何かあったの?」

「私の両親は、私が幼い頃から、私や妹の着る服を大阪や東京の百貨店からメールオーダーで取り寄せてくれたの。それが自然に、私も綺麗なものを創りたい、と言う気持に繋がったのだと思うわ」

「へえ~、裕福に育ったんだ」

「ええ、まあ、そう言えばそうね。で、或る時、古くなった二枚のセーターを解いて、二色の糸を絡めて一枚に編み直したのね。そうしたら凄く深い彩のセーターが新しく出来上がったの。それを友人に見せたらとても喜んで、欲しい、欲しい、ってせがまれて、結局あげちゃったんだけど、私も一緒に嬉しくなっちゃって、それでデザイナーを目指すようになったの」

「うん、解かるような気がするよ、その思い」

「でも、未だ、卵だけどね」

「然し、既に仕事はしているんだろう?」

「ええ。専門学校で知識やスキルを学んだ後、今はアパレルメーカーに勤めて服の企画やデザインを担っているわ。ファッションデザイナーは服造りの全ての工程を一人で行うのではなく、素材の選定や色・形・模様などの指示をするディレクター的な役割を担うのね。だから、将来独立してオートクチュール・デザイナーになるにしても実務経験が無いと難しいから、今は企業の中で技術とセンスを磨いている、って訳なの」

「求められるスキルも結構大変だって聞くけど・・・」

「そうね、ファッションデザイナーは流行を作る仕事と言っても過言ではないので、常に新しい時代の流れや最新情報をキャッチする情報収集力が先ず不可欠ね」

「それを実現するスキルが次に求められる?」

「そう。服を作るには企画が無いと始まらないから、どんなテーマで、どんなターゲットに、どのように売り出すか、確立した企画を設定しなければ前へ進まない。この仕事を担うのがファッションデザイナーだし、企画が明確でないとスタッフはモノづくりが出来ない。企画力はとても大事だわ」

「デザインの指示をするには、デザイン画を描く絵のスキルも必要なんじゃないの?」

「デザイン力は欠かせない能力だわ。人を惹きつけるデザインセンスが服の評価に直接繋がるから、デザインに関する新しい情報を常にキャッチしながら、日々勉強し習熟することが大切ね」

「先ほどの話じゃないけど、ファッションデザイナーはチームの司令塔になる役割だろうから、作業工程の中での細かい調整やどういう服にしたいのかというイメージなどもしっかり伝えなければならないね」

「そうね、コミュニケーション能力もとても必要だわね」

「華やかな世界だけど、その裏で市場調査をしたり、企画を細かく立ててチームと共有したり、センスを磨く為に勉強したり、色々と大変なんだな」

「その分、誰かが服を好んで着てくれる喜びを味わえたり、流行を自らの手で生み出せたり出来れば、他では体験できない充実感の有る仕事だと私は思っているわ」

 料理もアート、器もアート、繊細で綺麗でサービス精神に満ち溢れたディナーを食しながら、話もアートになって、二人は心を解いて打ち解けた気持で語らい合った。

 最後に美味なデザートを食し旨いコーヒーを喫した後、二人は割烹「ふじ半」を後にした。

「有難うございました!またどうぞ」

女将が満面の笑顔で店の出口まで見送ってくれた。

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