第7話

「どれにしよう……これ? それともこっち?」


 待ちに待ったデートの日。前日から悩んでいたにも関わらず決まらなくて、早起きしても悩み続けていた。


 姿見の前で衣装部屋から出した服を当てては違うと投げ捨てる。その繰り返しだ。足元ではソフィーが落とした服を丁寧に戻していく。


「これにするわ!」


 悩み始めてニ時間以上。ようやく決まったのは白の上品なシャツに白リボン、シックな赤のロングスカート。ソフィーが最後に悩んでいたスカートを腕にかけて拍手してくれる。お互い額に汗をかいていた。


「それもお似合いですけど、姫様には明るいもののスカートがお似合いですのに」


 ソフィーの言う通り、自分の顔立ちには落ち着いたものより明るい色や派手なものの方を合っているし、日頃はそっちばかり愛用している。自分でも分かっているけれど、それでも……


「だって、アーデルヘルムとは十歳も離れてるのよ? 隣に立った時に子供に見られたくないもの……」

「姫様……!」


「なんて可愛らしいのですか」とソフィーは私を抱きしめてきた。ソフィーに抱きしめられると本当の妹になった気がするから不思議だ。


 そんなことをしていると部屋のドアがノックされてアーデルヘルムが到着したと侍女が教えてくれて慌てて準備をして部屋を出た。


 王宮のエントランスに繋がる階段から下を見ると、そこにはいつもの近衛騎士の服ではなく貴族の格好をしたアーデルヘルムが立っていて執事長と会話をしていた。


「お待たせしてごめんなさい!」


 階段の上から声をかけると気づいたアーデルヘルムが顔を上げる。転ばないようにスカートを持ち上げてゆっくりと階段を降り、側に寄ると何故かアーデルヘルムは惚けた顔をしていた。顔の前で手を振るとハッとした顔をする。


「どうかした?」

「あ、いえ……その……」


 コホン、と咳払いをしたアーデルヘルムは、少し頬を染めて照れたように微笑んだ。


「お綺麗になられていて……見惚れてしまいました」

「なっ……!」


 側には執事長もソフィーもいるのになんて恥ずかしいことを言うのだこの男は。スカートとは比べ物にならないほど顔を真っ赤にさせていると、控えていた二人がニヤニヤと笑っているのが見えてアーデルヘルムの腕を掴んで引っ張る。


「い、いいからもう行くわよ!」

「はい」


 城を出て馬車へと歩きながら熱い頬を冷やすように手を仰いでいると、騎士が二人控えていてこちらに敬礼をする。お忍びではあるものの、一国の姫に何かあってはならないと護衛を付けられたのだろう。それが兄二人ではないことに胸を撫で下ろしていると、それに気づいたアーデルヘルムが顔を近づけてきた。その近さにまた顔の熱が上がる。


「本当はお二方が立候補していたのですが、エミリオ殿下がお止めになられたんですよ。ヴェロニカ様が嫌がるだろうからと」

「エミリオ兄様にはお礼をしないとね……」


 婚約者とのデートに家族がついてくるなんて笑い話だ。兄たちの妹好きも困ったものね、と頭を悩ませながら馬車に乗ろうとした時、「どうぞ。足元お気をつけて」とアーデルヘルムが手を差し伸べてくれた。そのさりげないエスコートに、今まで何人の女性に同じことをしてきたのかと嫉妬してしまった。


 アーデルヘルムは向かいの椅子に座り、馬車が動き出す。城から距離があまりないため、他愛のない会話をしているとすぐに店に着いた。そして降りる時もアーデルヘルムが先に降りて手を貸してくれた。「ありがとう」とお礼を言うと彼は優しく笑う。何回胸をときめかすのだろうか、この男は。

 目的の貴族御用達の宝石店に入ると女店主が出迎える。


「ようこそおいでくださいました。姫様。御用がありましたらわたくしが赴きましたのに」

「いいのよ。私が直接来たかったから」

「左様でございましたか。そちらの殿方は姫様の……?」

「え、ええ。婚約者よ」

「まぁ!」


 女主人は私の言葉に嬉しそうに目を輝かせる。色恋話が好きな店主はようやく私に相手ができて嬉しいのだろう。これから私に会うときに恋愛話を聞くことができるから。

 そんなことを知らないアーデルヘルムは深々とお辞儀をする。


「お初にお目にかかります。アーデルヘルム・シュタインベックと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。わたくしはこの店の店主にございます。何かありましたらお申しつけください」

「ありがとうございます」


 にこりと微笑んだアーデルヘルムに女店主はわずかに頬を染めた。アーデルヘルムは本当にかっこいい。何故今まで相手がいなかったのかと思うほどに整った顔立ちをしている。


 過去の舞踏会でも、警護をしているアーデルヘルムを見て何人もの淑女が目を奪われているのを見てきた。その度に私が嫉妬していたのを彼は知らないだろう。


 さて、そろそろ今日の目的をこなさなくては。私はショーケースの中に綺麗に飾られたアクセサリー達を見る。常に流行に敏感なこのお店は長年貴族令嬢に人気のお店だ。


 今日は二人でアクセサリーを選ぶつもりなのだが、後ろを見ればアーデルヘルムは居心地悪そうにソワソワしていた。男の人はやはりこういうところは苦手なのだろう。それにお洒落に無頓着な男にどれが似合うかと聞いても「どれもお似合いです」なんて適当なことを言い出すかもしれない。


 どうしようかな、とショーケースの中を一通り見て、一つのものに目を奪われた。それは煌びやかな宝石がついているわけでも、華やかなデザインなわけでもない。ただシンプルな真ん中に大きなピンクの宝石がついているイヤリングだ。


 女店主にこちらを見せてほしいと言うと、白の手袋を付けてボックスに乗せて見せてくれた。

 それに目が釘付けになる。女店主の「こちらは先日入荷したばかりなんですよ」という声が耳を素通りする。


 ピンクの宝石なんて今までたくさん見てきた。だがこれはどの宝石とも違った。


「それが気になりましたか?」


 隣からアーデルヘルムが私の手元を覗き込んでくる。その瞳を見て、なんでこの宝石にこんなにも惹かれたのかようやく分かった。

 好きな人の瞳と同じ色だからだ。


「……あなたはこれどう思う?」

「え? そうですね……ヴェロニカ様にとてもお似合いだと思います」


 やはりその通りだった。だが、社交辞令だと分かっていても、好きな瞳の色が似合うと言われるのはすごく嬉しい。


「そう……」


 笑みが自然と溢れてしまい、変に思われていないだろうか。チラッと横目で見ると何故かアーデルヘルムは目を丸くして固まっていた。どうしたのかと聞きたくもなったが、私の変な笑みのせいで驚いたと言われたら耐えれそうにない。


「それじゃあこれをいただくわ。それとここにはドレスもあったわよね。これに似合ったものを」

「ヴェロニカ様」


 言葉を遮られ、驚いてアーデルヘルムを見ると何故か真剣な顔をしていた。いつもとは違うその表情にドキッとする。


「もしよろしければ、私がヴェロニカ様のドレスを贈らせてはいただけませんか」

「……えっ」


 まさかそんなことを言われるとは思っておらず、反応に遅れてしまった。店主は「まぁ!」と歓喜の声をあげる。


「それは素敵ですわ。ねぇ姫様」

「え? え、えぇ、そうね」


 頭が全く追いついていないのに同意を求められて反射的に頷いてしまった。これでは断ることはできないだろう。


「……それじゃあ、お願いしようかしら」


 身長差から必然的に上目遣いでお願いしてみると、アーデルヘルムは「ありがとうございます」と嬉しそうに頬を緩ませた。なんだかその笑みが今までのとは違うような気もしたけど、すぐにその顔は店主に向けられて見れなくなってしまった。


「では後日またこちらに寄らせていただきます」

「ありがとうございます。お待ちしておりますわ」


 当人よりも嬉しそうにする店主にお礼をして店を出る。馬車に乗り込む時にまたエスコートされ、向かいに座るも、行きとは違う雰囲気からお互い無言で城についてしまった。


「では、舞踏会の日お迎えに参ります」

「ええ……楽しみにしてるわ」

「私もです」


 アーデルヘルムはそう言って馬車に乗りこみ走っていった。それを見送り自室に入り、着替えもせずにベッドに倒れ込む。

 コンコンと優しいノックが聞こえ、紅茶の良い匂いとともにソフィーが入ってきた。


「姫様、デートはいかがでしたか……って。またはしたないですよ」

「ソフィー!」

「は、はい!?」


 ガバッと上半身を勢いよく起こして名を呼ぶと、ソフィーへ驚いて思わずカップを落としそうになる。それでも落とさないのはさすが王女専属の侍女だ。驚かせたのは私なのだけれど。


「ありがとう!」

「ど、どういたしまして……?」


 今回のデートはソフィーのおかげで、アーデルヘルムにドレスを選んでもらえることになったのもソフィーのおかげと言える。

 力強くお礼を言うと、ソフィーは困惑した顔でそう言う。


 突然のお礼に戸惑うソフィーをそっちのけに、ヴェロニカは嬉しそうにはしゃいでいた




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