第5話
「ヴェロニカがレオに怒ったらしいな」
次の日、騎士団の書類のことで宰相の執務室に行くと宰相はおらず、王太子のエミリオ殿下がいた。王太子として王を支えるために宰相補佐として働いているのだ。代わりに書類の確認をしてもらっていると、殿下は唐突にそう言った。
「ご存じでしたか」
「昨日の食事の場でヴェロニカがレオと口を聞かなかったのでな。気になってユージオに聞いたんだ」
ポン、と書類に印を押した殿下は楽しそうに書類を返してきた。その光景がすぐに目に浮かぶのはその分だけ喧嘩している二人を見てきたからだろう。
「あのレオが終始オロオロした表情でヴェロニカの様子を窺っているのは面白かったな」
「そんなことを言って……レオドール殿下にバレたら怒られますよ」
「あいつが怒ったところで何とも思わん。昔からあいつは私には勝てんからな」
くく、と喉の奥で意地悪く笑う長兄に、俺は深々とため息を吐いた。もしバレたらその仕打ちはこちらに来るだろう。部下ではあるが王族だから中々に扱いが難しいのだ。
書類も片付いたし出て行こうとしたら「しかし」と殿下は言葉を続けた。
「ヴェロニカは本当にお前のことが好きなのだな」
「は?」
唐突にそんなことを言われて思わず素っ頓狂な声が出る。
今、殿下はなんと仰った?
「なんだ、知らなかったのか? あいつの初恋はお前だぞ」
「……は?」
また素っ頓狂な声が出るも殿下は気にすることもなく話を続ける。もう少しこちらのことも気にして欲しい。
「あいつは昔からよく稽古場に来ていただろう」
「あれは殿下たちを見にきていたのでは……」
「違うな。お前が居ない日に3人で稽古をしていた時は姿を見せなかった。それにあいつはずっとお前の背中を目で追っていたぞ」
ふっ、と何でもお見通しといった目で笑うエミリオにどう反応したらいいのか困る。昔のこととはいえ、本人の知らぬ場所で初恋を暴露されたと知ればきっと彼女は暴れ狂うだろう。そんなこと殿下も分かりきっているだろうに。
「ヴェロニカは甘やかされたせいでよく怒るが、口を聞かないというのは初めてだ。それほどお前が馬鹿にされたことが許せなかったのだろうよ」
そう言って殿下は立ち上がり、俺の肩を叩く。昔は頭ひとつ分は小さかったのに、いつの間にか肩を並べるぐらいに大きくなられた。昔のことに思いを馳せていたのだが。
「あれは俺達にとって何よりも大事な妹だ。泣かせたりしたら許さないからな」
ポンと今度は力強く肩を叩き、殿下は部屋を出ていった。顔は笑っていたが目は全く笑っておらず頬が引き攣る。
「本当に、怖いお方だ」
結婚するには兄馬鹿三兄弟に立ち向かわねばならぬことに頭が痛くなった。
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