第36話 荷運びという仕事・前編
○ 撫子視点
「そりゃあ憎いよ。アイツのことなんか、大っ嫌いさ! でもね、アイツにひとつだけ感謝してることがある。それは、お前たち。歌恋と撫子が生まれてきたことさ」
あたしのお父さんのことを聞くと、そう言ってお母さんはあたしたちを抱きしめてくれた。
あたしは撫子。8歳の女の子。
貧しくて苦しい生活。
着る服も食べる物も我慢しなくてはならない生活。
当然、大好きな憧れであるブランドもののスニーカーなんか買ってもらえるわけがない。生きるってことは我慢の連続。どれだけ他の子供たちがうらやましいか。
常にお腹が空いてて、夏は暑さに苦しみ冬は寒さに震えるってこと。それが貧しい……貧乏っていう言葉の意味。
「どうしてうちは貧乏なの?」
「アイツが、ヤり逃げしやがったからさ」
お父さんが、お母さんの妊娠を認知せずに、「本当に俺の子供か? お前は、結婚していない男に体を許す女だから、俺以外にも体を許した男がいるんじゃないの?」と言って養育の責任を放棄したんだって。つまり、父親になることから逃げた。お母さんは若くて綺麗なのに再婚も出来なかった。お父さんが悪い噂を広めたからだ。お母さんは不貞を働く女だって。でも、どうも、よくよく話を聞くと、お父さんが嫌がるお母さんに無理やりえっちなことしたみたいなんだけど。レイプじゃない? って、感じちゃうの。
○
あたしの体がちっちゃいから、歳の離れた姉妹に見えるだろうけど、あたしとお姉ちゃんは双子だ。二卵性双生児なんだって。あたしとお姉ちゃんは、双子なのに、全然、似てない。
男親の助けもなく、2人の子供を育てるのは大変なこと。
おじいちゃんやおばあちゃん、ご近所さんやお母さんのお友達が助けてくれるけど、それでも、普通の生活は送れない。
苦労してるお母さんを少しでも助けたくて、ダンジョンで荷物運びのお手伝いをすることになったのは当然だと思うの。
……。
本音を言うね。
お腹が空いた。ゴハンが食べたい。
道端の草は、できれば食べたくない。
あれ、すごく不味いの。食べた後に、1時間も2時間も、口の中に強い苦味が残るんだよ? 水でゆすいでも取れないくらいなの。苦痛以外のなにものでもないけど、飢え死にしたくないから、食べてるの。食べるって、苦行だよね。生きるって、とても辛いことなんだね。
○
ダンジョンの荷物運びという仕事────通称『荷運び』は、重たい荷物を背負って、モンスターが居る危険なダンジョンを歩いたり走ったりする仕事。
こちらから攻撃をしなければ、基本的にモンスターはあたしたちに襲いかかってこないの。
でも、例外はある。
例えば、戦闘中に後ろから奇襲をかけられた時なんかだ。
〇
「うひっ! カバースイッチ」
大きな盾を持ったサカイお兄ちゃんが、必死であたしを庇ってくれたけど、攻撃を防いだ横を通り抜けて、もう1匹のスライムがあたしに迫った。
「撫子!」
とっさにお姉ちゃんがあたしを突き飛ばしてくれて、あたしは直撃を避けることができた。
でも、左腕にスライムの攻撃が、わずかに
腕が千切れたと思った。
それくらいの激痛が走ったの。
あたしは泣き叫んで地面を、のたうち回った。
スライムをやっつけたカサイお兄ちゃんが、ポーションを使ってくれなかったら、あたしは痛みで苦しみ死んでたかもしれない。あたしの腕は、スライムの攻撃がかすっただけで、変な方向に曲がっていた。
その金額を知ってるあたしは真っ青になった。
なのに、サカイお兄ちゃんとカサイお兄ちゃんは、「「怖い思いをさせてしまってすまない。痛い思いをさせてしまってすまない。生きててくれて、ありがとう」」と、逆に必死で謝ってくれた。
サカイお兄ちゃんがあたしを守ったことで、カサイお兄ちゃんが怪我したのに、貴重なポーションをあたしに使ってくれた。
「あ、あの……、薬の代金は……?」
お姉ちゃんが恐る恐る聞くと、カサイお兄ちゃんとサカイお兄ちゃんは、「い、いいのいいの、だって、撫子はポーションなんかよりずっと価値があるから」「うひひ、そうそう。探索の必要経費である。えっ? 必要経費ってなんだって? うひひ、タダで使い放題っていう意味である。だから、なんの問題もないのである」
んなわけないじゃん!
って、叫びそうになった。
○
探索者の中には、悪い人も居る。
でも、悪い人ばかりじゃない。
あたしは幸運だと思う。
いい人ばかりが、寄ってくるの。
たまに悪い人に当たることもあるけど、ノーカウント。だって、二度とその人の荷運びの仕事を引き受けなければいいのだもの。荷運び同士の情報網を侮ってもらっちゃあ困る。
荷運びたちの結束は固い。
あたしたち子供の荷運びは、なんちゃって荷運びだけど、それでも荷運びを軽視する探索者には、なんちゃってじゃない荷運びからも、仕事を断られてしまう。
結果、荷運びを連れていけなくなり、手に入れた
結果、悪い人はいなくなるってわけ。
で、その結果、いい人ばかりが、寄ってくるの。
蛇足かもしれないけど、初めて見る探索者さん専門の荷運びさんも居たりするの。
あるいは、初めて見る探索者さんには、カサイお兄ちゃんとサカイお兄ちゃんなど、古参の探索者さんたちが着いて行くのが普通。初めて見る探索者さんを見極めてくれるの。
探索は3K職場だからか実入りはいいから、余裕のある探索者さんが多い。特に古参は。
新人さんほど余裕がなくて、ガツガツしている人が多いの。
○
あたしたち子供の荷運びは、学校の放課後の2~3時間、それと学校がお休みの土日に荷運びのお手伝いをする。
あたしたちには、カサイお兄ちゃんやサカイお兄ちゃんなどの常連さんたちがついているから、職にあぶれることはないの。
1日最低でも300円稼げる。今まで稼いだ最高金額は1日2000円! めったにないことだけどね。1日平均金額は、だいたい600円くらい。あたしたちは子供の荷運びの中でも、特に恵まれている方なの。誉くんなんか、稼ぎは、ほぼゼロだもの。あ、もちろん、あたしたちも稼ぎがゼロの日があるよ? 非常に不安定なんだ~。
儲けがある日は、帰り道でおにぎりとお菓子を買って帰るの。お母さんの分も買って帰るんだよ。だって、お母さんが喜んでくれるもん。正直に言って全然足りないけど、荷運びをする前の、1日に食べるのが学校の給食と道に生えている雑草だけっていう生活より断然マシ。
荷運びのお手伝いは辛いこともあるけれど、いい人たちに恵まれて、なんとか続けている。
でも、時々、ふと思うんだ。
あたしたちに、未来はあるのかなって。
荷運びと探索者の現実を知れば知るほど、不安が心に広がった。
その日暮らし。
あたしたちには、今を生きるだけで精一杯。
せめて14歳で上級クラスに就ければいいのだけれど、荷運びは荷運びのクラスを授かることが多い。そして荷運びには、一攫千金、一発逆転の夢がない。一生、下働き。こういうことがあって、子供の荷運びは最底辺の仕事と言われているの。今生きるために、未来を捨てている。
伝説の探索者『アドン・ゲノス』みたいに、せめて石投げが出来るなら未来は明るいのだけど、石投げは命懸けの上、探索者さんたちにすごく嫌われちゃう。
どうしようもない現実に、あたしたちはうつむいた。
前を向いて生きていくことさえできずに、うつむいたの。未来に夢が持てないから、前を向けないの。
転機が訪れたのは、ヒロおじさんに出会ったときだ。
──────────
【あとがき】
読んで頂けて嬉しいです。感謝しています。
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