第54話 大冥獣の聖遺物

 ドコニとそれに対峙したと思われる二人の人間がこの部屋の中央にいた。 私たち三人はすぐにドコニとそこで倒れている女性の前に向かった。


「よぉ、お前ら生きとったんかワレ。」



 ドコニは私たちが近づくと立ち上がり、笑顔で勝利のピースサインを取る。 とても嬉しそうな彼女の顔が見れてホッとした安心感を得られる。


「ドコニさん。 そこに倒れているもう一人の方はもしかして組織のボスですか?」


 ドコニはオランチアの会話を聞いて頷く。


 これが組織のボス……マリエス……。

 思っていたイメージと違って何というかそんなに怖そうな感じの人って雰囲気がないなぁ。 まあ、気絶してるし顔の見た目だけじゃ何とも言えないか。


「とりあえず、いつ目を覚ますか分からないから、私が押さえて見張っておく。」


 キリカは気絶しているマリエスを見張るように近づく。 彼女なら、しっかり者だしちゃんと見張ってくれるだろう。


「こいつがマリエスッ!! 絶対に連行して悪事を法で裁いてやるからなッ!!」


 キリカはバックから魔力の込められた特殊な力を持つロープを取り出す。 マリエスをそのローブで縛ろうとしたその時……。

 


 彼女は目を開き、煙幕を巻くような攻撃を仕掛けてきた!!


「なっ!!」


 全身から放たれる煙幕が私達の周囲を覆い尽くす。 キリカはすぐに攻撃を仕掛けようとするがマリエスの素早い攻撃を喰らい、そのまま近くに吹き飛ばされる。

 ドコニもすぐにその状況に気づいたので攻撃を入れようとするが、彼女に攻撃は当たらない。 マリエスもドコニがどの様に攻撃を仕掛けてくるのかおおよそ検討が付いていたこと、そしてドコニも魔力を消費し過ぎて、まともに相手に狙いを定めて攻撃をすることができないくらいに弱っていたことが彼女を逃がしてしまう要因になってしまった。


「ちょっ……周りが何も見えない!!」


「あいつ消えやがったのかッ!!」


 煙幕を四人は風魔法を使い、振り払った。 マリエスは既に部屋から脱出したらしく、すぐに捕まえられる状況ではなくなった。



◇ ◇ ◇



 マリエスはそのまま狭い組織の一部の人間にしか分からない隠し通路に入り、そのままドコニたちを巻こうとする。


「はぁ、はぁ……。 良かった……。 まだ予備の回復薬が少しだけ残ってて……。」


 マリエスはまだ残っていた回復薬を周りに気づかれずにこっそり飲んでいた。 ドコニに右手を攻撃された時に失った薬以外にもまだ隠し持っていたのである。 

 もう今の状況では勝てないということを悟ったのかそのまま別の部屋に厳重に保管されているボタンを取り出して、それを躊躇なく押した。


「こうなったら、かつて世界を滅ぼしかけた冥獣の力を取り込むしかないッ! 本当はこんな奴らを殺すために使いたくなかったが、ここを切り抜ける手段はこれしかないわっ!!」


 彼女が非常用出口のある部屋になんとか上手に逃げ込み、その部屋に隠されたボタンを押す。 ボタンを押すと人が一人しゃがめば入れるような通路が現れ、そのまま彼女はその通路をネズミのように忍び込んでいった。


「さあ、この研究所ともおさらばだ。 そして偉大なるディズベストよ! 我が肉体の中で蘇るのだッ!」


 非常口を抜けるとその先には何人か怯えて慌てる組織の構成員がいた。 構成員は逃げ惑うように非常口にやってきたマリエスに対して質問をする。


「もうこの施設は完全に敵に制圧されます……! 私たちも逃げた方がいいでしょうか……。」


 端的にハッキリと答えるが、体が少し震えていることに気づくマリエス。


「逃げんなッ!! 冥獣ディズベストの聖遺物は例の施設にしっかりと保管できてるんだろうなぁッ!!」


 マリエスはそのまま残りの構成員と共に本部の非常口をそのまま出て行く。 非常口の先には戦車の様な厚いアーマーに覆われた大きな自動車があり、彼女とその構成員はそこに乗って施設から脱出した。


「マ……マリエス様……。 まさか、本当に聖遺物を自身の肉体に憑依させるのですか……?」


「あぁ……。 そうさ! 私の大事な娘を葬り、そして、この組織すらも破壊しなくてはいけない状況にされたのだから、やり返すしかないだろッ!!」


「ひぃっ!? 再び世界を危機に陥らせるものを使うなんて……。 いくら何でもやめた方がいいのでは……。」


 マリエスはその言葉にブチぎれてそのまま発言した部下を殴って車から吹っ飛ばした。 周りの構成員もビクっと震えてマリエスに口答えをしなくなった。



◇ ◇ ◇



 大冥獣ディズベストはかつてこの世界を滅ぼしかけたディストリア戦争の引き金である。 この冥獣ディズベストがメルタ王国を中枢に活動を続けて、世界は破滅を迎えかけたが、五人の戦士によって倒された。 最後に残ったエーゼル・クリステルがトドメを刺したと世間で報道されている。


 グランドストリートは五十年前に大冥獣ディズベストと手を組んだ人類の裏切り者とも言える人物が創設した組織であり、魔獣者とはこの世界において高度な知能持った人類以外の生物、すなわち魔獣の上位種である冥獣から力を貰った存在のことを指すのである。


 現在はこの組織の創設者が死んだために全く別の人物が組織の運営を任される形になり、いつしかマリエスが組織の事実上の支配者と言う立場になった。


「あっちの方角だッ!! あの硬く閉ざされた巨大な建造物の中にディズベストのご遺物、すなわち聖遺物があるのよッ!! 速く速度を上げないと奴らに追いつかれるぅ!!」


 マリエスは特級とは言え、魔法少女一人に敗北した悔しさと組織の敗北で自分が完全に追われる側になった恐怖の感情から冷静さを失いかけている。 一緒に載っている構成員もマリエスが冷静さを失っていることに気づいており、このまま彼女に従い続けたら自分たちも死に向かうと考えていた。 組織のボスに従っていたら破滅の道を歩むと思い、車でディズベストの聖遺物がある場所にマリエスを置いたらそのまま逃げようと企んでいる者もいる。


「さあ、着いたわよ。 私の部下であるあなた達も手伝いなさいッ!!」


「っ……。」


 マリエスが車から降りて部下にそう告げると、周りの部下は黙り込み、そしてその次の瞬間――


「喰らえマリエスッ!!」


 部下の何人かが一度にマリエスに向かって魔動技で攻撃を加えてこようとしてきた。 他の部下はそのまま逃げだしていった。 まだ他にも組織の拠点があるとは言え、組織の半壊と必死に逃げようとするマリエスの姿に愛想を尽かせた構成員が反旗をこの場で翻してきた。


「薄情者がァ!!」


 マリエスは残っている魔動技を使い、水瓶座の時代の水鉄砲でそのまま構成員を皆殺しにする。 最早、本部の他の部下も死に絶え、リベアナとビアンコを失った自分には貧民層から今、この地位に辿り着き、そして偉大な研究者になれたというプライドしか残っていなかった。


「あはは! もう私の目標は滅びたディズベストの残骸をエネルギーにして取り込み、更なる高みを目指すだけだぁぁぁぁああああああああああ!!」


 マリエスは構成員を抹殺するとそのまま本部から数キロ近く離れた場所にあるディズベストの聖遺物のある研究施設の中に入る。


「おいッ!! ここにも私の部下はいるかッ!?」


 マリエスが自身の部下が研究施設にいることを知ると、検査室から魔力を出している人の気配を感じた。 すぐにその場に行くと、白衣と地味なズボンの眼鏡をかけた黄緑色のおさげ髪、身長160cmくらいの若い女性が隠れていた。 マリエスは彼女に聖遺物を自分の中に入れることを決断したことを伝える。


「大冥獣の聖遺物をエネルギーにして人間の肉体の中に注入することができるようにするのだ!!」


「は……。 マ……マリエス様……!! 本気ですか!? ディズベストを体内に注入した場合、我々の研究による推測から、死ぬか生きていてもその膨大な力によって自我を失い、完全な醜い怪物になります!! このまま研究を続けてこの聖遺物を人間が取り入れても大丈夫な性質に完全に変換できる技術が確立されるまでは温存しといた方が――」


「うるさいッ!! 黙りなさいッ!!」


 私には時間がない。 もうこの研究施設も終わりだ。 もし、ここでこの研究をしていることが世にバレれば更に私の身は危うくなる。 このまま、終わる訳にはいかない。 崇高な新しい人類が誕生する瞬間を永遠に拝むことができなくなる。 魔獣者がこの世界でのさばってる魔法少女や騎士よりも優れていることが証明できなくなる。 私について来る仲間が本当にいなくなる。 せっかく十年近くかけて存在しないと思われたこの冥獣の聖遺物を手に入れて組織に持ち帰ったのが全て水の泡になる。 私は貧民街出身だが、最終的に大金持ちをも超える存在になれたという成功体験も水の泡になる。 私の研究が永遠に誰にも語り継がれずに終わる。 この世界から認められることが無くなる。 私が産んだ娘二人の想いを完全に台無しにする。 この世に産まれてからずっと築き上げてきた修行によって開花した魔動技や戦闘スタイルを二度と使えなくなる。 幸せと夢をせっかく掴めた人生が振り出しの最底辺に戻る。 嫌だ、終わりたくない。 まだだ……。 私はあんな奴らに負けてはいけない……。 そう、こんなところで終わりで負けなんてあり得るはずがない……。 負けるはずがない、負けるはずがない。 はずがないッ……!!


 マリエスは頭の中に自分が勝たなくてはならない、そして今すぐ死を覚悟してでも冥獣を取り込まなくてはならないという自己弁護と過去の功績を頭の中で思考する。


 マリエスは自分が正真正銘の世界を裏から操ることができる組織の長であるという自覚に身を寄せながら、冥獣の力を取り込むことを決意した。


「さあ、早くあの中央にあるディズベストの聖遺物を膨大なエネルギーに変換させて、私に注ぎ込むのですッ!!」


 マリエスは研究者に対してはっきりとそう伝え、自身の肉体にディズベストの聖遺物をエネルギーに変換してもらい、注入する準備を始める。


 ディズベストの聖遺物を入れるための準備に取り掛かり始めると、この建造物の奥の部屋へと続く厳重なゲートが少しずつ機械音を鳴らしながら開いていく。


「ヴィンティーナ。 私は組織のボスとして相応しい人物でしたか?」


「はい……。 例えマリエス様が敗北して死してもこの想いは決して違う形で人々に受け継がれるでしょう……。」


「ヴィンティーナよ。 この組織が消滅してもお前は夢を持って頑張って生き延びて。」


 マリエスは他の部下とは違う対応をしてヴィンティーナのことを褒めてから、エネルギーを自身に注ぎこむ人体実験を始めるように合図した。 そして、彼女に研究者が別の部屋から操作や制御をしなくても実験を自動で進められる状態に入る、又は実験中に敵がここに侵入したらすぐにこの建造物の裏口にある車に乗って逃げろと伝えた。


「さあ、久しぶりにディズベストを拝むことになるのか……。」


 ギギギィッとシャッターが開く音と共に聖遺物がある部屋への道が開かれる。 マリエスはシャッターの先に入って人の腕と手を模した機械が付けられた手術ベッドの上に仰向けになって倒れる。 


「ディズベスト……。 いつ見ても気味の悪い造形……。」


 手術ベッドの後ろに透明の巨大ガラスの先に体長約100m近くある巨大な全身を持つ怪物の死骸が収められている その顔は人間の皮膚の皮が剥げたゾンビのようである。 手や足、胴体も人間に近い見た目であり、その姿は巨人を連想させるものがある。


 若干、マリエスもこの恐ろしい世界を滅ぼしかけた怪物の死骸を分解したものを肉体に注ぎ込むことに躊躇してしまったが、このままでは自分の全てを失うという絶望感よりもマシだと考えてそのまま、ヴィンティーナに人体実験のGOサインを送った。


『はいッ!! ディズベスト分解準備開始ッ!!』


 ヴィンティーナのアナウンスが実験室全体に響き渡る。 そして二分程度経った後、巨大ガラスの先にあるディズベストの死骸が人工的な魔力の圧力でボロボロと崩れ落ちていき、灰のようにチリチリと巨大ガラスの先の部屋で分解されていった。

 灰は不気味な赤黒い空気を醸し出し続けていき、ガラスの先の密室は完全に灰の色に染まりきっていた。


「遂に始まるのですか……。」


 マリエスは怖さと好奇心の中で心情が高まる。

 手術用のベッドが動き出し、パイプに繋がられたマスクがマリエスの前に現れる。 マリエスはそのマスクを鼻と口に当てる。 


「あっ、あっ、あっ……。」


 マリエスは朦朧とした顔になり、そのまま意識を失った。 そして手術用のベッドに付けられた手がマリエスの胸を裂いていく。


『マリエス様……。 注入です……。』


 マリエスが意識を失い、胸を裂かれた後、ガラスの向こうにある赤黒い空気が徐々に一つの丸い球の物体へと姿を変えていき、その物体を精密機械がそのままガラスの向こうの部屋から取り出しにいった。


『マリエス様、どうかご武運を……。』


 ヴィンティーナは最後にマリエスに感謝を告げると重要書類だけかき集めてその場を去った。

 そして、精密機械が持ってきた赤ド黒い丸い球を手術用ベッドがマリエスの胸の中の骨へとしっかりと入れ込んだことで手術のおおよそが完了する。


 そして手術が完了すると、そのままベッドは手をしまって動かなくなり、周りの電気が消えていく。 この建造物の機会のシステムのほとんどは起動を停止させた。


「……。」


「…………。」


「………………。」


「「……………………。」
















 

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