第181話 躊躇わない名乗り

 首尾良く元傭兵団長のお宅に入り込んだ僕とカイゼル君。しかし、先方には未だ警戒心が渦巻いている様相だ。


 ここは気難しい人物でもニッコニコ間違いなしの秘密兵器を投入するとしよう。


「ふっふっふっ、バイロンさんは獅子の獣人と聞いてましたからね。ほら、猫繋がりで『ニャンコ饅頭』を買ってきたんです。猫の肉球のようなプニプニした質感は三人に一人が喉に詰まらせると評判らしいんですよ」

「わざわざ喧嘩売りに来たのかテメェ?」


 おや、おかしいな? 

 ライルダムの名菓を持参したのに反応が芳しくない。この秘密兵器なら『にゃんとぉッ!』と喜んでくれると思っていたのに……。


 いや、自慢げに披露したのが失敗だったのかも知れない。この国の名菓なのに自分の手柄のようにドヤァしたのがいけなかったのだ。


「これは失礼。まぁともかく、ニャンコ饅頭を食べましょう。蒸し立てホヤホヤの内に食べないと作り手に申し訳ないですからね」

「……チッ。ゼルの野郎、妙なガキを寄越しやがって」


 悪態を吐きながらも正面にどすっと座り込むバイロンさん。そして荒々しい態度とは不釣り合いに、何かを言いたそうにしながら言い淀んでいる様子が見て取れた。僕はそれを鋭敏に察してストレートに伝える。


。ゼルムードさんがパラドールに送り届けてくれましたからね。今は蟻族の一家に引き取られて仲良く暮らしています」

「…………そうか」


 僕がアンちゃんの無事を伝えると、バイロンさんは一瞬だけ瞳に優しい色を浮かべた。やはりゼルムードさんの友人だけあって性根は優しい人のようだ。


 そしてそう、彼はアンちゃんの事を知っている。バイロンさんが団長を務めていた傭兵団が【ビースタリー】。そこにアンちゃんの両親が所属していたので、バイロンさんにとっては部下の娘という事になる。


 しかし、ビースタリーは壊滅的被害を受けて解散した。アンちゃんの両親は共に亡くなり、バイロンさんは重傷を負って動けなくなった。


 そんな時に傭兵仲間のゼルムードさんが『オレに任しときな!』と、アンちゃんを連れて安息の地に旅立ったという訳だ。


 バイロンさんからすると、僕がどれだけ事情に通じているのか分からなかった。アンちゃんの安否について言い出せなかったのも無理からぬ事だろう。


「パラドールか……噂には聞いてたが、本当にあったんだな。それで、テメェはパラドールの人間って訳か?」


 おっと、これはいけない。

 何よりも先にアンちゃんの無事を伝えたのは良かったが、こちらの自己紹介がまだだった。僕はニャンコ饅頭を呑み下してから口を開く。


「んぐっ、名乗りが遅れましたね。僕はコール=ヤヴォールト。こう見えて魔人族――――そして、今代の魔王です」


 思えば『魔王』を名乗るのはこれが初めてだ。全く抵抗が無いと言えば嘘になるが、それでも僕に躊躇ためらいはない。消極的な姿勢で世界を変えられるはずがない。これからは堂々と魔王を名乗って地盤を固めていかねばならないのだ。


「……おいクソガキ。それは冗談で口にしていい事じゃねぇぞ」


 もちろんバイロンさんは全く信じなかった。魔族が知人に居ることで『魔王』に特別な感情を抱いているのか、気の弱い人間なら失神してしまいそうなほどの剣呑な様相だった。そこで声を上げたのはカイゼル君だ。


「ふん、コールは虚言を弄してはおらぬ。魔族から認められ、自覚と責任を抱いた正真正銘の魔王である。少なくとも、昼間から酒に逃げている者がケチを付けられるものではない」


 鎌首をもたげて手厳しく反論する王子君。

 テーブルには飲みかけの酒、という事で居留守未遂だったのは分かっていた。それに加えて僕がホラ吹き扱いされているのでご立腹なのだろうが……しかし、まだ王子君の紹介前だったのでバイロンさんは明らかに混乱していた。


「ありがとうカイゼル君。でもまぁ、とりあえずはニャンコ饅頭でも食べててね。――バイロンさん、この子はカイゼル君です。見ての通り、会話から変形までこなす異色のワーム君なんですよ」


 土地の名物に目がない王子君に饅頭を差し出しつつ、バイロンさんに謎生命体な王子君をさらりと紹介する。


 しかしこれで終わりではない。王子君に関してはカイゼルハンドが目の前に存在するので、バイロンさんは眉根を寄せて現状を呑み込もうとしている。


 だが、魔王に関しては確たる証拠を見せていない。それについても納得出来るだけの材料を提示すべきだろう。


「ッ、おい、なにして……!?」


 手っ取り早い証明はこれしかないという事で、ナイフを取り出してスパッと手の甲を切る。そして驚きの声を聞き流して治癒魔術を使うと、バイロンさんは塞がっていく切創に息を呑んだ。


「これが僕の、魔王の治癒魔術です。四大属性の魔術も強力なんですが……流石にここで使うわけにはいきませんからね。それは機会があればという事で」


 切創の消えた手を取り憑かれたように凝視するバイロンさん。自分の目を疑っているかのような様相だが、僕はそれに構うことなくニコニコと先を続ける。


「ちなみに治癒魔術は欠損した部位も治せます。――ええ、もちろんバイロンさんの『腕』も治せますよ」

「っ、テメェ……」


 ゆらり、とゆらめく片袖。

 この腕は、傭兵団が壊滅した戦いで失ったと聞いている。片腕を失った上に仲間まで亡くなったとなれば、彼が酒に逃げてしまうのも分からなくはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る