第159話 上昇するシンクロ率

「……ふむぅ、魔封の腕輪か。しかしここでコールの魔術は危ういのではないか?」

「ふふ、大丈夫だよカイゼル君。いくらなんでも火魔術や風魔術は使わないさ。万が一に備えて安心安全な治癒魔術を試すつもりだよ」


 流石に皆の前でバーニングするような非常識行為をするはずがない。ザクッと自傷して自分で治すという常識的行為に留めるつもりだった。


 そして同席しているフィース君やエディナさんがしげしげと見守る中、僕は期待を抑えながら魔術制御の検証を始めた。


「…………う~ん、やっぱり魔封の腕輪を着けても変わらないみたいだね」


 なんとなく分かってはいた。魔封の腕輪を着けると体力も減衰すると言われていたのに、かつて檻の中に囚われていた時分にはまるで実感が無かった。


 その事から『僕には魔封の腕輪が効かないのでは?』と思ってはいたが、事前の予想通りでも出力全開な魔力ビームには苦笑いを禁じ得なかった。自傷箇所も僅かな痛みで元通りである。


「コール君には魔素の通りが悪い。この世界の言い方を借りれば、魔力抵抗が高い。おそらく魔力抵抗の高い人間には無為な魔導具なんだろうね」


 ぼくにも魔封の腕輪は効かなかったからね、とにっこりするフィース君。どうやら既に魔封の腕輪を検証していたようだ。


「余にも魔封じは通じぬようであるな」


 僕とフィース君に対抗心を刺激されたのか、カイゼル君も腕輪に身体を通して水魔術を披露していた。


 相変わらず小水的なビジュアルである事はさておき、確かに王子君にも魔封の腕輪は効いていないようだ。やはり魔力抵抗が関係している線が濃厚だろう。


「――――どうですか、エディナさんも試してみますか?」


 なんとなく興味深そうに見えたのでエディナさんにも促してみた。基本的に自己主張の弱いお嬢様なので僕が気を効かせなくてはならないのだ。


 果たして、エディナさんは無言のまま予備の腕輪を受け取った。そして一応は拘束具であるにも関わらず、微塵も躊躇いを見せずに淡々と腕輪を嵌めた。


 例によって思考が全く読めないエディナさんだが……しかし、一緒に旅を続けてきた中で反応を引き出す術は心得ている。ここは僕の腕の見せ所だ。


「ふふっ、同じ腕輪でお揃いですね」


 そう言って腕輪をカチンと軽くぶつけると、エディナさんは「っ」と僅かに目を見開いた。その期待通りの反応に、思わず僕の頬は綻んだ。


 そしてそう、これこそが旅路を共にする事で発見したテクニックだ。基本的に無言無表情なお嬢様だが、それでも決して無感情な人ではない。ただ内にある感情が表に出にくいだけの女性なのだ。


 ここで重要なのは同期性。いついかなる時も動じないエディナさんであっても、シンクロ率が上昇した時には反応を見せる事が多かった。


 お嬢様の功績を褒めながら僕ががっしりと手を握った時、飲食店で気を利かせて僕と同じデススパイダーの丸焼きを頼んだ時、何らかのシンクロが発生した時だけは微細な反応を示していた。


 だからこそ腕輪のお揃いをアピールしてみたが、まさに目論見通りの反応を得られてしまった。気を良くしてカチンカチンと衝突を繰り返してしまうのも仕方ない。


「――――コール君、きみに自由を縛る枷は似合わないよ」


 そう言いながら、僕の腕輪に軽く触れて粉々にしてしまうフィース君。どうやら拘束魔導具を着けた友人を見兼ねてしまったようだ。


 それなりに貴重な魔導具なので勿体無くはあるが、優しい気持ちが溢れ出てしまった結果だと思えば文句など言えない。


「――――」


 おっと、これはいけない。

 結果として唐突にシンクロが解除されたからだろう、お嬢様がちょっぴりムッとしているような気配だ。ただ、もちろん本気で怒っている訳ではない。


 魔術の検証に一喜一憂していた子供たちは「わわぁーっ」と蜘蛛の子を散らすように逃げてしまったが、これは友人同士のじゃれ合いのようなものだ。


 だから凄惨な殺し合いが始まるかのように警戒する必要はない。物理的に空気がピリピリしていても低周波マッサージだと思えば心地良さすら感じる。


「……うぅむ、コールは日に日に図太くなっておるな」

「ありがとうカイゼル君。――さて、それではそろそろ出発しましょう」


 期せずして子供たちが休憩モードを抜けたという事で、この緊張感を保ったまま大森林に突入だ。


 いや、もしかすると……フィース君たちは全体の気を引き締めるべく、敢えてピリついた空気を演出したのかも知れない。


 これから向かう帰らずの大森林は、人族が近付かない危険な森だと聞いている。彼女たちが身を切って警戒を促してくれた可能性は充分にあるだろう。


 嫌われ役になる事を厭わない気高い精神には、ただただ尊敬と感謝を捧げるばかりであった。

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