第140話 現れたファッションリーダー
「どうもお疲れ様ですエディナさん。ただ、ちょっとアレなので治療を施しますね」
「…………」
もちろん、領主の手足をもいでしまったエディナさんを責めたりはしない。僕の情報伝達不足に問題があったのだから当然だ。あくまでも純粋に仕事を労いつつ、さりげなく領主の処遇を任せてもらう。
「っ、ぅぐ、ぁぁ……」
四肢をもがれて血溜まりで呻いている領主。どこからどう見ても手遅れ感に溢れているが、僕の治癒魔術なら生きている限りは治せるはずだ。
領主に法の裁きを受けさせる為には死なせられない。それに正直に言えば、前々から治癒魔術を他人に試してみたかった。
期せずして訪れた絶好の機会なので、気兼ねなく治癒魔術の検証をさせてもらうとしよう。僕は真っ直ぐ領主を見据えて告げる――――治せ、と。
「ンーッッ!!?」
治癒魔術で欠損部位の再生が可能な事は知っていた。火魔術で焼けた箇所が再生していく事を己の身体で体感したのだ。
しかしそれでも、失った手足が再生していく光景は尋常なものではなかった。
パージした手足を近くに置いておけばくっつくのかな? とも思ったので傍らにスタンバイしておいたが、それは要らぬ配慮だとばかりに新しい手足がパージ品を押し出している。やはり単なる補修ではなく完全再生という訳だ。
もちろん完全再生の代償は小さくない。再生の苦痛に堪え切れないのか領主は気が狂ったようにのたうち回っている。
あまりにも苦しそうなので敵ながら良心が咎めてしまうが、事ここに至っては僕に出来るのは応援する事だけだった。がんばれがんばれ!
そして、治療の時間は終わった。
激しくのたうち回っていた領主が動かなくなったので絶命を疑ったが、よくよく見ると領主の胸は微かに動いていた。
しかし、その眼は虚ろで一切の生気を感じさせない。猿轡を解いても口を半開きにしたまま緩やかな呼吸を繰り返すのみ。
嫌な予感がしたので気付けに頬をバチンと叩いてみたが、領主は頬が腫れ上がるほどの一撃を受けても無反応だった。
これは間違いない。
領主の心は――死んでいる。
僕の治癒魔術についてカナデさんは『心を殺す痛苦』と形容していたが、その言葉通りに、領主の心は堪え難い激痛に殺されてしまったのだ。
やはりお姉さんの言葉は正しかった、迂闊に乱用しなくて本当に良かった……と現実逃避気味に安堵していると、どこからか人の走ってくる音が聞こえてきた。
「――――オヤジッ! 一体どうしたんで……な、なんじゃこりゃあ!?」
「部屋が血塗れで、て、手足が……」
部屋にドドッと駆けつけてきたのは反社会的感のある一団。領主には子飼いの私兵が居ると聞いていたのでそれだろう。
それにしても失敗した。なるべく余人を交えずに解決する心積もりだったが、領主が暴れ回っていたせいで異変を察知されてしまったようだ。血塗れの部屋に手足が転がっている状況なので言い訳しようにも難しい。
「オ、オヤジ、何があったんですか!?」
もぎ取られた衣服までは元に戻らないという事で、手足を露出した前衛的なファッションとなった領主。
私兵たちはファッションリーダーを持て囃すように集っているが、もちろん虚ろな眼をした領主が『イェイ!』と応えを返すことはなかった。彼はもう帰らぬ人となったのだ。
「オヤジのお気に入りの獣人と…………あいつらは誰だ? おい、客の予定なんてあったか?」
「お前ら、何があったか説明しろや!!」
ふむ、なるほど……。私兵たちの扱いはどうしたものかと思案していたが、その発言で兎耳少女の監禁を把握していた事が分かった。外道な行いを知りながら是正しなかったとなれば、この男たちも同罪だ。
私兵たちの乱入に兎耳少女が酷く怯えているという事もある。後顧の憂いを断つ意味でも彼らは処断しておくべきだろう。
そう思って正義の一歩を踏み出そうとすると、その歩みを止めるようにスーッとお嬢様が前に立った。
「…………」
僕の腕に抱かれた王子君をちらりと見てから動かないエディナさん。相変わらずの無表情なので胸中は窺い知れないが、状況的に考えれば私兵の処断も任せてほしいという事なのだろう。
その強い正義感に感動を覚えてニッコリすると、エディナさんは無言のまま私兵たちに向き直った。
「なんだ、オヤジの新しい女か? よく見りゃキレイな面してんじゃあアッッ、な、なんだッ!?」
「か、身体が勝手にぃ……!?」
突如として十字形になっていく領主の私兵。その数は四人。複数人が相手でも同時に動きを止められるとは凄まじい。……今更ながらに、『支配の極理』というエディナさんの異名を実感させられるものがあった。
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