第14話【回想】 亡失
──七年前──
多くの人がいるにも拘わらず、誰も一言も発しない。ただパトカーのサイレンだけが耳朶を打っている。
閑静な住宅街に似つかわしくない物々しい雰囲気に満ち溢れる家の前で、泣き崩れる二人だけが、見る人の心を叩き壊すほどの悲壮感を纏っていた。
「
タクシーを飛び降りて、拓水がそう叫ぶ。
「鈴、鈴っ!」
玄関へ走り込もうとする拓水を、警察官が制止する。
「拓水さん、ちょっと落ち着いて……」
憔悴した拓水を宥めたのは硝子だった。
「硝子さん、鈴はっ⁉」
硝子はその問いかけに口を開かず、首を横に振ることで返答とした。
しかしそのわずかな動きは、非情なほどに事実を叩きつけるものだった。
「……っ! くっ……!」
悔しさ、怒り、悲しみ──。
様々な感情を綯い交ぜにした表情で、拓水は俯いた。
路上に泣き崩れる鈴の妻、玲奈。
対照的に、立ち尽くしたまま滂沱の涙を流す、結衣。
誰もかける言葉を見つけられないからこその、沈黙だった。
透華も子供ながらにただならない状況なのだとはっきり理解しており、下手なことは言えないと口を噤んでいた。
「少しお話伺ってもよろしいでしょうか?」
「はい……」
警察官が拓水に話しかけている。流石に絶望の淵に立つ玲奈に直接事情聴取することは憚られたのだろう。
中学校の制服を着る結衣、いつものスーツを着た玲奈。今日も単なる日常の一ページになるはずだった。
非日常。されど日はいつも通り、地平線に沈んだ。
◇◆◇
街の明かりも消え始める頃、透華はようやく家に帰ってくることができた。
本来は喪主である玲奈が施主も兼任して葬儀の準備をするべきなのだが、到底そんなことができる精神状態ではないので、拓水が施主を担当して葬儀を取り計らうことになった。
「玲奈さんも、もう休んでください。これからも長いですから、休まないと……」
泣き崩れていた玲奈だったが、いつしか心を失ったように虚ろな目をしていた。
反応しない玲奈を硝子が寝室に誘導する。
「結衣ちゃんももう休むといい」
拓水がそう声を掛けると、こくりと頷いて結衣も寝室に向かった。
「ねぇ、父さん、大丈夫なの?」
普段とは全く違う雰囲気に緊張しっぱなしだった透華が不安げに聞いた。
「大丈夫、透華も早く寝なさい」
「……うん」
そう答える拓水の背中にいつものような格好良さはなく、親友を失った悲しい男の小さな背中が透華の瞳に映るだけだった。
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