第11話 たらしの片鱗
「ただいま」
なんとか通報されることなく家まで帰ってくることができた。
「おかえりなさい、結城さん」
「うわぁっ!」
「ひぇっ!」
ここ数年聞いていなかった「おかえり」に驚くあまり、大声を出してしまった。
その大声に驚いた結衣も悲鳴を上げてしまっている。結衣を見れば若干恨みがましい目線で透華を見ている。
「あ、紅葉先生、ただいまです。びっくりさせてすみません」
「急に大声上げるから何事かと思いました……。はぁ、まだどきどきしてますよ……」
「おかえりなんて言われるの久しぶり過ぎて……」
「……これからしばらく聞くことになると思うので早めに慣れてほしいです」
「そっか……わかりました」
家に帰ると待つ人がいることは幸せだ、と世間一般に言われていることの意味が少しだけわかった気がした。
「あ、晩御飯は七時くらいで良いですか?」
時刻は五時半を回ろうとしている。透華は七時過ぎくらいに夕食をとることが多いが、結衣はどうなのだろうか。今後生活を共にすることは時間を共にするということなので、こういったすり合わせも大切だろう。
「あ、私はいつでも大丈夫です。疲れた時とかは晩御飯食べずに寝ちゃうときとかもあったので……」
社会人はきっと大変なのだろうが、幼少から食事の大切さを両親に説かれてきた透華としては食事も大切にしてほしいと思う。
「……そんな目で見ないでくださいよ。はっきり言っちゃいますけど、高校生でここまでまともな料理してる結城さんがすごいんですよ? 社会人でもカップ麺とかでご飯を済ませてる人だっているんですからね?」
「いや、別にそんな目で見てたつもりはないんですけど……。大丈夫ですよ、これから料理は僕に任せてください。味の好みとかも教えてくださいね?」
「やっぱり結城さんって、私のことを駄目人間にしたいんですか?」
「……僕ってそういうキャラにシフトした方が良いんですか? 好きなだけ駄目人間になっていいんですよ~、みたいな?」
「それはちょっと気持ち悪いかも……です」
「もう一生やらないです」
たらしキャラなんて二度と演じないと心に決めた透華だった。
◇◆◇
「んー、今日の晩御飯なににしよっかな……。弁当の残りもまだ残ってるんだよな……」
一通りやるべき家事を終わらせて、今晩の献立を考える。
「あ、お弁当ありがとうございました。全部美味しかったんですけど、特にマカロニサラダがすごく美味しかったです」
「ふふっ、そんなに喜んでもらえると嬉しいです。今日の晩御飯にもマカロニサラダ出していいですか?」
「もちろんです」
にこやかにそう話す結衣を見て、透華も不意に笑みが零れた。
ただ「美味しかった」ではなく、「これが美味しかった」という具体的な感想をもらえると本当に嬉しい。感想をくれる人のために作る料理は楽しいのだ。
「今日のメイン、なににしようか迷ってるんですけど希望とかありますか? 思っていたより紅葉先生のお仕事が早く終わったので少しくらいなら手の込んだ料理でも構いませんよ。まだ先生の歓迎もしてませんでしたし、なにか好きなものおっしゃってください」
結衣の仕事が七時過ぎくらいまで終わらないことも覚悟していたので簡単に食事を済ませる準備も出来ていた。
しかし想像よりもかなり早く結衣の仕事が終わったので、まだ多少の時間がある。極端に時間のかかる煮込み料理や近くで購入できない材料を使った料理などでなければ結衣の希望を叶えられるだろう。
「いいんですか? じゃあ、マカロニグラタンとかお願いしてもいいですか?」
「もちろん、大丈夫ですよ。……あれ、マカロニだらけになっちゃいましたね。マカロニ、好きなんですか?」
「確かに……あんまり意識したことなかったですけど、マカロニ、好きかもしれません」
「わかりました、覚えておきますね」
「……結城さんって本当に……」
何故か呆れたような顔をする結衣。しかしなにかが嫌というわけでもなさそうなので訊かないことにしておいた。
「じゃあ晩御飯の支度しますね」
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