第9話 カレーの中の魔物 前編

「圭、おそいよ」

「わ、わかってるけど……俺体力ないから……」


登山中。さっそくへばった俺は、足を引きずりながら歩いていた。


「ほら、ここ乗り切ったらもうご飯だから頑張って。わたしの手づくりカレー、楽しみでしょ?」


「わたしの、っていうか、俺らの班の手づくりだろ……あっ!」


そこで俺は、思い出してしまった。

林間学校1日目の、手づくりカレー。みんな楽しみで仕方ない(はずの)イベント。


俺と伊代とうかの3人班(不釣り合い)でつくる、カレー。



うかの、カレー。



……やばいかもしれない。


○○○


「さーて!さっそく作っていくわよ!」


登山の時に着替えたジャージのそでをまくり上げて、自信満々に言ううか。


「うか様の手料理が食べられる日がくるなんて…幸せです♡」


目をハートにして大喜びする、まだ何も知らない伊代。


「………」


なんて言えばいいかわからず、ただ黙り込む俺。


「うか様のことですから、きっと料理も得意で、三ツ星シェフも顔負けの素晴らしいカレーを作ってくださるでしょう!」


「おい……伊代」


「ん?何?」


「実はうかは……その……」


「言いたいことがあるならとっとと言いなさいよ」


大きく息を吸い込み、覚悟を決めると、言葉をつむぐ。


「料理が、壊滅的なんだ……!」


目をぱちくりさせる伊代。信じられない、という表情。

そりゃそうだ。うかは傍から見れば、非の打ち所のない完璧人間────いや、俺から見てもそうだけど。


でも、うかにはたった一つ弱点がある。

そして本人は、その弱点に気づいていない。


「うかは料理が下手なんだ……!俺も一度だけ食べたことがある。中学の調理実習の時……はっきり言って、あの世が見えたぜ」


「え……マジ?」


「ガチのマジ」


「……」

「……」


1ミリもロマンチックじゃない俺と伊代の見つめ合いのよそで、うかは黙々と準備を始めていた。


「カレーってつくったことないけれど……まずはじゃがいもとかタマネギとか、用意するところからよね……皮むかないと……」


そう言うとうかは、包丁の先をじゃがいもに通した……が、刃の入れ方が悪く、皮だけでなく実までごっそり削ぎ落としてしまった。


「…あれ?じゃがいもって、なんか、芽?とかいうのを取らなきゃいけないんだったかしら。芽ってどこ?」


怪訝な顔のうか。


「まあいっか。よく分かんないけれど。」


「良くねえええええ」

「良くなああああい」


致命的なミスを犯しそうになったうかに、俺と伊代が同時にツッコんだ。


○○○


「では今から、津森うかのための料理教室を開始する!!」


「押忍!」

「………」


拳を突き上げ、謎に高いテンションで宣言する俺と、そんな俺に元気よく返事する伊代。


陰キャと美少女2人が巡り会ってしまったよく分からんグループではあるものの、なんだかんだ良い雰囲気にはなっている。


うかの料理下手のおかげで!


……だが、当の本人は悲しそうな顔をしていた。


「わたしが料理下手なんて────考えたこともなかった。昔、圭に食べてもらったシューマイ、あれ…美味しくなかったってこと?」


うかは、下を向いて落ち込んでいるみたいだ。


「ごめんなさい…今まで全然気づかなかった。」


しゅんとした表情を浮かべるうか。


普段はあんなに自信に満ち溢れてるうかのこんな姿は、俺の心に傷をつけた。大げさかもしれないが、本当に。


「…そんなに落ち込むなよ!俺はお前の100倍は失敗して生きてるんだから。料理が苦手だって、一緒に上手くなればいいじゃんか。」


思わずうかの肩に手をのせて、声をあげた。俺の言葉に続いて、伊代も言う。


「そうですよ!うか様が落ち込む必要ないです!」


俺と伊代の言葉をうけて、うかの表情は少しばかり明るくなった。

口元に手をあてて、上目遣いで俺たちをみる。


「……2人ともありがとう……ただ、1つ確認させて……?」


「「??」」


「圭…………『一緒に上手くなればいい』って、それつまり、『これからも一緒』ってことよね♡」



────こいつ、こんな時にまで恋愛で頭がいっぱいなのか!!!


これからも一緒、だなんて、照れるじゃないか。俺、絶対顔赤くなってる。ほら、うかがニヤニヤしてる。


「そんなにわたしと一緒がいいの?圭♡」


なんか、いっつもこんな感じだな。うかに振り回されてばっかり。俺はまだ一度もうかに仕返しが出来ていない。


そこで思った。

少しはやり返してやろう。


「圭、どうなの?圭はわたしのことが……?」


「好き」、と言わせようとからかってくるうかに、深呼吸してから、俺はこう返した。


「ああ、好きだよ。これまでも今も、これからも」


フリーズするうか。口を大きく開け衝撃を受けている様子の伊代。


「けっけけ圭、いいいい今なんて?」

「……だから、好きだって言ったんだよ」


改めて言うと、ものすごーく恥ずかしくなってきた。だって、「好き」だぜ、好き。こんな言葉いったことあるの、人相手なら、家族くらいだ。


少し焦った俺は、うかの顔を覗き込んだ。



────真っ赤────頭から湯気が出そうなくらいに。


「あっあっ!もちろん友達として!な!」


思わず弁明する俺。


「圭に告白された……」


「いやだから友達として!!」


「きゃ〜!圭が正直になってくれて嬉し〜い!!お祝いのシャンパンはどこ!?」



……ダメだ!おかしくなってる!!


友達として、いいや恋人として婚約者として……押し問答を繰り返しているうちに、伊代がカレー作りの準備を進めていた。


「うか様たち〜、そろそろ作りましょう?」


伊代の声かけに飛びつくうか。先程の俺の発言のせいで有頂天になっているので、ノリノリだ。


「さあやるわよ!圭にとびっきり美味しいカレーを食べてもらうわ!」

「俺も!俺も作るよ!?」


タマネギとじゃがいもを両手に持ち、ニコニコの顔をこちらへ向けると、うかが綺麗な声で言う。




「その『好き』って言葉────今度はその場の流れじゃなくて、ちゃんとした告白で言ってもらうからね?わたしから話題を振ってそれにこたえる、よりも、圭が自らしてくれた告白の方がいいもの。」



ついさっきまで狂喜乱舞していたにも関わらず、うかの表情は穏やかになっている。


うかは、好きという感情や言葉には誠実だ。

幼なじみだから、知っている。



「愛してる。大好き。ホントに♡」


そう言ったうかの笑顔に、俺は思った。



…………やっぱり、うかって……可愛いよな…。



もしかしたら俺は、もうすでに、かつてのような恋心を思い出しはじめているのかもしれない。


そんなことを考えながら、うかと伊代のところへ歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る