お疲れの魔王様拾いました。
火稀こはる
第1話 うちの縁側になんか落ちてるんだが
山の木々が赤や黄色に染まり、まるで錦の織物を広げた様だ。澄んだ青空はどこまでも高く、深く吸い込んだ空気は日に日に冷たさを増して、心地よい涼しさと同時に、季節の移り変わりの早さを感じる。
山の秋は短い。ここ最近は特に短い。
カメムシの猛攻が一段落し、落ち着く頃には山が紅葉の最盛期を迎え、冬に向けて秋野菜の取り入れや冬支度が忙しくなってくる。こんな日々は雪が降る迄のカウントダウンみたいなもんだ。
我が実家はそんな山の中にある。市営バスの終点のその先、地区の最東端に位置している。
私の名前は、
そんな私も既にアラサーの仲間入りを果たし、このシワシワネームも板についてきた。
就職を機に一人暮らしをしていたが、旅行中の両親の代わりに猫の『まる』の世話をする為に、実家に帰省している。
両親が帰ってくるまでの3日間、のんびりと好きな事をして過ごすと決めて来た。…のだけど。
「なぁーん、んぁーん…」
縁側の方で猫の鳴き声。まるは縁側にいるのか。キッチンからは姿が見えないが、縁側でコロコロと転がる姿を想像して心がホッコリする。
「なぁーぁ、んなぁ~ん」
「…まだ鳴いてる…」
鳥でも来たか?隣の爺さんか?
若干気になるが、今はちょっと手を放せない。私は手元に視線を落とす。くつくつと煮えてる小鍋の中には艷やかな小豆色。
何を隠そう、私の趣味は小豆を煮る事。浸水させ、茹でこぼし、煮詰め、砂糖とちょっち塩で味をつける。この一連の工程が、私を無心にさせる。ぼーっと目の前の作業に没頭して『無』になる感覚がイイ…そして出来上がった小豆あんを食べる至福…。甘味はしあわせの味だよね。
この小豆をどうしてやろうかとニヤニヤ考えている内に、程よく水気が飛んで艶が出てきた。よしよしと思いながら、塩を少しだけ入れて混ぜる。
「ふーっ、ふーっ…ん!よし!」
美味い!満足のいく出来だ。急ぎ火を止めて蓋をすると、縁側に向かった。
「まるー?どうしたの?」
私の接近に気付いたのか、まるはトコトコとやってくると私の足に擦り寄ってきた。かわいい。
デヘヘと顔を緩ませながらまるの背中を撫で、再び縁側へと向かう。後から付いてきていたまるは途中で先に行ってしまった。
「なぁーん」
「はいはい、なに…」
まるの後を追いかけて縁側に辿り着いた私はその光景を見てはた、と止まる。
縁側からすぐそこの地面に誰かがうつ伏せに倒れている。長い髪だけど体格からするに男の人っぽい。
えっと…ちょっと、何が起きてるのか分からないんだけど…?人…が倒れ…
「え…?なにー?!誰ぇ?!」
行き倒れか?いや、てゆーか、ここ人ん家なんだが?!もしや迷子の登山客か…?
慌ててサンダルを履き側へ駆け寄ってみる。その男性(仮)は、厚手のやたら丈の長いコートを着ている。何やら金糸の刺繍が随所に施された豪奢な上着のようだ。うつ伏せに倒れているせいで髪がかかっていて顔は見えない。最近の登山客はコスプレして山に登るの?
マジで山舐めんなよと声を大にしていいたい。一歩間違えば命を落とす事だってある。地元民は遭難事故の捜索にも駆り出されたりするのだ。装備は万全に挑んでほしい、そして安全に帰ってほしい。ついでにコスプレはちゃんとしかるべき場所で行ってほしい。
などと思考が暴走していたが、まるの鳴き声でハッと我に返った。そうだった、そうだった。
「もしもし?大丈夫ですか?」
声を掛けるが、反応なし。続いて肩の辺りを揺すってみようと触れる。結構ガッシリとした筋肉を感じて、少しだけ怯んだが気にしないように肩を揺さぶってみた。
「おーい、大丈夫ですかー?意識ありますかー?」
すると、うつ伏せになった顔の方から幽かに声がした。良かった、生きてる!
「大丈夫ですか?動けますか?」
助け起こそうにも頭を打っていたら危険なので、どうしようとオロオロしているとコスプレ登山客(仮)はゆっくりと体を起こした。
「う…、あぁ、大丈夫だ…」
うつ伏せになっていた彼は気だるそうに額を抑えながら起き上がった。そして、その口から発せられた甘やかな低音の美声に私は一瞬ポカンとしてしまった。
10代の頃ハマっていた乙女ゲームとかで聞いてきた様なイケボに、当時の記憶が蘇って目眩の様な感覚に陥る。私の内に眠るオタクの封印が解かれようとしている。ヤバい、気をしっかり持つのよ、イチエ!
自分自身を叱咤し、彼の安否を確認しようとその顔を覗き込んだ私は、再び稲妻に撃たれたかのように停止した。
長い黒髪の間から見えた彼の顔は、恐ろしく整っていた。100人に聞いたら100人が「ふつくしい…」と言う位明らかに美!!美の圧力で人が倒れる危険性さえ感じてしまう程度に美!!
彼から発せられる美しさに、私はおもむろに両手を合わせ拝んでいた。
「はぁあ…(尊)」
問答無用で人を平伏させる美貌の彼は、キョロキョロと辺りを見廻すと愕然とした表情で呟いた。
「…なんだ、ここは…」
「へ?」
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