第9話 心から好きではない
そうだ。あたし、こんな夢を見てたんだ。夢を思い出したら、この建物もどことなく覚えがある気がしてきた。でも、まさか夢の中の宮殿が、ここで実在していたなんて……すぐには信じられない。
魔女の魔力の源である水晶球が現実だったから、朝起きた時に「魔力が自分の中にある」と実感したのだ。
あれは、与えられたものではなかった。知らなかったにしろ、他人から取ってしまった力だったのだ。
それをさも、自分のもののように使って……。
「思い出したようね」
シャスディの表情を見て、オルーガはそう言った。
「あの時、あなたが取ったのが、私の魔力の源である水晶球。あれは他人に触れられれば、私の魔力が激減してしまう。そのうち消えてしまうわ。そうなれば、私は魔女でいられなくなってしまう」
まさか、あんな透明な球一つが、魔女の力の源だったとは。おまけに夢だと思っていたのが、現実だなんて誰も考えない。
でも、シャスディの場合はそれが事実なのだ。
「私があなたに色々と仕掛けたのは、水晶球を取り戻すためよ。意識を失う程のケガをするか、死ねば戻ってくるはずだったの。でも、あなたは全てを私の魔力で跳ね返してしまった。そうするうち、ただでさえ少なくなってしまった魔力がなくなってきたのよ。だから、最後の手段に出た訳」
聞いていれば、魔女というには少し迫力がないというのか、生気がない。
おどろおどろしくしてほしいのではないが、こうして話をしている状態では、知らなければただの美人でしかない。神秘めいたところがあるな、と感じる程度で。
大切なものを盗まれたのなら、もっと怒りに震える。言葉か実力行使か、怒りにまかせて攻撃に出ることもあるだろう。
でも、オルーガはそうしない。魔力がないから、そういった行動に出られないのだ。
「最後の手段で、なぜウェルレイドなの」
「言ったでしょ。彼には、私の新しい魔力の源になってもらうの。生け贄にして、新しい水晶球に変わってもらうのよ」
「なっ……」
ガラスだと思っていたあの透明な壁は、水晶だったのだ。その中で、ウェルレイドはオルーガの新しい魔力の源になる。
それはつまり、彼の死を意味する。
「やっ、やめてよ。そんなひどいこと、すぐにやめて」
「ひどい? 私の魔力を奪う、ということを最初にしたのは、あなたよ。それはひどくないって言うの? 魔女が魔女でなくなる、ということは、死と等しいのに」
「だって、あたしは夢だと思ってるし、あれがあなたの魔力の源だなんて知らなかったんだもの」
「私にとって、そんなのは言い訳にすぎないわね」
オルーガは取り付く島もない。
「じゃ……それじゃ、あたしはここにいるわ。だから、あなたの魔力を取り戻せばいいじゃない。抵抗したりしないから」
「もう遅いわ」
表情のない瞳で、オルーガはシャスディを見た。
「どうしてよ。あきらめないで。自分の持ち物のことでしょ。それに、彼の命がかかってるのよ」
「もう遅いのよ。たとえあなたが何もしないと言っても、私にはあなたから魔力を取り戻すだけの力がもうないの。だから……いいわよ、その魔力はあなたにあげるわ。私は新しい魔力を手に入れるから。人に見付かって魔女裁判にかけられたりしないよう、気を付けるのね。今でもそんなことをしているのか、知らないけれど」
オルーガにとって、人間一人の命など、どうでもいいらしかった。
新しい魔力を手にしようとしているためか、シャスディに自分の魔力を取られたことに対しては、もう何の感情もないように見える。あっさりしたものだった。
「ここまで来る時、ちょっと邪魔が入ったでしょ。あれは私の使い魔達よ。もう構わなくていいって言ったんだけどね」
やはり、邪魔が入ったのは魔女絡みだったのだ。でも、オルーガが命令した訳ではないらしい。魔女より使い魔の方が、シャスディを許せなかったのだろうか。
「あなた、あの子達を殺さなかったでしょ。攻撃されたんだから、反撃したって部分は仕方がないとして。もし殺されていたら、主として黙っていられないところだったけれど……その辺りはチャラにしてあげるわ」
とどめを刺す時間も惜しいから、と放っておいたが、魔物達の命を奪っていたらシャスディも無事では済まなかったかも知れない。
「だから、この魔力についてもチャラにしてあげるって言ってるの。それでいいでしょ? むしろ、あなたにとっては好都合じゃないかしら」
「だめーっ!」
シャスディの声が、宮殿中に響き渡る。
「お願い、何とかならないの? 魔力は返すわ。だから、ウェルレイドを返して。お願いよ」
シャスディは、必死にオルーガにせまって頼んだ。
ふと横を見ると、水晶球の中にいたウェルレイドの様子がおかしい。
さっきまで外へ出ようとして、拳で水晶の壁を叩いていたのに。それが今は、ぐったりとなって、横たわっている。
「ウェルレイド……ウェルレイド! いやぁっ、目を開けて」
「中の空気がなくなってきたのよ。密閉されているから。悲しむことはないわ。じきに私の魔力として蘇るんだもの」
オルーガの魔力として蘇っても、ウェルレイドとしての人生は終わってしまう。魔女の魔力になったら、彼の身体は、魂はどうなるのだろう。
「ダメ、これを開けてよ。彼を殺さないでっ」
シャスディは必死に魔法で水晶球を壊そうとするが、どうしても傷一つ付けられない。
「無理よ。私の最後の魔力全てを使った魔法だもの。初めて魔法を使うあなたの技術じゃ、これを壊すことはできないわ。もちろん、魔力のない私にもね」
シャスディは無駄だと言われても、あきらめずにウェルレイドを救おうと魔法を使う。
それが自分の魔法ではなく、オルーガの魔法であったとしても。
今のシャスディがウェルレイドを救うのには、オルーガの魔力を使わざるをえない。
「……あなた、本当にその子が好きなのね」
あの手この手で水晶球を壊そうとしているシャスディを見て、オルーガはつぶやいた。
「まさか、ここまでするとは思わなかったわ」
「当たり前でしょ。あたしのせいで、あたしの好きな人がこんな目に遭ってたら、何とかしようって思うわよ」
何をしても、水晶球は魔法を全てはじいてしまい、何の変化も見せてくれない。シャスディは息切れしてきた。
「他の人間に比べれば大切な子だろう、とは思ったわ。でも、そこまで思い入れが強いなんてね。ちょっと予想外だわ」
「……何が言いたいのよ」
含みのある言い方に、シャスディが不愉快そうに睨む。
「だって、大切だと思ってる人間に、魔法をかけてたじゃない」
シャスディは一瞬、息が止まった。
「あ……あれは……」
自分に魔法をかけて、きれいな女の子に見えるようにした。
家まで送ってくれるよう、仕向けた。
「ほんのちょっとだけ、あたしのことを見てもらいたくて」
「ほんのちょっと、ね。それでも、効果はちゃんとあったでしょ? 私の魔力だもの、効果がないなんてありえないわ」
きれいだと思ってもらえたかは、ウェルレイドに聞いてみないとわからない。
家まで送ってほしいという魔法は、どうだったのだろう。
ウェルレイドなら優しいから、少し具合が悪そうな女の子の頼みを聞いてくれただろう。魔法なんて使わなくても。
それでも、確実性がほしくて、シャスディは魔法を使った。
オルーガが言うように、魔法の効果でウェルレイドは一緒に帰ってくれたのだろうか。
席替えの時の魔法。あれは直接的ではないにしても、何かしらの効果はあるだろう。
隣にいれば、お互いの姿が目に入る。会話をする回数も、自然と増える。それが毎日だ。
そういった積み重ねでウェルレイドに自分を意識させるように仕向けた、と言われれば否定はできない。
ほんのちょっと。でも、魔法は魔法。
「大切だと思っている人間の心を無視して、自分の方に関心を向けさせようとするのは、本当は相手を大切に思っていないからじゃないの? 相手が気付いていなくても、それは無言の命令よ。大切なら、相手の心も大切にしようとするわ」
「……」
「人間は、好ましく思っている相手のことを尊重するものだと思っていたけれど、違っていたのかしら」
シャスディは、何も言い返せなかった。オルーガの言葉が正しいから。
魔法を使う時は、何も思っていなかった。ただ、ウェルレイドに自分の方を向いてもらいたかった。
それだけ。
彼が好きだから、彼にも自分の方を見てもらいたかった。
シャスディにすれば、純粋にウェルレイドのことが好きなだけ。彼の心を無視しようなんて、もちろん微塵も思ってはいなかった。
でも、ウェルレイドに魔法をかけるということは「彼の心を無視している」と言われても仕方のない行為なのだ。
シャスディ自身の力ではなく、魔法という幻惑でウェルレイドの心をこちらに無理やり向かせたのだから。
「本当なら、あなたの心から大切にしているものを奪ってやろうかって思っていたのよ。だけど、もう私の魔力も残り少なかったし、これでも妥協したの。私にとって、魔力は命の次に大切なもの。でも、あなたの命の次に大切なものを奪うのはやめてあげたのよ。私の都合もあったにせよ、ね。感謝してほしいくらいだわ」
シャスディは、心からウェルレイドを好きではない。
オルーガは言外に、そう告げていた。
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