第18話 永遠を結ぶクリスタルの光─④
「またお前は甘いもんばっか作って。愛加にあげたらどうなんだ? ん?」
「渡しても受け取らないよ」
気持ち悪い、と言われるのがオチだ。
「なんでまたクグロフなんだ。こんなでっかいもん作って、二人じゃ食いきれんだろう」
「マリー・アントワネットも好きだった由緒正しきスイーツなんだぞ」
「ギロチンにかけられた人だろう? そんないわく付きの菓子を、何もクリスマスの時期に作らんでもなあ」
「別にマリーが悪いわけじゃないだろ。俺もそんなに歴史に詳しいわけじゃないけどさ、革命が起こるくらい、きっといろいろ大変だったんだ。国民の苛立ちや悲しみを背負ってくれて、向こうへ渡った人なんだから」
「死刑なんて民衆の娯楽だったって言うじゃないか。ギロチンにかけた人も、さぞかしお楽しみだったんだろう。俺には無理だ」
「そういう一家に生まれたら、背負うしかないだろ。好きで親や血を選べるわけじゃないんだし。きっと悲しかったと思う。好き好んで人の命を奪うなんて、使命であっても後ろめたいだろうし心から喜んでまっとうする人はいないよ」
「で、手作りの菓子をもらってくれる人はいないのか?」
遠回しにクリスマスを家族で過ごす相手はいないのか、 と聞いている。
好奇心と心配には気づかないふりをした。
「アルバイト先の上司なら食べたいって言ってくれた」
「墓掃除の?」
「アンティーク・ショップのだよ」
「……それって男の上司って言ってなかったか?」
「そうだけど」
クリスマス・イヴに似つかわしくない、変な空気が流れた。
「男の手作りの菓子をか?」
「甘いもの好きな人なんだよ。別に男が作ってもいいだろ」
「……まあ構わないが、人と違う道は心労で潰されそうになるぞ」
「なんの心配をしてるんだよ。話の流れでそうなっただけだって」
とは言いつつも、今日のお菓子作りは気合いが入った。食べたいと言ってくれる人がいるだけで、単純に意欲も沸く。
クグロフだけを作るつもりが、残った薄力粉でポルボロンも作った。フィンリーはブール・ド・ネージュよりポルボロンが食べたいと言ったが、違いは国だけではなく、微妙に作り方も違っていた。
薄力粉をフライパンなどで焼くことにより、グルテンをなくしてから作ることで、口の中でほろほろと崩れるような独特の食感を生む。
初めて作ったが、簡単なうえ美味しいのでレパートリーにすぐ加わった。
作ってはみたが、多分渡せない。明日、フィンリーは山梨へ行っている。帰ってくるのは仕事の目処が立ってからだろうし、いつ帰るかも聞いていない。
「恋する乙女みたいな顔してんぞ。明日、パーティーに参加して人付き合いをもう少し勉強してこい。親目線だが、お前は人がいいのに人を寄せつけない。いろんな会合にでも参加すれば、テリトリーが広がっていくぞ」
「俺はたった一人でも、大事に思える人がいればそれでいい。父さんの飲み会で知り合いを増やすって考え方は否定しないけど」
どのみち、パーティースーツは持っていないので参加できない。私服では参加不可なのだ。
残りのチキンを食べ終え、クグロフも食べた。自画自賛だが、今までで一番うまく焼けた。
正宗はクグロフをつまみに日本酒を飲んでいる。先に寝ると声をかけ、ハルカはベッドへ横になった。
明日はクリスマスだ。毎年やってくる普通の日なのに、やけに心がざわめいている。
携帯端末を見るが、誰からも連絡が来ていない。予定がないのなら、墓掃除のアルバイトでもしようかと考えながら眠りについた。
朝、地面から割れるような音とともに強い揺れが起こり、ハルカは布団をはねのけた。
窓はがたがたと音を鳴らし、モニターが揺れている。パソコンと画面を死守していると、徐々に揺れが収まってきた。
「おーい、大丈夫か?」
一階から父の声がする。
「大丈夫! 今行く!」
キッチンで調理をしていた正宗は火を止め、下に落ちた箸やボウルを拾っている。
リビングは特に問題ない。柔道のトロフィーは倒れているものがあり、元に戻した。
「けっこう強かったな」
正宗はテレビのリモコンを手に取った。
「震源地は山梨か。あの辺で地震が起こるなんて珍しいな」
「山梨?」
ハルカが突然大きな声を上げたもので、正宗はぎょっとして目を見開いた。
「震度……6弱……嘘だろ……」
「なんだ、誰か知り合いでもいるのか?」
「……知り合いが向かってるんだ。もういるかも」
「連絡してこい」
二階へばたばたと駆け上がり、端末をひったくるように手に取る。
昨日の夜の同じく、メッセージの一つも入っていない。
ハルカは荒々しくタップして、上司へ電話をかけた。
『ハロー?』
さすが母国語である。麗しく聞き取りやすい英語だ。
「も、もしもし、俺、ハルカです。あの、大丈夫、ですか」
『落ち着きなさい。地震は大丈夫でしょうか』
「それ、俺の台詞です。こっちもけっこう強かったのに、震源地は山梨だって言うから……」
生きていた。電話越しなのでいつもの声とはいかないが、まぎれもなくフィンリーの声だ。
『震度6弱だそうですね。参りました。電車を利用したのですが、土砂崩れが起こり線路は無惨な状態のようです。もしかしたら、しばらく戻れないかもしれませんね。次の週末には間に合うかと存じますが』
「迎えに行ってもいいですか?」
嫌な沈黙が流れた。フィンリーは電話の向こうで息を殺している。
『なにを馬鹿なことを。優しい日本人であるあなたは偏屈なイギリス人より地震の怖さを知っているはずです。二次災害が続く可能性があります』
「でも帰れないと困るでしょう? やっぱり行きます。ネットで調べたら水晶が有名なところは甲府市って書いてました。あと日本人でも偏屈な人は大勢います」
『止めなさい。そもそもどうやって来るつもりです?』
「車はあります。高校三年のときに免許証を取りました。山梨まで一時間三十分くらいです」
『あなたにメリットはない』
「じゃあ今から山梨へ旅行しに行きます。ついでにフィンリーさんを拾って帰ります」
『……私はこれから仕事です』
「頑張って下さい!」
『いいですか、無理だと思ったらすぐに引き返しなさい』
「任せて下さい!」
『着いたら連絡をするように』
電話を切ったあと、部屋で小躍りをした。ダンスはできないが、喜びの舞いならできる。
「……………………」
「……………………」
ドアが開けっ放しで、隙間から父が見ていた。目が合い、昔の知り合いに会ったときみたいに気まずい。
「山梨へ向かうのか?」
「まあ……うん」
「やめろ。危ない」
はは、と愛想笑いを浮かべると、正宗の眉間に大きな皺ができた。
「地震がまたいつ起こるか判らないだろう」
「全部それを踏まえた上で行くんだよ」
「お前が行ったところで何のためになるんだ? 仕事の上司だろう? 給料でも上げてもらえるのか?」
「そんな言い方するなよ。そんな目的で行くわけじゃないし、俺の上司に失礼だろうが」
「なあ、昨日も言ったが、変な道にそれるな。俺が言うのもおこがましいのは判ってるが、お前には普通の幸せを感じてもらいたいんだ。どんな親だって願ってる。普通の嫁さんをもらって、子供を作って、普通の家庭で幸せを感じてほしいんだ」
「だから、なんでそういう話になるんだよ」
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