キミに処刑場で告白をする

不来方しい

第1話 ブルーダイヤモンドの出会い─①

──きれいなものは、どうして泣きたくなるの?

 そう祖父に告げたとき、多面体の輝きに映る笑顔がひどくもの悲しく見えた。

 碧や翠に彩る石は、とても価値のあるものだよと祖父は言った。

──価値ってなに?

 祖父に質問すると、人間が決めたもっとも愚かな拠り所だと言う。

 美しいも綺麗も醜悪も、すべて人間が勝手につけたものだと。

 それによって値段も決まってしまうのだと。

──世の中は需要と供給で成り立っている。価値がつくのは仕方のないことなんだ。けれど、人間に対しては身勝手な価値をつけてはいけないよ。物じゃないんだ。

 祖父の言いたいことは、子供ながらになんとなく理解できた。

 それが祖父にしか備わっていない感覚だと知ったのは、幼稚園に通い始めたときだ。

 風貌による価値はすでに存在していて、枠の外にいようとも無理やり園児の残酷さにより嵐のように巻き込まれてしまう。

 クラスメイトなどただの寄せ集めにすぎないのに、台風よりも厄介な存在だと知った。

 小学生・中学生・高校生と年齢を重ねるたびに、人間の価値は決められていく。望まなくても決められてしまう。

 であるなら、自分は厄介な存在にねじ込み、価値を上げる人間になりたいと願った。

──いいかい? 美しい、きれいと口にするのは一生添い遂げようと思った人や物にしか使っちゃいけないよ。言われなくなったとき、その人はどう思う? 泣きたくなるんだ。悲しくなるんだ。

 祖父がいる仏壇に手を合わせ、ずっと見守っていてほしい、あなたが守ってきたものを守り続けるから──と。

 頬が濡れても、身体に震えが起こっても、そう願い続けた。










 空も海も青という贅沢すぎる空間に、英田ハルカは一人立っていた。

 雲一つすらない今日の天気だが、来週になると台風がくるとテレビの中の女性が言っていた。今の天候と比べると信じられないが、ここは沖縄だ。明日、暴風や雷雨に襲われようとおかしくない。

 黙っていても背中は汗が滲んでくる。なるべく日陰を歩いていく。日陰しか歩いてはいけない決まりはなくても、なんとなく自分にとってお似合いの場所のような気がした。それに落ち着くし、心も休まる。太陽は眩しすぎる。

 ハルカは背負っていたリュックから箱を出し、中を開けた。

 太陽光がブルーに輝く宝石に返照し、眩しすぎて目を伏せた。あまりの輝きに、無意識に目が閉じかかる。

 指にはめてみると、少し大きい。無骨な男の手でも大きいのだから持ち主は相当大柄だったろう。

 ハルカは大きく息を吸い、吐いた。それでも鼓動は徐々に早くなっていき、緊張しているのだと知る。

「じいちゃん、ごめーん! ありがとー!!」

 叫ぶのはなんでもよかった。馬鹿野郎でもステーキ食いたいでもソーキソバ美味かったでも。口から出たものは謝罪と感謝だった。

 右手に持った小さな指輪を、ハルカは渾身の一撃とばかりに投げた。

 重力に逆らわず、指輪は波間に向かって落ちていく。

 ぽしゃん、と音が聞こえはしなかった。

「馬鹿者!」

 一瞬、祖父の声かと思ったが全然違う。振り返るのと同時に背後から豪速球に走ってくる人とすれ違い、気づいたときには人は海へ向かって飛び込んでいた。

「危ない!」

 ハルカは叫び、気づいたら指輪の箱を投げ捨てて一緒に海へダイヴしていた。

「キャー! 誰か、誰か来て!」

「集団自殺じゃ! 救急車とパトカー!」

 集団自殺ではない。誰かが馬鹿者と叫んで海に飛び込んだのて助けようとしただけだ──そう声に出したくても、底が見えない海の中では声にならなかった。

 腰を掴まれた。海水の中で一瞬しか目を開けられなかったが、目の前には太陽があった。

 ハルカは微笑むと、それ以降記憶を手放した。










 薄暗い部屋の中、ハルカは重いまぶたを開けた。

 身体がだるく、指を動かすのがやっとだった。

 しばらく目を開けたり閉じたりを繰り返していると、身体が重いのは毛布をかけられているからだと知る。薄暗いのは、黒い遮光カーテンが閉められているからだ。

 扉が開いた。頭を動かすと、男性が一人立っている。

 ハルカは開いた口も塞がらず、瞬きすら忘れてしまった。

「──……きれい…………」

 意識朦朧とする中、夢か現実か判らない中でハルカは呟いた。

 人間は前例のない生き物に出会うと、目を奪われてしまうらしい。相手に失礼だとか申し訳ないだとか、そんな感情すら置き去りにしてしまう。

 ほんの少しの明かりだけでも判る。とんでもなく眩いきれいな人が立っていた。

「失礼」

 流暢な日本語を話す外国人は、ブロンドヘアーが少し濡れている。記憶をたどっていくと、どうやら海に飛び込んだ人だと気づいた。

 彼は一礼すると、椅子を引っ張ってきて頭の近くに座った。

「意識が戻ったようで何よりです」

「あなたは……?」

「海に飛び込んだ外国人です」

「はあ」

「体調はいかがでしょうか」

 そこてでハルカは自分が服を着ていないことに気づいた。ソファーに寝かされ、毛布をかけられ、下着一枚の状態である。

「質問ができる状態になった頃合いかと思いますので、答えられる範囲で質問にお答えしましょう」

「お、俺の服……」

「濡れたまま寝かせるわけにはいきませんので、私のスーツとともに、お借りした洗濯機と乾燥機の中です」

「それはとんだご迷惑を……」

「もし本当にそう思っていらっしゃるのなら、二点ほどお願いを聞いていただけますか」

「はい」

 お願いというより、従えと言わんばかりの態度だ。だが聡明で暖かみがあり、自然と従いたくなる言い方だった。

「一つ。あなたが海に飛び込みそうになり、私が助けようとした。けれどあなたが避けてしまい私だけが海へと落ち、そのあとあなたは私を助けようとして海へダイヴした、と。こういう流れにして頂きたいのです」

「それは構いませんけど……なぜです?」

「私が馬鹿者と叫んでしまい、私が海に飛び込もうとしたところをあなたが助けたというストーリーでは不自然かと思いまして」

「とりあえず、判りました」

「幸い、どちらも生きています。それに、話を合わせて頂けるなら、早めに警察から解放されるかと」

「そうですね。なら、俺は気の迷いで命を投げ出そうとしたってことにします」

「もう一つは、」

 扉がノックされ、謎の外国人と共に振り返った。

「やあやあ、元気になったかい? 飛び込んだって聞いたもんだからびっくりしたんだ。服はもう少し待っとくれ」

 見知らぬおじいさんは言いたいことだけを言い残し、さっさと扉を閉めてしまった。

 ハルカは「ありがとうございまーす!」と扉越しに元気よく答えた。

「もう一つは?」

 そう聞き返すと、謎の外国人は唇に人差し指を当てた。

 扉の向こうには人が数人立っている。おそらく警察だろうと踏んで、ハルカは布団を被って横になった。

謎の外国人は扉を開けると、ぞろぞろと警察官がなだれ込んでくる。

「お兄さん、具合はどうだい?」

「だいぶよくなってます。すみません、いろいろと」

「意識があるようなら少し話せるかな?」

「大丈夫です」

「私は外で待っていますね」

 無表情だった謎の外国人の顔がよそ行きの顔になった。

 笑顔というには作りすぎている。それでも太陽が波に当たった光のような美しさで、この場にいた人間の視線を奪い去った。

「いやはや、君も大変だったねえ。服を着ていないところ申し訳ない。記憶がはっきりあるうちに聞いておきたくて」

「問題ないです。それよりすみません。気の迷いというか、本当に全然、そんな気持ちにいきなりなってしまって」

「君は大学生?」

「そうです。大学一年。十九歳」

「旅行客?」

「東京出身で、旅行で沖縄まで来ました」

「一人?」

「一人です。あの、未成年ってわけじゃないですし、親には連絡しないでもらえると助かります」

「ちゃんとお家帰れる? 大丈夫?」

「はい。もう少し滞在してから帰るつもりです」

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