39.自然の脅威から得る学び
穏やかな午後、セイルは水晶球に映る世界をじっと見つめていた。その中では鳥たちが風に乗り、森の奥では小さな動物たちがせわしなく動き回っている。セイルの隣では、リーネが背筋を伸ばして座り、フィエナがティーカップを手に微笑んでいた。平和なひとときだったが、セイルの表情にはどこか影があった。
「最近、少し気になることがあるんだ。」
神妙な様子でセイルが呟く。珍しい表情にリーネが視線を向けながら聞く。
「気になること?」
「火山地帯の近くで、生物たちの動きが変なんだ。妙に落ち着かない様子なんだよ。」
セイルは水晶球を指差した。その中では、小動物たちがいつもより早い速度で移動し、鳥たちが群れをなして空高く飛び去っていく。
「生物たちは本能で異変を感じ取るものよ。火山の状態と動物たちの動きから考えれば、恐らくは火山が噴火する予兆でしょうね。」
「でも、前と違って今は火山の近くにも多くの生物が住んでる。もし火山が噴火してしまったら、多くの命が失われるかもしれない。」
セイルの声には焦りが滲んでいた。
そんなセイルの様子を気に掛けながらも、フィエナが穏やかに言葉を添える。
「セイル様、私たちには世界の秩序を守る責任がありです。心配かもしれませんが、私たち自身が不用意に調和を乱すようなことは控えるべきです。」
セイルは頷いたものの、胸の奥にある不安が消えることはなかった。
数日後、水晶球の中に映る世界では、火山地帯の活動が次第に活発化していた。遠くの地平線に黒煙が立ち上り、森の端では地鳴りが響いている。セイルはその光景を食い入るように見つめた。
「火山が噴火すれば、近くの生物たちは避けられない被害を受けるよな……。」
「そうね。でも、それも自然の一部よ。火山の噴火は破壊だけじゃなく、新しい命を育むための循環でもあるわ。」
「それは分かってるけど……」
セイルの声には苦悩が混じっていた。
しかし、リーネはそんなセイルに対して真剣な眼差しで言う。
「私たちが世界の創造以外の理由で直接的に干渉するのは、何らかの異常が発生している場合よ。干渉し過ぎれば、自然が持つ力まで奪ってしまうわ。」
フィエナがそっと手を差し出し、セイルの肩に触れる。
「セイル様、まずは観察を続けましょう。世界そのものが持つ力を信じてあげてください。」
それからもしばらくの間、セイルは火山地帯の様子を観察していた。生物たちがどう動くのか、自然がどう応えるのかを見守った。小動物たちは巣穴を捨てて安全な場所へ移動し、鳥たちは警告を発するように鳴き声を上げていた。
そんな中で、水晶球の中に映る一匹の鹿がセイルの目を引いた。その鹿は他の動物たちと違い、動こうとせず火山に近い場所で佇んでいた。
「なんであの鹿は動かないんだ?」
セイルは不思議そうに呟いた。
「恐らく、怪我でもしているのではないでしょうか?」
フィエナが答える。だが、見る限りその鹿は四本の足でしっかりと立っているし、見える範囲には傷口があるようにも見えなかった。
セイルはその鹿の記憶に『記憶の共鳴』を使って触れてみることにした。すると、その鹿はかつてこの火山地帯を故郷として家族と暮らしていた記憶を持っていた。鹿の意識には、そこを離れることへの強い拒絶が刻まれていたのだ。
「この鹿はここを離れたくないと思っている。でも、このままじゃ命を失ってしまうかもしれない…。」
セイルはその鹿の気持ちを感じ取り葛藤に襲われた。
しかし、リーネは冷静に忠告する。
「セイル、彼らがどう行動するかは彼ら自身が決めることよ。たとえその結果が死に繋がることになったとしてもね。」
それから数日後、火山はついに噴火した。溶岩が地面を焼き尽くし、炎が空を赤く染めた。そして、あの鹿が居た場所もやはり被害は免れなかった。その光景を水晶球越しに見つめるセイルの表情は苦しげだった。
「こんなにも多くの命が失われるなんて…。本当にこれでよかったのか?」
セイルはかすれた声で呟いた。
「失われた命は悲しいけれど、その跡地には新しい命が生まれるわ。それが自然の循環よ。」
リーネが静かに答える。彼女の声には哀悼の響きがあったが、それ以上に揺るぎない強さがあった。
セイルは水晶球に映る溶岩の流れを見つめながら、その中で辛うじて生き延びた動物たちの姿を確認した。彼らは本能的に安全な場所を探し、新しい生活を始めようとしていた。
「でも、こんな痛みを伴わずに成長する方法はないのか…?」
「自然の厳しさを知り、それを乗り越えて生物は強く生きるのよ。不幸の無い世界は理想かもしれないけれど、それを現実にしようとすれば必ずどこかで歪みが生じるわ。あなたなら分かるでしょう?」
リーネは難しい表情でそう問いかけてきた。
そう言われてセイルは思い出した。昔、フレイムリスが調和を保つために無理に力を抑えた結果暴走しかけたことを。
「そうだよな。何もかも上手くやろうなんて、たとえ神であっても都合が良すぎるってことか……。」
数週間後、火山地帯はすっかり様子を変えていた。溶岩が冷えて固まり、その上には新しい植物が芽吹き始めていた。小さな動物たちも再び姿を現し、慎重に新しい環境を探っていた。
「もう再生が始まってる……自然の力は本当に強いんだな。」
その光景にセイルは感嘆の声を漏らした。
「そうよ。自然は壊れるだけじゃなく、再生する力も持っているわ。私達が干渉しなくても、彼らには自身で立ち直れる強さがある。」
セイルは深く頷いた。
「今回の経験で、俺も少しだけ理解できた気がする。自然の力の偉大さと、神としての役割を。」
リーネが優しく言葉を添えた。
「それを忘れないで。あなただけじゃない。あなたの創った世界もそれだけのことができるくらいに成長しているのよ。」
セイルは新たな芽吹きの光景を見つめながら、静かに目を閉じた。その胸の中には、自然への敬意と、神としての新たな覚悟が育まれていた。
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