新米神様、世界を創る

２３．創造者の葛藤

セイルは自らの創造物を静かに見渡していた。この世界は既に豊かな生態系を育み、生命は絶えず進化を繰り返していた。

そして最近、セイルはその進化の中に既視感を感じ始めていた。ある一部の生物が進化の過程で異常な速度で知性を発達させ始めたのだ。彼らは手を使って道具を作り、群れで複雑な行動を見せるようになった。

「これは……」

セイルはそれをただ観察していた。彼自身が直接手を加えたわけではない。自然の進化が、自ら新たな形を生み出している。

「これは、俺の知っている人類の歴史だ……」

その兆しは日に日に明確になっていった。知恵を持つようになった存在は火を使い、洞窟を住処に選び、仲間と複雑な音や仕草で意思を伝え合うようになっていた。

セイルはある日、その進化の過程を見守ることにした。一群の生物が、集団で川の近くに小さなキャンプのような場所を作り、周囲の資源を利用して生活している。

「火を囲んでいる……寒さを凌ぐためか？」

火の明かりに照らされた彼らは、互いに意思を伝え合いながら、獲物の肉を焼いて分け合っていた。彼はその姿に心を打たれた。自分たちの弱さを補うために協力し合い、知恵を活かして環境に適応する姿。そこには他の生命体にはない新たな可能性があった。

セイルは目を細め、静かにその光景を見つめる。

「なんだか懐かしいな。冬の寒い日に、こんな風に皆で焚火を囲んで騒いでたこともあったっけ。」

人間だった頃の記憶が不意に蘇る。セイルは少し寂しげに笑みを浮かべた。

あの頃、自分もこんな風に暖を取りながら、仲間たちと未来の話をしたことがあった。けれど、今の自分は――

「どうしたの、セイル？今日は静かね。」

背後から、いつものようにリーネが静かに歩み寄ってきた。

「いや……この光景を見ていると、少し懐かしくてな。彼らがこうやって火を囲んでいるのを見ていると、自分が人間だった頃のことを思い出してたんだ。」

リーネは静かに彼の隣に座り、焚火の光景を共に見つめた。

「そう。確かに彼らには高い知性を感じられるわ。このままさらに進化が進めばあなたの世界の人間のような存在になるかもしれないわね。」

その口調も優し気ではあったが、それは自分に向けられたものだ。

セイルはふと気になって聞いてみた。

「なぁ、そう言えばリーネも元は人間だったのか？」

リーネは微笑みながら首を振った。

「いいえ。私は神に創り出された存在よ。だから、人間としての記憶は持っていないわ。」

「そうか……」

セイルは彼女の答えにどこか安心したような、少し寂しげな表情を浮かべた。

彼らの行動を見守るうちに、セイルの心には複雑な感情が渦巻いていた。自分がかつて人間だったことを知る彼にとって、この新たな存在は懐かしくもあり、同時に遠いもののようにも感じられた。

「もし、彼らがこのまま進化を続けたら、やがて俺がかつていた世界と似た文明を築くことになるのだろうか。」

その思いは希望と不安が入り混じったものだった。かつての人間世界には美しさと醜さが共存していた。芸術や科学が生まれる一方で、争いや環境破壊も絶えなかった。それがこの新しい世界でも繰り返されるのだとしたら――

「セイル、考えすぎよ。」

リーネの声が彼の思考を遮った。

「自然が彼らを選び出した以上、それはこの世界に必要な進化なの。彼らがどんな未来を築くかは、あなたが決めることじゃないわ。」

「でも、俺は彼らが過ちを繰り返すのをただ黙って見ているしかないのか？」

「その時は、その選択も含めて彼らの学びだと考えるべきよ。ただ、完全に放置するわけにもいかない。必要な時にはあなたが介入することも重要ね。」

「介入か……どの程度が適切なんだろう。」

リーネは水晶球に映る彼らを見ながら、少し考えるようにして答えた。

「そうね。例えば、彼らの進化の中で自然と調和する方向へ導く道標を用意するの。具体的には、環境そのものに仕掛けを作るのはどうかしら？」

その言葉に、セイルは閃きを得た。

翌朝、セイルは世界の一部に変化を加えることにした。彼は風、雨、光など自然の要素を活かし、特別な「循環の仕組み」を創り出した。それは環境のバランスが崩れた時に、その他の要素の力を強め自然に元の状態に戻るように作用する。

「これなら、彼らが自然を壊そうとすればその代償を目の当たりにし、調和の大切さを学ぶだろう。」

リーネはその地を見下ろしながら満足げに頷いた。

「いいアイデアね。強制ではなく、気付きを促す仕掛け。彼らが自然と共存する方向へ進む可能性を広げるわ。」

「でも、彼らがこの道標を無視したらどうする？」

「その時はまた別の方法を考えればいい。創造は試行錯誤の連続よ。あなたの過去の記憶も、きっとそのための力になるわ。」

セイルは少し微笑み、火を囲む彼らの姿を再び見つめた。

「そうだな。過去を忘れず、今できることを試し続けよう。彼らが未来をどう築くか、それを見届けるのが俺の役目だ。」

風が静かに吹き抜け、セイルの言葉を包み込むように山頂を通り抜けていった。彼の心には新たな決意が灯り、この広大な世界にさらなる可能性を広げていく未来を描いていた。