3.大地に命を刻む
空を飛ぶ魚、海を彩る光の森、そして生態系に緊張をもたらす捕食者たち。セイルの海はその姿を徐々に完成させつつあった。しかし、球の中に視線を落とした彼は、一つの物足りなさに気づく。
「やっぱり、海だけじゃ寂しいよな。陸地もあってこそ、世界だろ?」
セイルは球に手を伸ばし、再びイメージを膨らませた。波が打ち寄せる海岸線の先に、緑豊かな森を広げる。険しい山脈、静かな草原、川が大地を刻みながら流れる。その景色は彼が幼いころ、家族と行った遠い山奥のキャンプ場を思い起こさせた。
「どうだ、リーネ? これ、結構いい感じじゃないか?」
彼の横で腕を組んでいたリーネは、一歩前に進み、球の中を覗き込んだ。
「そうね。でも、それだけじゃ足りないわ。陸地にも命を与えなさい。」
セイルは腕を組み、何を創るべきか考え込んだ。
「陸地に住む生き物っていっても、どんなのがいいんだろう?」
リーネがヒントを出すように口を開く。
「海とは異なる生態系を作り出すことね。例えば、陸地の食物連鎖を基礎から考えてみるといいわ。」
「基礎……? つまり草とか木とか、植物を作ればいいのか?」
「そういうことよ。植物は生態系の土台になるわ。」
セイルは球に集中し、まずは豊かな森を形作った。根を張り巡らせる巨木、鮮やかな花を咲かせる低木、地表を覆う苔や草。その中には、季節ごとに変化する花や、自ら光を放つ不思議な果実を持つ木もある。
次に彼が作り出したのは「ライナー」という大地を駆ける動物だ。四足で素早く走るこの生き物は、木々の葉や果実を食べるために長い首を持っている。皮膚は森に溶け込むように模様を変化させる能力があり、天敵から身を守る手段にもなる。
「うん、なかなかいい感じじゃないか!」
セイルは嬉しそうに笑った。しかし、リーネは少し物足りなそうな表情で言った。
「確かに良いと思うわ。でも、草食動物だけでは生態系は成立しないわよ。」
「つまり、肉食動物も必要ってことか?」
リーネは頷く。
「その通りよ。捕食者がいないと、生態系のバランスは崩れるわ。」
セイルは少しだけ考え込み、陸地の捕食者を作り出した。それは鋭い牙と爪を持ち、森の影から静かに獲物を狙う「シェイド」という生物だった。
「これでバランスが取れる……かな?」
「悪くないわ。ただ、命がどのように巡るかを意識し続けなさい。それが神としての仕事よ。」
一息ついたセイルは、球の中の世界を眺めていた。陸地にも生態系ができ、海とのつながりが少しずつ見えてきた。しかし、彼の心の中にはまた一つの疑問が湧き上がっていた。
「なあ、リーネ。俺が作ったこれらの生き物たちって、本当にこのままでいいのかな?」
セイルのそんな問いかけに、リーネは少し驚いた顔をした。
「どういう意味?」
「なんかさ……。俺がこの世界を形作ってるのは分かるけど、俺の思い通りにしすぎてる気がするんだ。もっと自由に、彼ら自身が変わっていけるようにしたほうがいいんじゃないかって思ってさ。」
リーネはその言葉に一瞬考え込んだ後、静かに答えた。
「それはとても大事な視点ね。神はすべてを支配する存在ではなく、成長を見守る者でもあるべきだわ。」
セイルは真剣な表情で球に手を触れた。そして、生き物たちが環境に応じて進化し、適応できるように、少しだけ細工を施した。
「これで、彼ら自身がこの世界で生き抜く道を見つけられるはずだ。」
完成した陸地を見つめながら、セイルは初めて達成感を覚えていた。命が巡る世界、それぞれが独自のドラマを紡ぎながら生きる場所。彼が作り上げたものは確かに「世界」と呼べるものになりつつあった。
「どうだ、リーネ。これで俺、少しは神様っぽくなってきたかな?」
リーネは珍しく柔らかな笑顔を見せた。
「ええ、少しはね。だけど、これで終わりではないわ。この先、もっと多くの試練が待っている。覚悟しておきなさい。」
「試練って……急にそんな物騒なこと言わないでくれよ」
セイルが困ったように笑うと、リーネは小さく肩をすくめた。
「あなたが作り出した世界は、あなた自身を映す鏡でもあるの。どんな問題が起きるか、それはあなた次第よ。」
その言葉を受けて、セイルは改めて球に目を向けた。広がる大地と海の上で、生き物たちは命を懸けて生きている。それは彼自身の挑戦でもあった。
「分かったよ。この世界、俺が責任を持って見守る。どんな試練が来ても、逃げたりしない!」
こうして、新人神様セイルの物語は新たな一歩を踏み出した。世界に命が宿り、物語が紡がれていく。その先に何が待ち受けているのか、それを知るのはまだ先の話だ。
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