24 橿原 ――行動――



「わかりました。これから行く処がありますので、その前にそちらへ寄りましょう」

通話を切る橿原に。山下と斉藤が課長に報告する為に出て、資料をお願いしますといわれて残っていた関が話し掛ける。

「鷹城は何と?」

「八年前の事件について、記憶していることについて話したいと。鷹城君はそこで、高槻香奈を見ているそうです」

「…―――見ている、」

いうと眉を寄せて沈黙する関に視線を置きながら、橿原がコートを着る。

 資料が重なり置かれ、ホワイトボードに記入が増えている資料室を後に。

橿原が行く後を関がついて出る。







病室で沈黙して何かを考えるようにして僅かに上体を起こした姿勢でいる鷹城の隣で、コーヒーを手に滝岡が佇む。

「院長」

ノックがあり、扉が開いて現れた橿原と関に滝岡が顔を向けていう。

「失礼しますよ」

軽く礼をして部屋に入って来た橿原に鷹城が視線を向ける。

「橿原さん」

「顔色は昨日よりはいいようですね。おとなしくしていましたか?」

「子供じゃないんですから、橿原さん」

一応抗議する鷹城に橿原が嘆息してみせる。

「どこが違うのでしょうね。昨日のあのような行動は大人のすることとは思われませんが。処で、君が話したい八年前の事件というのは、八年前の八月十七日、世田谷の料亭で起きた会食の際、四人が食中毒を思わせる症状を起こし、その内一人の女性が入院した件の事ですね?」

「そうです。もう調べられたならご存知かと思うんですけど、僕もその場にいました。…それで、」

言葉を切り、溜息をついて視線をあげる。

「女性の入院に付き添ったんですが、…彼女はその事故のせいで流産しました」

関が顔をしかめて、ぼそりと難しい顔でくちにする。

「…今回の、…俺達の捜査してる山でも、被害者の女性は、…流産しかけていて、まだ入院中ということです」

「そちらの件では高槻香奈は料亭の周辺にはいなかったんですね?」

問い掛ける鷹城に関が視線を合わせる。

滝岡と橿原を睨んでから、淡々と関がいう。

「料亭に産直で農産品を下ろしてる農家と、同じ村に住んでいるだけだ。あの村で出荷した商品の中に混入した薬草を加工して作られた生薬が、あの地方で作られているということを証言してくれた家々の中の一人になる」

苦虫を噛み潰したような顔でいう関に、鷹城が考えるような視線を向ける。

「きみは、彼女の証言を再度訊きにいっていたんだよね?どうして?」

鷹城が訊ねるのに、関が向き合うさまを、その隣で橿原が見つめる。

橿原にそして、関が視線を向ける。

「橿原さん」

真剣に橿原を見つめる関に、訝しげに滝岡と鷹城がみる。

「おい、関?」

「どうしたんです?」

問い掛ける二人に応えず、緊張した面持ちのままで、関が橿原を見詰めたままでいう。

 無表情な橿原の感情が見えない眸を見据えて。

「…――俺がやったのかもしれません。鷹城に、…怪我を負わせたのは、」

「関?」

驚いて問い返す滝岡に、鷹城もまた驚いてくちにする。

「何をいってるんだい、きみ、―――…どうして?」

驚いて見つめる二人に振り向かず、橿原を見たままで。

 関が硬い表情のままくちにしていた。

 対する橿原の感情は読めない。

「鷹城の血がついてた凶器に見覚えがあります。どこでみたのかはわかりませんが、…―――それに、」

「まて、おまえ、―――それは」

遮ろうとする滝岡を橿原が関を見返したまま、軽く手を挙げて制する。

「関さん、一つお伺いしたいのですが」

「…橿原さん」

視線を向ける関に、橿原がしずかにくちにする。

「君は、その凶器を使って、鷹城君に暴行をした記憶があるのですか?」

「…院長!」

滝岡が呼び掛ける前で、橿原が動かずに関を見返す。

「いえ、ありません」

「では、何故そのようなことをいうのですか?」

「このばかほどじゃありませんが、記憶がはっきりしないんですよ」

「…ばかやろう、関、おまえ何でそれをこれまでいわなかった、」

関に怒って迫ろうとする滝岡の上腕に軽く手を置いて、橿原が止める。

視線を冷淡にすら感情の読めないままに関にあてて。

「待ちなさい、滝岡君。―――関さん、それはいつからいつまでですか?」

「…丁度、鷹城を見掛けた頃から、約二時間です。もう少し長いかもしれませんが。証言を取って、車に戻って、――…そこで高槻香奈の家を訪問するこいつをみて、…――車で、次に川岸を走っていたときに、誰かと川岸を下りていっているこいつをみました。…いえ、みたと思うんですが」

目を閉じていう関を、鷹城が茫然と見あげる。

「関、僕を?」

「それから、そのまま車を止めてた、…んだとおもうんですが、…―――気がついたときには車から出てました。頭が痛くて目が醒めて、…―――」

思い出すようにきつく眉を寄せて、苦しげに絞り出すようにしてくちにする。

 滝岡が、黙って関の様子を鋭く観察する。

語りながら関が僅かに首を振って目を閉じる。

「ドアが開いていて、地面に座って車に凭れかかっていて目が醒めました。酷く気分が悪くて、…もう日が暮れ始めていて、時間に驚いて戻ったんですが。酷く頭が痛くて、本部まで戻って、―――気になってそちらに連絡してみたら、戻ってないのを知って、それで」

言葉が切れた関に、橿原が訊ねる。

「それで、君は僕を探して、さらに鷹城君の身に危険が迫っているのではないかと考え、僕を伴って――あの村に戻り、そうして、鷹城君を捜索し見つけたのですね?」

「そうです。…」

大きく首を振ってくちびるを咬んで俯いて額を押さえる。

「だから、俺が鷹城を襲ったのかもしれない、―――でなくてどうして、あのとき現場に案内できたんです?…それに、」

焦れたようにいう関に、鷹城が声をあげる。

「違いますよ、きみじゃない!」

「どうしてそういえるんだ?記憶はないんだろ?俺もないんだ!しかも、凶器に見覚えがある、…くそ、」

「それは確かに記憶はありませんけど、関がそういうばかなことをする訳がないだろう!いくらばかでも!」

怒ったように鷹城をみる関に、鷹城が反論する。

反論する鷹城を関が睨む。

「憶えてないんだろうが!誰に襲われたか!」

「それはそうだけど!関がやるわけないだろ!このばか!」

「誰がばかだよ、…!俺がやってないって証拠でもあるのか!」

「あるわけないだろ!でも、きみみたいなばかがやるわけないだろ!何考えてるんだよ!少しは頭を冷やしたらどうだよ?」

「冷やすのはそっちだろ!おまえは気を失ってたんだ、…おれは、」

怒鳴り合う二人に、滝岡が他所を向いて、ふう、と溜息を吐く。

 腕組みをして、そうしてその二人を睨んで。

 何かいいかけて、橿原をみて口を噤む。

「御待ちなさい、関さん、鷹城君」

けして荒げない橿原の声に。

 はっとしたように、関が橿原をみる。

「…―――すみません」

鷹城から視線を逸らす関に、怒ったように鷹城が云う。

「僕は謝りませんよ。関が犯人だなんて、物凄く馬鹿げている」

その声に関が鷹城を睨む。

「…―――」

さらに関を睨み返す鷹城に――――。

ゆっくりと滝岡が口を開く。

腕組みをして二人を見据えて。 

「関、秀一。おまえらな。…関、怪我人を興奮させてどうする。それから、秀一。いまおまえは俺の患者なんだからな。いうことは聞いてもらうぞ。病室で騒ぐな」

滝岡があきれたように二人を見据えていうのに、関がそっぽを向く。それに、鷹城も反対側を睨むようにみるから。

 滝岡が俯いて嘆息して。

「…―――まったく、…。おまえたちは本当に、子供の頃から変わらんのか。

この年になっても、おまえ達の喧嘩の仲裁をするほど、暇じゃあないんだが。

それに、院長もです。何をしれっとしてるんですか。伝えたい事があるからというので、面会は許しましたが、患者を興奮させるのなら出て行ってください」

軽く睨んであきれた風にいう滝岡に、橿原が少し驚いたようにしていう。

「…――きみにしては珍しく正論ですね。それに、普段僕を怒るより、随分と調子が優しいんですけど」

 本当に驚いた風でいう橿原に。

心底あきれたように院長を眇めた視線でみて、滝岡がしみじみと答える。

「患者に関する事ですから。それから、院長。私は警察官ではありませんのでね。此処は、この場にこの馬鹿を拘束する警察を呼ぶか、あなたに一緒に付いて行ってもらって、自首か何かして、調べて貰うのがいいと思うんですが」

「その通りですね、滝岡君」

「橿原さん!」

滝岡の提案に頷く橿原に、抗議して鷹城がみる。

橿原を睨む鷹城に、関の腕に軽く手を置いて橿原が。

「どちらがいいですか?僕なら御一緒に課長さんの処にお連れしますが」

「…すみません。お手数をお掛けしますが」

「――――橿原さん!関も!何いってるんだって!」

橿原に頭を下げる関に、怒る鷹城に滝岡が睨む。

「おとなしくしていろ。おまえ、患者だぞ」

橿原もまた振り向いて、淡々とくちにする。

「君も怪我人らしくおとなしくしていなさい」

「関が、犯人の訳ありません」

頑固に睨む鷹城に、軽く橿原が受け流す。

 応えずにそのまま関の背に軽く手を置いて促して。

「では、関さんの証言について、調書とやらを取りに参りましょうか」

「お願いします。お手数をお掛けします」

再度、頭を下げる関を、滝岡が見詰める。

 それにも気づかないように、関が視線を伏せて閉じ、くるしそうに、ぽつりとくちにする。

「すぐにいわなくて申し訳ありません。…―――あの村に戻って、それで、…何か思い出すかと」

鷹城がその関を目を見張って見詰める。

「わかりました。――つまり、関さんが自分を犯人かもしれないと思う理由は、記憶がないことと、凶器に見覚えがあること、それに、鷹城君が閉じ込められていた小屋に僕を案内できたということですね?」

「はい」

橿原を真直ぐみて関が答える。

「わかりました」

「橿原さん?」

思わず声を上げる鷹城に答えず橿原がいう。

「滝岡君、大変御苦労ですが鷹城君をお願いしますよ」

「はい、院長」

滝岡が背を向けて去る橿原と関を見送る。

「まってくださいよ、橿原さん!」

抗議する鷹城に、関も、橿原もまた答えない。

「…ちょっとまってください!橿原さん!関!」

関が扉の向こうに、橿原に腕に手を置かれて出ていくのを見送る。

橿原が静かに扉を閉める。

「…っ!なんだって、」

鷹城が拳を握り、身体を浮かせて立ち上がろうとする。

それにつれて左腕につけられた点滴が動いて振り向いて滝岡を睨む。

 その鷹城に。

「いっておくが、それ以上暴れると」

「暴れると?」

問い返して睨む鷹城の左腕から抜け掛けた点滴を直すと、点滴の落ちる速度を確認して、脈を計り、横にされて気に入らないように見上げる鷹城に云う。

「こども用のシロップを処方してもらうぞ。飲み薬も糖衣錠に換えてやろうか」

「―――――甘いものは好きだけど、…あの甘さは苦手なんだけど。――――医者がそういうこという?」

「いやならおとなしくしろ。大体、患者が大声を出して暴れるな。他の病室にいる患者さん達に迷惑だ」

淡々と点滴等を確認しおえて時間を計り、看護記録に記入していう滝岡に。

「―――その点は、…反省してます」

難しい顔でいう鷹城に微かに笑む。

「わかればいい。…まったく、昔から、おまえも関もけんかすると頑固で互いに引かないから困る」

申し送りの記入をして、部屋を出ようという滝岡に、鷹城がぼそりという。

「…――もう子供じゃありませんから」

「充分、こどもだ、そういう処が、――困ったことにな。関もだが。…さて、後からくる看護師さん達を困らせるなよ?病院から脱走もダメだ。俺は、回診があるんでな。本当におとなしくしてろよ?」

扉側に移動して、眉を寄せて滝岡がいうのに。

「こどもじゃないですから、看護師さん達を困らせたりはしません。…脱走は約束しませんけど」

鷹城の言葉に、困ったな、と云う風にして枕許に近付き、寝かせた鷹城の頭を軽く叩いて。

 困った顔で。

「あのばかは一度徹底的に調べてもらった方がいい」

「…――――」

そうして、背を向けて出て行く滝岡を、鷹城が眉を寄せて見詰める。




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