第27話 side加堂遼一

『な、なんだお前はッ! いったい何処から現れた!?』


 なんだこの男!? いきなり現れて俺の触手を斬りやがった!


 あと少しで沖崎を殺せたんだぞ!? なのに邪魔しやがって……!! 何処のどいつかは知らない。だが俺の邪魔をするなら、沖崎ごと纏めて殺してやるッ!!!


『答えろッ! お前は誰だ、どうして俺の邪魔をする!?』

「ぎゃーぎゃー煩いな。人に名前を尋ねる時は、まず自分からって親に習わなかったのか? ……いやお前はモンスターか。じゃあ習ってる訳ねえよな――っ、と!」


 ずんっ!!! 腹部に強い衝撃。


 それが痛みだと理解した時、既に俺は宙を舞っていた。



『ぐぉおおおおおおおおおおおおおおっっっ!?!?!?』



 ――いや違う! 蹴り飛ばされたのか!?


 変異した俺の身体は高さだけで3メートル以上! それを奴は片足で蹴り飛ばしたのか!? いったいどんな脚力しているんだ! あの男は化け物かッ!!!


 屋台を薙ぎ倒しながら十数メートルは吹き飛び――ようやく停止する。


『ぐっ、……やりやがったなァ!? 絶対に殺してやるッ!!!』


 上手く屋台がクッションになったか。直接蹴りを喰らった部分以外は幸い、さほど深刻なダメージを受けていない。この程度ならすぐに態勢を立て直せる。モンスターの身体は頑丈だ。例え普通なら致命傷の攻撃を喰らっても、すぐに回復が可能だ。


 触手を支えに立ち上がろうとして――


「おっと。動くなよ。動くと痛い思いをする羽目になるからな」

『ぐぁああああああああああああああああっっっ!?!?!?』


 焼けるような激しい痛み。身体の内側を貫く異物感。

 見れば、男が鉄パイプで俺の触手を串刺しにしていた。


『お、お前ぇえええええええええッ!!!』

「おーおー、元気がいいな。マジでイカみたいだ。鉄パイプを刺した瞬間、触手が滅茶苦茶に暴れ始めやがった。幾らでも暴れていいぞ? 絶対に逃がさないけどな」


 殺すッ! 絶対に殺すッ!!


 今に見てろ。その余裕な面をズタズタに引き裂いてやる……ッ!!!


「抵抗が激しくなった。いいね。これなら遊び甲斐が「桜江さん!」……ん?」


 男が突然、顔を別の方向へ向ける。

 咄嗟に視線を追えば――沖崎の姿が。


「桜江さん、その人はモンスターじゃありませんっ! 薬の効果で見た目こそモンスターと化していますが、れっきとした人間です! どうか殺さないでください!」

「へえ、そうなのか? 道理でやたら人間臭い動きをする奴だと――」


 ……殺さないでくれ、だと? 殺し合いをしている最中に?


 ましてや俺はさっき実際に沖崎を殺し掛けたばかり。無事なのは偶然、あの男があいつを助けたからってだけだ。なのに……俺を殺すな、だと? ――はぁ!?


『グォオオオオオオ、ォオオオオオオオオオ――ッ』

「ん、なんだ? 急に力が馬鹿みたいに強く……」



『――オオオオオオオオッ! オオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!』

「――!? まずいっ、鉄パイプ一本じゃこれ以上抑えられ……っ!?」


 ぶつん! 貫かれた触手を自ら千切る。そして上に乗る男を振り払った。



『やっぱりお前が気に入らねえっ! 沖崎ィッ!!!』

「加堂さん……! 例え貴方自身に受け入れられなくても、私は貴方を助けてみせます! ――“力なき者の力たれ”。それが武装貴族、沖崎家の家訓ですから!」

『ならやってみろ沖崎ッ! お前にそれが出来るならなァ!?』


 懐からもう一本、『モンスター化薬』を取り出す。


 あの怪しい男から聞いている。『モンスター化薬』は悪魔の薬。決して真っ当な薬ではない。飲み過ぎれば人間としての意識を維持する事は出来なくなる、と。


 ――けど、それがどうした?


 意識まで化け物になる? 構うものか。例えそれで人間としての俺が死を迎えたとしても、それで沖崎とあの男を殺せるのなら安い出費だ。心の底からそう思う。


 気に入らないモノ全て壊す! それさえ達成できれば十分だ。


 手に持った『モンスター化薬』。それを一息に煽ろうとして――


「――おっと。悪いな、それを飲まれる訳にはいかないんだわ」

『なっ……!? 何をする!? それを返せッ! クソ野郎ッ!!』

「返す訳ないだろ。駄目だぞ? こんな物飲んじゃ。健康に悪い」


 ――しかし飲む前に奪われる。下手人はあのふざけた男。


「ふーむ。これが『モンスター化薬』か。手に取って見るのは初めてだが、随分不味そうな見た目してるんだな。まず緑色の液体って時点で飲む奴の事考えてない。いやこれはこれでアリなのか? こんなに不味そうなら間違って飲む奴もいないしな」

『ふざけるな! そもそも間違って飲む奴なんかいない。『モンスター化薬』はダンジョン教団が作ってる薬だぞ。手に入れられるのは、自分で使う者だけだ!!!』

「そうかそうか。――情報提供ありがとう。教えてくれるなんて親切だな、お前」


 にかっ。楽しそうに男が笑う。

 ……その笑みが余計気に障る。


『ッ!? ――その顔をやめろッ! クソ野郎ォオオオオオオオッッッ!!!』

「情報提供のお礼に、俺もお返しをやるよ。生憎手持ちに菓子や土産物がないから物じゃないんだが。きっとお前も気に入ってくれると思うぞ? なにせ――」

『――なっ!? 消えた!? いったい何処に行って――がっ!?』


 下からの衝撃。目を向けると男の姿。


『お前、いつの間に潜り込んで――ッ、ガハァッ!?』


 男は答えず。代わりに拳による殴打を叩き込んでくる。


 一発、二発、三発。四発五発六発七発八発九発。

 無限にも思える連撃。身体が滞空したまま落っこちない。


『ごふっ!? ぐ……っ、げほっ。ごほっ!』


 そして――百発目。ようやく奴は俺を叩き落とした。


 地面が近い。口内に幾らか土が入り込んだ。じゃりじゃりと口の中に不快な感覚が広がる。味わわされた土の味がこんなにも屈辱的な事を、俺は初めて理解した。


「――お前を人間に戻してやるんだからな。嬉しいだろ?」

『……にん、げん? 人間だと!? なにをするつもりだッ、やめろォ!?』


 男が俺から何か・・を抜く。止める暇もなかった。


 ――瞬間、俺の身体に異変が起こる。


 変化……いいや、退化か。まるで時を遡るようにモンスター要素が抜け落ち、反比例して人間の要素を取り戻していく。退化を止めようとしても無意味。異常が起きているのは身体の内側。どれだけ止めたいと願っても、変化が止まる事は無かった。


 ――そして。俺は完全に元の姿へと戻っていた。


「くそっ! くそっ! ……くそォッ!!!」

「おー、荒れてる荒れてる。ストレス一杯って感じだ」


 今すぐにでも奴を縊り殺してやりたい! ……だが、それは出来ない。身体が完全に元に戻っている。化け物モンスターではなく、ただの人間、加堂遼一の脆弱な身体に。


 モンスターになっても勝てなかった。どうして人間のままで勝てる?


 それに……どのみちもう身体は言う事を聞かない。一度モンスター化し、更に人間へ戻るなんて無茶をやらかしたんだ。戦闘で受けたダメージもある。とっくに限界を迎えていたんだろう。指一本動かせそうにない。立ち上がる事も、当然出来ない。


「しばらく寝てろ。次に起きた時は病院だ。多分な」

「く、そぉ……ッ」


 首元に衝撃。意識が明滅する。


 掠れゆく視界。少しずつ遠くなっていく世界。

 沖崎と何かを話す男の背を眺めながら、思う。



 ――くそッ。勝ちたかったなぁ。こいつらに。

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