第16話 上手くいかない

 理は次の日からとても忙しい日々を送るようになった。朝から夕方までは車系メディアの記事を書き、夕方からは新しいクライアントの記事に取り組む。ひとりでこなす仕事量としては多すぎるほどだ。


 その翌月からは車系メディアの仕事量が半分に減り、午前中にそちらの仕事を済ませると、午後からは新しいクライアントの仕事をこなす。さらに彼は仕事を増やすため、その他のクライアントの仕事も探し始めた。


 ――記事構成の仕事か、それならできるかも


 理は記事作成の仕事以外に、新たに記事の構成を作る仕事も始めた。こちらはライターが書く記事をどういった構成にするのかを考える仕事で、これまでの経験から「できる」と判断して受注したのだ。


 それから彼はさらに忙しくなった。朝から晩まで働くような日々が続き、ほとんど休みという休みが取れない状況が続いた。肉体的にだけでなく、精神的にも苦しくなってくる。


 それでも必要な収入を得るために今はこれだけの仕事量をこなすのは仕方なく、彼は自分に鞭を打ってでも仕事を続けた。だが、そんな生活は長くはもたない。会社を辞めてから半年が経ち、そして、一年近くが経とうしていた頃。彼は仕事を休むことにした。


 と言っても、以前から仕事をもらっていた車系メディアは継続的に仕事をくれるため、そこだけは彼も受注し続け、その他の仕事を辞めることにしたのだ。あまりにハードな期間を一年近くも過ごし、彼の心と体は疲弊しきっていた。


 ――思っていたのと違う


 会社を辞める前は希望を持っていたが、実際に専業でwebライターを始めてみると、思っていた以上に大変だった。なんとか一年近くは踏ん張ってみたが、「このままのやり方では自分がもたない」と感じ、思い切って一旦仕事量を減らしたのだ。


 これ以降、彼は午前中は車系メディアの仕事をこなし、午後からは自分で調べながらwebライターとしてどうすればいいのかを模索しはじめる。単価の高い仕事を受注したり、自身でwebメディアを立ち上げるなど、やり方は色々とあった。


 ――みんな色々とやってるんだな


 理は調べた内容をもとに一度自身でもwebメディアを立ち上げることにした。彼が作ったサイトはトレンドニュースをまとめたもの。テレビやSNSで話題になっているニュースを自分なりに編集して記事を投稿し、ネット検索やSNSからアクセスを狙うといったものだ。


 サイトの立ち上げ自体はとても簡単なもので、初心者の彼にも何をどうすればいいのかがすぐにわかった。また、webライターとしての経験から記事の構成から作成までは問題なく、立ち上げから記事の投稿まではスムーズに進められた。


 午前中は車系メディアの記事を執筆。午後からは自身が立ち上げたサイトの運営を行い、それなりに充実した日々を送っていた。かに見えたが、実際、彼の立ち上げたサイトはアクセスがまばらで、たまにアクセスが伸びることもあったが月全体で見ればいまひとつ。


 サイト運営自体は広告収入が主となっていたが、思った以上に収入には結びつかない。自分なりにアクセス増加につながるやり方を調べ、ひとつずつ真似をしてみるが、思ったようにはいかなかった。


 ――上手くいかない!


 理は焦りばかりが募った。自分なりには一生懸命頑張ってはいるものの、なかなか結果には結びつかず、苦戦する日々。サイト運営は比較的誰でも簡単に行うことができるが、ライターとは違い、記事を書いたからと言って収入になるわけではない。サイトへアクセスが集まり、訪問者が広告をクリックしてくれて初めて収入が生まれるのだ。


 サイト運営を始めてから三カ月ほどが経った頃、彼は再びwebライターの仕事に目を向けるようになっていた。もう少しまとまった収入が必要だからだ。サイト運営はほどほどに、もう一度できることからやっていこうと考えていた。


 ――もう一度やってみるか


 理は次の日、久しぶりに休みを取った。今日は眞鍋が遊びに来るからだ。二人は眞鍋が絵を描いて以来、たまに会う程度の仲になっていた。だが、今回は一カ月ほど会っていなかったため、彼女が家に来るのは久しぶりだ。


「鼻毛は余計なんだよな」


 理は眞鍋に書いてもらった絵を眺めながら、嬉しそうな表情を浮かべる。


「ピンポーン」


 玄関からチャイムの音が聞こえた。理が出ようとすると、その前に玄関が開く。眞鍋だ。


「やっほー!久しぶり」

「おぉ~、久しぶり、髪切ったんだね」


 眞鍋は以前はロングヘアだったが、久しぶりに会った彼女は髪型をショートボブに変えていた。


「かわいい?」

「かわいいよ」


 そう言葉を交わし、玄関から彼女が入ってくる。


「髙平くん、なんか痩せたね」

「痩せた?」

「どしたの?」

「まぁ…、仕事が大変だったからかな」

「そっか」


 二人は会話をしながらリビングへ。理は冷蔵庫からお茶を取り出し、彼女のコップと一緒にテーブルへ置いた。


「めちゃくちゃ久しぶりだよね」

「うん、連絡はしようと思ってたんだけどね、仕事が忙しくて…」

「そうかなと思って、私も連絡しないようにしてたよ」


 理はコップへお茶を注ぐと、タバコに火をつける。


「そういえばさ、私会社辞めたよ」

「辞めたの?ってことは…」

「そう、行くよ、フランス」

「いよいよか」


 眞鍋は「やっとこの時が来た」と言わんばかりの表情を浮かべ、理もそれを見て嬉しそうな表情をする。


「んっ?」


彼女はテーブルに置かれた理の似顔絵に気付くと、突然笑い出した。


「アハハ!懐かしいね、これ」

「鼻毛は余計なんだよ」

「アハハ!我ながらいい出来だわ」


 理は「気に食わない」と言いたげな表情を見せ、眞鍋はそんな彼の肩をポンポンと軽く叩く。


「そう言えばフランスはいつ行くの?」

「四日後かな」

「すぐじゃん」

「すぐだよ」


 眞鍋はフランス行きを四日後に控え、ヤル気に満ち溢れた表情を浮かべている。彼女の新たな一歩が始まるのだ。そのワクワクしている様子は疲れきった理にはとても輝いて見えた。

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