歌集 蟹だまし

終わりにちかい(30首連作)

宝箱開けるみたいにコピー機の蓋をいっぱいまで持ち上げる

ヒーローになりたい「今日のシャツの色いいですね」って言うヒーローに

【ジャヌビア】のでかい磁石で貼ってある誰も取らない中華のチラシ

お昼ご飯メロンパンだけですかって別に訊いても良かったんだな

ネットでも調べられないことなんか訊かないでくれアタック　着地

月給から月謝を払って時は過ぎ気がつくと字が上手くなってる

ペラペラのタンクトップもハンガーにうまく掛ければ掛かってくれる

台風の進路を見てる　桃の皮皿のふちへとなすりつけつつ

スプーンでカップの底に丸を描く大きくなったら結婚しない

やわらかいボールのどれを選んでも強く投げつけられると痛い

どいてくれ彼女が待っているんだという男からどかされている

とくべつなシーツの上に寝転べばわたしは開きたてのふくろとじ

そっくりなものが並んで移動する　回転寿司のすてきなところ

【愛されて８０年】の看板を看板として見上げてやった

ポケットに仕舞った覚えがない鍵をまずポケットのなかから探す

梅干しを食べたかどうか教えないローファーを買った店教えない

少しずつあなたがマジの顔になる今まさに風のなかにいるんだ

ハッピーセットくらい食べるよ大人でも誰の子供のためじゃなくても

一人だと気にすることは少なくて気になることのほうに向かえる

公園で鳩に言葉を教えてる彼の言葉はみな鳩のもの

忘れたと言われてほっとしたあとで悲しくなった　あれは山です

待っている間もたくさんやることはあるから夜の地下道をゆく

いつまでも見つめてほしい焼きそばが肉とキャベツと麺になるまで

見た感じ傷んだところをくり抜いて食べて今まで無事でいるのだ

ヒーローになるなら名前はジャヌビアにしよう　ジャヌビア　いいな　がんばる

明かされた謎はふたたび謎になる　また前髪を食べてしまった

自分から自分へ好きって言ってみたそんなに悪い気はしなかった

ずっとここで暮らせたらいい洗い物するのがそんなに苦じゃない季節

飲みかけのペットボトルの奥にある味噌がそろそろ終わりにちかい

ジャヌビアがなんであろうと構わない百万円を無利子で貸して