第44話 元世界王者よ、返り咲け・前編

「よお」

「…………アミア」


 俺の背後から部屋の扉が開く音がした。

 入ってきたのはアミアだった。


 鍵閉め忘れていたっけか。

 いや、そんなこともしたくなかったのだろう。


「なーに辛気臭い顔してんだよ」

「いや……するだろ」

「はは、それもそうか」

「つーか俺の顔見えてねーだろ」

「今のお前の顔なんか見なくても分かるわ」


 俺は返事をしながら振り返った。

 アミアはいつものいらずらっこの笑みではなく、優しい笑顔を浮かべていた。


 そして俺の側まで歩いてくると、よいしょと言いながらベッドに腰掛けた。


「……何の用だよ」

「用がなきゃ来ちゃダメか?」

「少なくとも今日はダメだろ。というか止めてくれ……」


 俺がここまで落ち込んでいるのは察せなくとも、部屋に入ればすぐに分かるだろう。


 というか、アミアのことだ。

 気づいていながら今座っているのだろう。


「今日だからこそ、来ないといけないだろ」


 やっぱり気づいていたようだ。


「普段は負けず嫌いに抑えてるかもしれないが、エルのプライドの異常な高さは、俺が1番よく知っている。そんなところに俺、参ッ上ッ!」


 アミアはどんっ、と効果音が付きそうなほど大きく胸を張り、よく見る不敵な笑みを浮かべた。


 俺がこんな状態だから、『いつも通り』を無理やり取り繕ってくれてるのは、一目瞭然だが。


「エル」

「……なに」

「もう一回対策考えねーか?」


 ひどく真剣な声色になったかと思えば、またか。

 第1試合のあと、アレだけ考えて考えて考えて、そして何も通用しなかったというのに。


「──俺は、完璧を求めてるんだ」


 ただ否定するのは違う気がした。


「5年前も4年前も、ピンチになったらめちゃくちゃ考えて、切り抜けるための最適解を導き出してきた。無ければ作った。俺は、必要な努力は何が何でも怠らない。たとえ今でも、『必要であれば』怠らない」

「エル…………」


 一度呼吸を挟み、そして。


「アミア、俺ははしたくないんだよ」


 俺はきっぱりと、力強く答えた。


 この俺の回答はアミアからしてみればかなり酷なものだろう。

 それで、いいのだ。


「頼む、1人にしてくれ。大丈夫、明日もちゃんと行くし、本気で戦うから」


 俺は再びアミアに背中を向けながら言い放つ。

 はぁ、という俺のため息が夜の闇に溶けていくようだ。


「もう俺の言葉も届かんか」

「悪いが孤立主義なんだ」

「しょうがない、か……」


 アミアは諦めたように呟くと、ギィとベッドを軋ませながら立ち上がった。


 やっと1人になれる。

 俺がそう思っていると──


「おーい! いーよー!」


 あらぬことか、誰かを呼ぶように部屋の外に向かって叫んだ。

 あまりに唐突な奇行に俺も思わず振り返り、部屋の入り口を見てしまう。


 すると。


「なあああああにめんどくさいこと言ってんすかああたあああああああああっっっ!!!!」


 1人の少女が大声を出しながらドタバタと走って来た。

 俺が驚いて立ち上がると、その勢いを保ったまま俺の腹に一直線に進んできて──


「頭突きぃぃぃっすうううううう!!!!!」

「騒音問題なるだろおおおおおお!!!!!」


 そのまま頭突きというか体当たりをしてきた。

 しかし、男女的なものや身長差も相まって、俺はそれを優しく受け止められた。


「あ、あれ、ダメーなしっすか……?」

「それよりも、なんでいるの──あおち」


 思い通りにいかず素っ頓狂な声を上げる少女──もとい、俺の同期のあおちに俺は質問する。


 何事もなく救世主っぽく登場したけど、ここアメリカぞ……。


「え、いやその……アミアさんに呼ばれて、っすかね?」


 多分それはほんとなんだろうが、『アメリカのどこかから』じゃなくて『日本から』の理由が知りたいんだよ……。


「あおいちゃん、『うち、現地でレイさんとアミアさんの応援したいっす!』って言い出したかと思えば、恐ろしい行動力で準備してすぐに来たんですよね」


 俺が困惑してると、さらに1人の女性──さくちが入ってきた。


「ちょちょ……さくちゃん! なんでほんとのこと言っちゃうの! 恥ずかしいじゃん!! めっ、だよ、めっ!!」

「あおいちゃん、語尾語尾」

「………〜〜〜〜っ!!!」


 俺から離れたあおちは耳を真っ赤にしながらさくちの元に行き、くっつきながらポコポコと叩いた。


 2人とも……応援したい一心でアメリカまで来てくれたの……?


「ほらあおいちゃん。本題に入らなくちゃ!」

「……あとでまたポコポコするから」

「はいはい。ふふっ」


 さくちの目が完全に子供を見るヤツだ。


「コホン……レイさん。うち、レイさんの昔のことは詳しく無いっす」


 あおちはそんなことから切り出した。


 口調はいつも通りなのに、その雰囲気は真剣一色だった。


「レイさんが今こうなってしまった理由だって、正直あんまり理解できてないかもっす」


 あおちは俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。

 だから俺は、何も言うことなくその言葉に耳を傾けた。


「でも、うち、知ってるっす! まだ2ヶ月経たない関係だけど……1つ、よく分かってることがあるっす! レイさんは、何があっても諦めることだけはしないって!!」


 ────『何があっても諦めない』。


 当たり障りの無い言葉だ。

 でも、あおちの気迫と信頼の込もった声は、俺の心に届いた。


 ……今日の1件で、俺のプライドはめちゃくちゃになった。

 今まで狂犬と呼ばれていたプレイが、正面から戦って敗れたのだから。


 でも──それでも────




 諦めることだけは、1番ダメだろ!!




 長年無かったことにパニックになってしまって、そんな簡単なことも忘れてしまっていた。


 プレイの研究だって、elle式の開発だって、常人の域を超えた努力をしてきた。

 言い換えれば──諦めることだけは一切しなかったんだ。


「あ、えと……」


 俺が急に黙り込んだことに焦り、あおちはあたふたとしてしまう。


「それか……その……うち、レイさんのひたむきに努力して勝利を勝ち取る姿が……見たいっす。もしほんとに頑張れなくても──うちだけは、他の誰よりもレイさんを応援してるっすから!!」


 恥ずかしいのか顔を赤くしながらも、しっかりと本音を伝えてくれた。



 そうだよな…………



 俺が諦めたって何にもならねえ。



 でも、



 俺が努力すれば、それを喜んでくれる人、楽しんでくれる人はいるはず。



 5年前みたく、もう自分だけを考える人生じゃないんだ。












「──……アミア、悪あがきするぞ」


 俺はあおちの頭を優しくポンと叩き、そしてFLOWを起動した。


「……おうっ!!」


 アミアの今日1番元気な返事が返ってきた。


「レイさん、うちたちももう少しいていいっすか?」

「あぁ。むしろいてほしいよ」


 俺はふっきれた笑顔をあおちに返した。


「しかしアミア」

「ん?」

「ここまでして俺を見捨てなかったってことは、策があるのか?」


 アミアだって、無意味にこんなことをしてないはずだ。

 疑問形にしたが、ほぼ確信である。


 すると、その想像通りアミアはニヤリと笑った。


「もちろんだぜ。多分そろそろだと思うが──」


 すると完璧なタイミングで。


「──ドア開けっ放しは危ないですよ」


 が部屋の入り口から聞こえてきた。


「……マジぃ?」

「マジだよ、大マジ。本物のエミリアさんだぜ」

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