第32話  波紋!

「沙耶、なんでそんなに明るいねん」

「だって、年末年始はどこかに行きたいじゃない」

「あのなぁ、お前の借金、第2弾が届いてるんやぞ」

「うん、ごめんね」

「“ごめんね”じゃないやろ、これ、誰が払うねん」

「ごめん、崔君。払ってください。お金は働いて返すから」

「まあ、この金額やったら払うけど。ほんまに返せよ。っていうか、結婚前に“借金がある!”って言わなかったこと、僕は許してへんよ」

「ごめんなさい」

「ほんで? なんやその手に持ってるのは?」

「旅行会社の雑誌。私、某テーマパークのカウントダウンに行きたい!」

「パンフレット、見せて」

「これ! 電車代と宿泊代とフリーパスのセットで、このお値段!」

「おお、確かにこれはお得やなぁ」

「でしょ? でしょ? 申し込もうよ」

「わかった。その代わり、年末年始はこれだけやで。借金を隠して結婚した罰や。更に、2人で15万渡した食費が足りなくなったルーズな金銭管理の罰や!」

「うん、わかった!」

「その前に、1つ確認したいことがある」

「何?」

「お前の借金は、これで終わりやろな?」

「うん、それで終わり。それで全部」

「よし、それならカウントダウンに行こう」



 大晦日の前日、僕等は駅の側のホテルに泊まった。指定された電車が朝早かったので、間違っても遅刻しないように泊まったのだ。


 ところが、僕が目覚めた時には大遅刻だった。わけがわからない。ホテルの目覚ましをセットし、更にモーニングコールもフロントに頼んでいたはずなのだ。


 僕は腹が立って、フロントに電話した。


「すみません、僕、モーニングコールをお願いしたはずなんですけど」

「はい、電話しましたよ。スグに電話に出られましたよ」

「僕、電話を受けてないんですけど」

「はい、女性の声でした。スグに電話をお切りになられました」

「沙耶かよ!」


 僕は沙耶を起こした。電話機は沙耶の横、沙耶の横のアラームボタンはオフになっていた。要するに、アラームもモーニングコールも沙耶が遮断していたのだ。


「沙耶、今、何時やと思ってるねん!」

「ああ、もうこんな時間なの? ああ、まだ眠い」

「起きろ! 旅行代理店に電話する」


 旅行代理店に電話したが、往きの電車代はこちらが払ってテーマパークに行かなければならなかった。まあ、当然だろう。


「お得なプランが、全然お得にならなくなったやんか、ほら、行くぞ!」


 沙耶は電車でも爆睡していた。僕は沙耶に腹が立って仕方なかった。


 ところが、テーマパークに着くと、沙耶は僕が引くくらい大はしゃぎだった。アトラクションを次と制覇していく。沙耶は、実にわかりやすい人間だった。沙耶は、寝る、営む、遊ぶ、こういうことが大好きな人間なのだ。僕は沙耶に対する情が日に日に削られていく感覚を味わっていた。それは、心地の良いものではなかった。アトラクションで、必要以上に騒ぐ沙耶を見れば見るほど僕は冷めていく。


 土産物売場に寄ったら、ぬいぐるみを見て“見て、見て、これ、かわいい~♪”とか、1人でやっていた。これは、ぬいぐるみをカワイイと思っているわけではない。“ぬいぐるみをカワイイと言ってる私がカワイイでしょ?”というアピールだ。あざとい。沙耶はわかっていない。10代ならともかく、26歳(もうすぐ27)がやってもかわいくないのだ。僕はそんな沙耶を見るのも嫌だった。


 年越し、テンカウントの後、大花火。これは気に入った。僕は桜と花火は大好きなのだ。沙耶に対する腹立ちは膨らんでいくが、この花火だけは良かった。



 僕達はイベントが終わったので帰った。帰ってから、僕はコーヒーを淹れた。ついでに沙耶にもコーヒーカップを渡した。ダイニングで落ち着く。麻紀達に渡す土産はちゃんと買っている。コーヒーを飲みながら、僕は何気なく聞いた。本当に、なんとなく聞いただけだ。


「沙耶、バイトの給料日はいつやねん?」

「なんで?」

「なんでって、沙耶には立て替えてるお金があるやろ? 沙耶の借金は僕に全く関係の無いことやから、これは絶対に返してもらうで」

「給料日、いつなのか? わからない」

「なんで? そんなことも教えてもらってないんか?」

「……私、バイト辞めたから」

「いつ! いつ辞めたん? 僕、聞いてないで!」

「うん、言ってなかった」

「バイトには、何日行ったんや?」

「3日だけ」

「なんやねん、それ? ほな、その後はゴロゴロ寝てたんか?」

「うん、またバイトを探すから」

「それ、麻紀さんは知ってるの?」

「言ってない」

「そもそも、なんで辞めたんや?」

「いろいろあって。私には向いてないと思ったし」

「いろいろって、なんやねん?」

「いろいろは、いろいろ」

「言いたくないってことは、また何か隠してるやろ? 何があったか言うてみろ」

「言いたくない。言わない。別のバイトを探すからいいじゃん」

「麻紀さんに電話する。また麻紀さんにバイトを紹介してもらえ」


 僕は麻紀に電話した。


「崔君? あけましておめでとう」

「おめでとうございます。麻紀さん、すみません、お願いがあるんですけど」

「何? なんでも言ってよ」

「沙耶に新しくバイトを紹介してあげてほしいんです」

「どうして? 沙耶は雅ちゃんのとこでバイトしてるでしょ?」

「3日で辞めたらしいです。また紹介してください」

「そうなの? ちょっと沙耶に代わってちょうだい」

「代わります」


 沙耶と麻紀は、しばらく話していたようだった。僕は心が疲れて布団で眠ってしまった。



 その日、僕は体調不良で早退した。沙耶がいない。買い物にでも行ったのだろうか? ふと、固定電話(まだ固定電話が置いてある時代)の横のメモ書きが目に止まった。


“けんちゃん、11時、駅前、はあと”


僕は目の前が真っ暗になった。







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