第30話 急展開!
「崔さん、新しい彼女はどうなの?」
「どうなの? とは?」
「上手くいってるの?」
「天野さんの方は、上手くいってる? ナンパしてる? テレクラ行ってる?」
「まあ、ボチボチ。ナンパは1人で行く気がしないから、テレクラには何回か行った」
「それで、当たりは?」
「まだ」
「こっちも上手くいってるとは言えないんですわ」
「尻軽女かもしれないんです。そういう疑惑がありまして」
「何、それ? どういうこと?」
「いやぁ、話せば長くなるんで。それから、金目当て疑惑もあるんですよねー!」
「金目当て? 目当てにされるほど、俺達は稼いでないじゃん」
「そうなんですよ。どうも、彼女がアホやったから、間違えて僕のところに来たっぽいんですよね-!」
「ダメじゃん。別れた方がいいんじゃないの?」
「勿論、別れることも視野に入れてます」
僕と連日会っていながら、他の男に抱かれたかもしれない。僕の年収が800万と勘違いしていたかもしれない。なんで、こんな女性と付き合ってるんだろう? 自嘲してしまう。
沙耶と麻紀から、また沙耶の家に戻ってこいと何度かいわれた。沙耶はともかく、麻紀に気を遣ってまた沙耶の家から通勤するようになった。
僕は当時、バツイチということにコンプレックスを抱いていた。かなり大きなコンプレックスだった。そんなバツイチの僕を、麻紀は暖かく迎えてくれて、親戚に紹介するなど認めてくれた。そのことには感謝していた。その感謝が大きくて、沙耶と別れにくかったのだ。こんな僕に、ここまで優しく接してくれるのは沙耶と麻紀くらいではないか? と思っていた。その気持ちに応えたいという感情が日に日に強くなっていた。
或る晩。沙耶が寝た後の麻紀とのトーク。
「崔君、最近、悩んでるなぁ。顔を見たらわかるわ」
「わかりますか?」
「わかるわ。沙耶のことなんでしょ?」
「まあ、そうです」
「気になってることがあるんやろ?」
「はい、2つ」
「何を悩んでるの?」
「1つは、やっぱり、僕と連日会いながら店長に抱かれたのか? 沙耶は尻が軽いのか? 大丈夫なのか? 沙耶を信じたいけど信じ切れない、これでモヤモヤしますね」
「なるほどな、まあ、それは仕方ないやろな、それで、もう1つは?」
「沙耶が僕の収入が目当てで近付いてきたのか? これも気になります。あの時の沙耶の姿を見ましたが、年収800万に勝手に浮かれていましたから。あの時、あの話をしていた時の沙耶の姿を麻紀さんにも見てもらいたかったです。800も無いって言ったらガックリしてましたしね」
「あの娘(こ)は、ちょっとわからないところがあるからなぁ」
「沙耶の中身が麻紀さんだったら良かったんです」
「私?」
「はい。嫁に浮気されたトラウマを持っている旦那様をケアしたところとか、旦那様を喜ばせるために着物を着ていたとか、沙耶にそういう良さがあれば、僕も迷わないんですよ」
「そんなにたいしたことはしてないけど、褒めてくれてありがとう」
「沙耶には、そう気遣いが無いんです」
「そこは、私がついてるから安心してくれたらいいよ。今の沙耶は歳の割に頼りないから、沙耶が精神的に大人になるまでは私が躾しようと思ってるの」
「そうですね、そうしてほしいですね」
「どう? 思い切って沙耶と結婚してみない? 籍を入れて社宅に住むの。式なんか後でいいから。その方が、沙耶も早く落ち着くと思うから」
「今の沙耶を嫁にもらうのは……やっぱり不安があるんですよね」
「私が沙耶をフォローするから、それでどうかな?」
「正直、僕は麻紀さんに感謝しているんです。バツイチの僕を暖かく迎えてくれたから。麻紀さんに対する感謝が無かったら、僕はとっくに沙耶と別れています」
「そうだったの、じゃあ、そのまま私を信じてくれないかしら?」
「麻紀さんの娘なら大丈夫だという気もするし、大丈夫だと思いたいのですが……」
「だったら、いいんじゃないの?」
「でも、沙耶と麻紀さん、全然似てないから」
「私が改めて嫁として躾するから」
「ああ、今、即答は出来ません。僕、バツ2にはなりたくないんですよ」
「離婚しなければいいだけのことでしょ?」
「ダメです、ここで即答は出来ません、おやすみなさい」
翌日の夕食後にまた結婚の話題になった。
「また結婚の話ですか?」
「そう、また結婚の話」
「麻紀さん、麻紀さんは良い人やけど、時々強引すぎる時がありますよ」
「崔君、私、ママの言う通り崔君と結婚したい」
「沙耶がいろいろ頼りないから迷うんや。沙耶がシッカリしてたら迷わへんよ」
「私、そんなに頼りない?」
「自覚してないんか? 自覚してないところが怖いねん」
「結婚したら、いいお嫁さんになってみせるから。結婚して良かったって思わせるから」
「その言葉を信じられたら、どれだけ幸せなんやろう」
「信じてくれないの? 式なんかいつでもいいから入籍して社宅に入りたい」
「沙耶は結婚したこと無いから呑気でいられるねん」
「そりゃあ、結婚したことは無いけど」
「ダメ! 即答は出来ない」
「崔君、ここまできて結婚できないようなら、もう別れた方がいいかもしれない」
「麻紀さんがそう言うなら」
「そう言うなら?」
「別れます。急かされるのは嫌ですから。じゃあ、僕は寮に戻りますから」
僕は、沙耶の家を出て寮に戻った。
ドアがノックされた。ドアを開けると、沙耶と麻紀がいた。その時、僕は根負けしてしまった。不安要素はある。でも、麻紀がフォローすると言っている。麻紀なら信じられるか? “上手くいくかどうか? これは賭けだ”と思った。失敗する可能性も大きい。だが、僕は、
「麻紀さんが沙耶をフォローしてくれるなら」
という条件で、沙耶との入籍に同意した。それは、覚めない悪夢の始まりだった。
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