第36話、気がつけば、幻の音

「どうしたんです?」『ぎゅ』「寂しかったのは一緒です」『にゃ』「ワタルからのお魚、美味しかったですね」『ゴロゴロ』「今度は一緒に行きますか?」『すりすり』「雨、止みませんね」


農業実習が終わり、7月もいよいよ残すは期末テストのみとなった。二か月近くを過ごし、この学園にも慣れたが、毎度テストの度に雨が降るという、何かエーテルギアが働いているのかと、はじめは思っていた。


「あれ?はじめまして!新入部員の橘瑞樹です!」「あ、うん。セシル・ゲヴィッターです。あれ、橘くんは、演劇部だよね」「え?あなたは演劇部では?」「あ、うん。俺、テニス部だよ。誰かと間違えた?」


ばかな。極薄の白いトーガを幾重にも纏い、ベルトは紫色のゼブラ柄。うっすら透けて見える肉体は鍛え上げられ、布地の重なりの隙間からは複雑な模様のタトゥーが見える。見えない靴下の先はスプリンターのようなふくらはぎと太もも。靴は舌に人の顔がプリントされた赤のグラデーション掛かったスニーカー。


このエルヴァニアで会った誰よりも奇抜な格好で学園内を歩いている。そう、これ以上ないぐらいに「演劇部長」な格好なのにテニス部。意味がわからない。


私は言葉に詰まってしまった。


「セシル…まさか?」

そしてこの、ショートの銀髪で透き通るような淡いグレーの瞳の細マッチョなスリムで哲学者のような雰囲気の青年が、学園の生きる伝説、龍神の生まれ変わり、信じられない雨男だと、わかった。


「あ、うん。テニス部部長です。橘くんは異世界人なんだって?噂になってたよ。クロックタウンへようこそ!」

「え、あ、はい。セシル先輩、ありがとうございます。これからよろしくお願いします」

「うん。わからないことあったら聞いて。俺、学園の近くの出身なんだ。」


独特のテンポに引き込まれてしまったが、私の前世から持っていた「天候を操る能力」を防ぐほどの強烈な雨男。


「先輩達も今週は期末ですか?」「あ、うん。そうなんだ。橘くんは勉強は得意?」「あはは、実はあまり得意では」「そうなの?俺、数学は得意だからわからないことあるなら、今教えようか?」「え?いいんですか?先輩の勉強は?」「後輩に少し教えるぐらいの余裕はあるよ」


そう、この雨男先輩は本気出すと大雨を呼ぶほどの龍神様だが、面倒見がよく、また成績も学園内でもトップ争いをするレベルだと聞いた。しかし、実際に会ったみると、遠目で見た冷たく強く厳しい感じより、ずっと優しい雰囲気だった。


「あ、なるほど。この配線を裏側に回すんですね」「そうそう」「ありがとうございます、セシル先輩。テスト頑張れそうです」「それはよかった」


わからないことを聞いて、彼と別れるとき、しかし、私は間違えてしまった。


「セシル先輩、ありがとうございます。応援してます!私も頑張ります!」


『ザー』『用意『ザー』はじ『ザー』め』『ザー』

初夏の朝に相応しい、久しぶりの集中豪雨だった。

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