第三章 -7- サラマンダー恋慕に花束を

「走るのは苦手なんだから・・・ゆっくり走ってよ」


「すまんな。どうしてもあの空間で注目を浴びるのが嫌だったんだよ」


 えーいいじゃーん。とソフマが言うとアールは厳しい視線で返した。


「でも、とってもかっこいいですよ」


 私の言葉にアールは素直にありがとうと言った。


 さてと・・・とようやく呼吸の整ったミーナさんは腰に手を当て胸を張る。


「後はそこのお花屋さんで花束を買って告白をするだけですね」


 だけ!?とアールさんは緑色の瞳をいっぱいに広げてミーナさんを見る。ソフマは人目をはばからずにお腹を抱えてゲラゲラと笑い声をあげた。


「ミーナさん・・・それはまだ早いのでは?」


「いいえ。私が日本の文化を学ぶために用意した書籍しょせきでは、主人公の告白はいつも成功し、おしゃれで多くの女性にモテていました。共通するのは普段の釣れない態度。一転して素直な言葉での告白が必要な因子いんしだと考えます」


 ほうほう。と素直にアールはミーナさんの教えにうなずき、やはり書籍とはミーナさんの部屋にあった少女漫画ではないのだろうかと目を細める。

 でもまぁこんなに格好よくていい人なアールさんならきっと大丈夫だろうな。言葉に出さずに隣で笑い転げているソフマを横目に私は期待に胸を膨らませた。

 


 お花は途中で買っていきましょう。ミーナさんの提案に私たちは同意をし、河原町通かわらまちどおりを北上する。その和菓子屋さんは二条大橋にじょうおおはしの近くにあって四条河原町から歩いてすぐの所だった。

 すっかりやる気になっているアールの隣をミーナさんが歩き、一歩後ろで私とソフマがそれについていく。


「ねぇねぇ。どうなるかな?きっとおもしろいことになると思うんだよねー」


 ソフマは歩いている間、しきりに私へ語りかけ、そうですねと私も相槌あいづちを打つ。


「それにしても今まで知らなかったのですが精霊やエルフさん、ミーナさんみたいな魔女もまたいい人ばかりですね。なんだかすごく平和だと思います」


「まぁミーナさんの周りにはそういう人が集まるだけだよ。人の世界でも大半はそんな感じだろ?だけど人を傷つける人や、ルールを破る人はいる。それは俺たちの世界でも同じだ。ほらそれ見てみ?」


 ソフマに言われるがまま私は電柱に貼られた一枚のポスターを見る。それは人の世でもよく見る指名手配しめいてはいと書かれたポスターだった。丸く黄色の毛並みに黒い細いラインが鼻先に向かって流れてる。目つきは鋭く憎しみの影を見た。

 その事実は私にとって少しだけショックで胸が重たくなる。ミーナさんと出会ったからの世界は穏やかで、すっかりと魔女や精霊、神話の中にいる生き物もまたみんな同じだと考えていたからだ。


「まぁそう気にすんなって。そんなことはほとんど起きないからさ。俺も見たことねぇもん」


 そんなものなのかと私は胸をぎゅっと握る。だんだんと距離を離していくミーナさんとアールに追いつこうと足を速めた。

 

 和菓子屋さんへ向かう道すがらに一軒の花屋さんがあった。軒先のきさきには種々の花がきれいに咲いており、中には今まで私が見たことのなかった花々もまたある。

 花々は意思を持っているかのように流れる風とは無関係に体を揺らしていた。『妖精ようせい花屋はなや』と書かれた看板は木造りの流木みたいなツルツルとした一枚板に可愛らしく書かれている。

 

 この子が妖精なのだろうか、小さな女の子が応対してくれて竜胆りんどうを中心に添え、コスモスで囲んだきれいな花束を用意してくれた。なんとも秋らしいと私は思う。


「店長は配達に行っているので私があつらえて申し訳ないのですが」


 その子は申し訳なさそうに言うと、アールさんは構わなぇよ。とお礼を言った。

 なるほどこの子は普通の人で、妖精だと思われる店長はどこか配達にいっているらしい。


 いつか見てみたいな、きっととてもきれいな小さな人なのだろうか。


 街を北上すると店の数は少しずつ減り、今では本当に魔法の建物に見える市役所を通りすぎて、横断歩道を渡って東へと向かうとその建物は見えてきた。


 和菓子屋さんというだけであって木造平家もくぞうひらやの、今では珍し黒瓦くろがわらで天井は三角に形作られている。ガラス戸はまだ頭上にある太陽の光を反射し店内が見えない。同じく木製の大きな籠は軒先にずらりと並べらえて干菓子の類が並べられていた。通りすがる人は色とりどりに並べられたお菓子に目を奪われて、誘われるように店の中に入っていくのが見える。


 私がアールさんを見上げると花束を胸に抱いたま次第にその足はゆっくりとなり、やがて立ち止まった。ソフマは口元へと手を当て余計な言葉がもれ出ないようにと抑えている。


「さぁ!アールさん。ここからが本番ですよ!その胸の中にある熱い思いをぶつけてあげて!」


 おう。とアールは視線をその和菓子屋に置いたまま返事をする。果たして成功するのだろうかと私もまた不安な気持ちになる。一目惚れとはいえお互いに縁はあって告白を考えるくらいだから、きっとお互いそれなりの日々を過ごしていたのだろう。

 それに普通の人にアールはちょっと人より大柄な、男前に見えているはずだし大丈夫。

 私はアールを見上げながらその袖を引っ張る。


「アールさんはとても優しい人ですからきっと大丈夫です。でも無理はしないでくださいね。タイミングじゃないと思ったら撤退てったいもまたありです」


「そういってもらえるとちょっと気が楽になるな。こう周りの期待に応えようとしてしまうのが俺の悪いくせだ。もしダメだったら存分に優しくしてくれよ」


 はい。と私は精一杯の笑みでそう返す。うまくいってほしい。心からそう思っている。


 緩やかな歩みで目前に迫った和菓子屋さんのガラス戸が左右へと開いた。そこからは制服なのだろうか。華やかな薄い花の形をした干菓子がプリントされたバンダナを巻き、バンダナと同じ柄のエプロンを着た女性は出てきた。丸い小さな顔には細い瞳と、ちょっとだけ上を向いた鼻先が可愛らしく乗っかっている。


 女性は道行く人へと笑顔を向けて、知り合いなのだろか。声をかけてくれるおじいちゃんやおばあちゃんへと手を振っている。一目見て私はこの人がとても好きになった。

 そう思えるほどの仕草を気取ることなく自然と行うことができる。そんな素敵な人に見える。


 さぁさぁとワクワクしながらミーナさんはアールを急かし距離としては十歩くらいだろか、和菓子屋さんの女性はすぐ目の前にいる。ソフマは私の隣に並び笑い出しそうでもうダメだ。と両手で顔を覆った。和菓子屋さんの女性は花束を持ったまま歩いてくるアールに気がつき口元に手を当てると、アールさん?と小首をかたむけるのが見えた。


 ソフマはニヤニヤ笑いが止められずに頬をぎゅっと両手で握る。

 ミーナさんが私の隣に並んで眉をひそめた。


「琴音ちゃん。じっとしててね。橋の向こうが騒がしいから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る