第三章 -5- サラマンダー恋慕に花束を

 それから空の旅はしばらく続き、目の前に四条河原町の交差点が見える。それを境にミーナさんがもう一度右手を振るうと私たちは徐々に高度を落とし、ふわりと北側の交差点へと着地した。

 着地した瞬間、風は回転しつつ霧散むさんして通りを歩く人たちの衣服を揺らす。


「ふむふむ。ここがおしゃれな若者たちとマダムが住む街ね」


 ミーナさんは腰に手を当て満足そうにうなずくと、すっと私の後ろに隠れるように立つ。

 どうしたんですか?と私がたずねるとミーナさんは私の両肩に手を当てたまま口を私の耳元に近づける。


「なんていうか。こういう若者の街は苦手なの。ちょっと私がいるには場違いな気がする」


「そんなことはありませんよ。ってアールさんもいつの間にか後ろに・・・」


 ミーナさんと並ぶアールさんもまたうんうん。とうなずいている。


「なんだ・・・こういうのは慣れた人に任せないとな。しかもおしゃれビルのショップにいくんだろ?俺にとっちゃ空を歩くよりも恐ろしいことだよ」


 うんうん。とミーナさんはそれに同意し、さっきまで空を悠々自適に魔法の力を使って歩いていたとは思えないほど小さくなるふたりに私は苦笑した。


 さっきまでずっと高い場所から見下ろしていたテナントがたくさん入ったビルを地表から見上げる。ビルがとても高いと思うのが奇妙きみょうだった。私は後ろを歩くふたりと自動ドアを抜ける。


 店の一階には雑貨屋さんが主に並んでいて、濃度を増したオレンジ色に包まれている。もうハロウィンの時期かと思っているとミーナさんがその場で少し跳ねていた。


「ねぇねぇ琴音ちゃん!あれは何かな?たくさんいろんな道具があるね」


「日本のハロウィンはこんなものですよ。なんというか仮装をしてみんなで楽しむパーティーです」


「そうなのハロウィンって、死者の霊が家族を訪ねてくる日でしょ?それは妖精や悪魔とか人の形をしていないから機嫌をそこねないようにしたり、子供を守るために仮装かそうすると思ってたけど、日本の方が楽しそうだね!」


 まるで子供みたいだなと駆け出したミーナさんを私は追いかける。変わった形の鉛筆やジャックオーランタンから出る舌を引っ張ったり、バネ仕掛けでピエロが飛び出る箱を手にとってはくすくすと笑っていた。


「さっさと服を買いにいくぞー」


 アールさんが呆れつつそういって、私は口をとがらせるミーナさんと共にエスカレーターに乗り込む。目的の店まで運ばれながらもせわしなく店内へと視線を向けて歓声をあげるミーナさんを見て、今までこういうことをしたことがなかったのかな?と首をかしげる。だからといって私もまた知っているだけど参加したことはない。


 そんなことを考えている間に目的の階にたどり着いて私たちはエスカレーターを降りる。きらびやかな衣服が並び、それらできれいに身を包んだ男女が歩いていた。こんな平日だから大学生だろうか?若者たち、それもとびっきりおしゃれな男女で埋め尽くされるその光景に、アールさんは体を硬くしてミーナさんはしゅっと私の後ろへ素早く身を隠す。


 さてお店はどこだろうなと私は渡された名刺を眺めながら、人混みの中を進む。


 お店はすぐに見つかった。お店全体を包むように黒い看板へ金字で『アールヴ・スタジオ』と書かれており、名刺と同じで来る人を選ぶような荘厳な雰囲気すらある。

 よく磨かれた黒革を基調としたジャケットが並び、それに合うように白く整ったシャツ、ブランド名が刻印こくいんされたジャケットやバックが並ぶ。黒と白とのコントラストが明確にわかれていた。


 ここかぁ。と言葉を失いつつあるアールさんはそれを見上げ、ミーナさんは、本当にここに入るの?と尻込しりごみをしながら店内を見渡している。

 さすがにここからアールさんの洋服を選ぶセンスは私にはないなと、店員さんを探しているとミーナさんがすっと身を上げて、おーいと手を振った。

 手を振る先には黒皮のジャケットに丸首の白いシャツ、白銀のネックレスが銀色の宝石を携えてぶら下がっている。よく整えられた白いパンツが長く地面へと伸びて、蛇模様へびもようの磨かれた革靴が見えた。銀色の髪はワックスで固められていて、ハリネズミのように天井へと向かって伸びていた。金色の大きいピアスが揺れる耳の先端はとても尖っていた。


「おぉ!ミーナさん!やっとお店に来たくれたんだー」

 

男性は手を振るミーナさんに気がつくと、陽気な鼻にかかる男性にしては高い声で高らかに言った。顔立ちはどこか幼くとも整っている。子供みたいに笑う顔を見て、アールさんはようやく肩の力を抜いた。


「なんだか見知った顔を見るとホッとするな。こいつはソフマ。ミーナさんのお店に時々来るやつだよ」


「なんだよー。その紹介は!ミーナさんのお店に通う仲間じゃんかよー」


 空に浮かぶような浮ついた言葉でソフマはそういって私に気がつき耳を揺らした。


「おっ見知らぬ人の子がいる!ミーナちゃんの友達?」


「ミーナさんのお店でお手伝いしています。琴音と言います」


 そっかー。いい名前だねーと差し出された華奢きゃしゃとも言える、細く伸びた指で耳の先端にソフマは触れた。


「今日は琴音ちゃんにここに連れてきてもらったの。ほら私たちじゃとてもじゃないけどこの輪に入れないから」


「えー。ミーナちゃんはどこでもオッケーでしょ!ちょっとファッションセンスがおばあちゃん寄りなだけで!」


 ソフマさんにミーナさんが冷たい目線でその言葉に応えるとソフマさんは視線をそらした。


「それにどういう風の吹きまわしだ?その大手百貨店おおてひゃっかてんの紙袋みたいなファッションセンスを変えたい気持ちはわかるけど」


「うるせぇな。いいんだよ理由は。あっ琴音ちゃん。こいつはエルフだけどこういうやつだけど気にしないでいいから。他のエルフと違って頭が見た目と同じくらい軽い」


「はいはい。おっさんの偏見へんけんほど困ったものはないねぇ。エルフは高貴こうききらびやかで荘厳そうごん・・・なんてイメージの中だけだろう?まぁ店長は確かにそうだけどさ・・・」


 話し終えるとソフマさんは、ツンツンの髪がさらに逆立つほどに驚いて私とアールさんを見比べる。


「ってお前さ。そう簡単に俺らの正体をバラしちゃダメだろ」


「俺たちが普通の高校生と一緒に買い物に来るなんて思うか?」


「しかも高校生・・・始めまして。この店舗てんぽで働いております。ソフマと言います。お見知り置きを。僭越せんえつながら私めが魔法の世界をご覧にいれましょう」


 もう知っていますと私がクスクスと笑いをこらえられないでいると、どういうこと?とソフマさんはうやうやしくお辞儀をした後でミーナさんを振り向く。


 それはねぇとミーナさんが私に関して簡単な説明をした。

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