第19話 努力に勝る天才

「ん..?」

「どうしたのゼラニム?」


 緊迫感とでも言うべきか、彼女の纏う空気が変わった


「殺気を感じる。ランスの後ろの雑木林、

ここからおよそ2km先にある岩肌の上から」


 そこに視線を送ってみたが僕は何も感じなかった。


「気のせいじゃない?」

「違う。この感覚..。矢か」


 

「ランス! 身を屈めて!!」

「あ、はい!」


 そのあまりの剣幕に反射で頭を下げると、僕の頭上を

鋭利な何かが通過した。


「早くここから離れるよ。理由は分からないけど、

何者かが私たちを殺そうとしている。弓を使ってね。

この距離から確実に当てに来てる。相当の手練よ」


「..。殺すって、、魔族がですか??」

「見た感じ、ただの人間の女性ね」


「そうですか..。じゃあ、、」

「うん。暁星騎士団の隊員の可能性が高いね。

きっと団長の後をつけていた私達を侵入者だと勘違いしたのよ」


「そんな! 隊服着てるのに、どうして..??」

「分かんない! でも狙われている事実に変わりはないし..」


 なんて話してるうちに、第二射、第三射と立て続けに放たれたが、

矢の軌道から敵の居場所も割れており、速度の感覚も最初の攻撃で

つかめた以上、ゼラニムに支持されるまでもなく避けるのは容易だった。


「そういえば、団長は今どこに..?」

「もう近くには居ないはずよ。頼ろうとしても無駄ね」


「....。分かった。じゃあどうする?」

「どうするって、”たった”2kmでしょ?

ここから彼女の手を射れば大人しくなってくれるはず..」


「本当ですか?? じゃあ僕がやります!」

「あら、出来るの??」


「最初にお手本見せて下さいよ。

右手に当てて下さい。僕はその後、左手を狙うので」


「....」

「早くしてよ。今もずっと射られてますし」


 避け続けるのも飽きてきたし、早く反撃して欲しかったのに

ゼラニムはまるで異物でも見るかのような視線を僕に送った。


「それ、本気で言ってるの..?」

「当たり前でしょ。もし僕が避けなかったら、

今ので6回殺されてた。だから同数あの人にやり返さないよね」


「でも、あの女性は私達の味方よ」

「関係ないでしょ、向こうの早とちりが全ての元凶なんだから。

ねぇゼラニム。早くお手本見せてよ」


「やらない..」

「どうして? あ、もしかして普通に射るだけじゃつまらない?

ならポイント制にしよう。手足に当てたら3点、胴体は5点、頭は10点」


「投降よ..」

「え?」


「手を上げて、投降するの。

こちら側に敵意がない事を理解して貰うのよ。

それでもまだ射ってきたら、ランスの好きなようにやれば良い」


「チェ..」


 お祭りの射的みたいで、折角盛り上がりそうだったのに

手を上げてその場でじっとするだけなんて退屈だ。


 しかしその甲斐あってかこれ以上僕達のいる場所

目掛け矢が飛んでくる事はなく、2km先の隊員は

山肌を静かに降っていき、ここまで来るのにかなりの時を要した。



 バイオレット


 それが僕を殺そうとした女性の名前で、

ゼラニムの想定通り暁星騎士団の一般隊員であるらしい。

ここに着くや否や彼女は深く謝罪の意を示した。


「申し訳ありませんでした。

中央騎士団の隊服を着ているのは重々承知でしたが、

本日の来訪者リストにお二人の名は明記されていなかったので」


 淡々とした物言いだった。

全て社交辞令のようでいて、本心が見えてこない。

無感情、真一文に結ばれ変化に乏しい表情は少しも綻ぶ事なく、

綺麗な金色の髪は耳の下あたりで切り揃えられており、あまり

外見にこだわりは無いのか、女性というより男性のような印象を受けた。


「私に謝る前に、この子に謝って。

6回も矢を頭に向け放ったのよ」


「はい、失礼極まりない行為に及んでしまいましたね。

重ねてお詫び申し上げます」


「本当に反省しているのよね..?」


 ゼラニムは嘆息し、僕もなんだか腑に落ちなかった。


「で、団長は今日なんの要件でここに来たの?」

「そちらの団長様と私の所属する暁星騎士団団長、

後は側近、師団長3名による極めて秘匿性の高い会議と聞き及んでおります」


「ふーん..。貴方も関係者でしょ。何か知ってたりするわけ?」

「いいえ。ですが風の噂程度に流れてきた不確かな情報筋によりますと、

どうも近頃、『八岐大蛇』が活動を再開しただとかなんだとか」


「八岐大蛇..」

「あぁ僕そいつ知ってる!! 昨日本で読んだ!!」


「そうです、その八岐大蛇ですよ」

「..。でも、あいつは数百年前に封印されたって」


「違いますよ。封印されたというのは嘘。

過去に取り逃し、現在も逃亡中というのが真実です」

「..で、そんな怪物が一枚噛んだ案件に

私達の団長が関与してると? はぁ、意味不明」


「まぁ、ただの噂ですから。信憑性は高くありませんよ」

「そーね」


「....で、要件は以上ですか?

そのために団長を追ったのなら正直無駄足ですよ。

暁星騎士団は基本的に外部の人間を受け付けませんし」


 これ以上ここに止まってはいけないぞと言わんばかりに、

バイオレットは背に携えた弓に手を伸ばした。


「分かったよ。帰るわ」

「はい。それが双方に得のある最善の選択ですからね。

馬を二頭差し上げます。老馬ですので、道中乗り捨てて頂いても構いません」


「随分至れり尽くせりね」

「はい。暁星騎士団は、来る者拒み、去る者追わずの

スタンスですから。自ら出てくださるのなら尚更です」


「そう..。寛大ね....」


 ゼラニムが皮肉混じりにそう述べた時初めて、

バイオレットの口角が僅かに上がり、ついで僕を見てからこう言った。


「まだ名前をお聞きしていませんでしたね」

「ランスです」


「ランス、覚えておきます。私の矢を六度も避けた人間として。

重ねて問います。あれらはマグレでしょうか?」

「ううん。僕の神託なんだ。一度見た動きは完璧に真似出来るのも

誰かの動きを論理的に解釈するのも」


「..。神託、そうですか」


 彼女は真顔のままだったものの、声のトーンは不安定だった。

怒りを煮えたぎらせた人間がそれを必死に押さえ込んでいるようにも見えた。


 わざわざ神託の仔細を教えてあげたのに、

どうしてこんな反応をされなくちゃいけないのだろう。


「バイオレットはどんな神託を持ってるの?」

「ランス、帰るぞ..」


 何かを察したのか、ゼラニムは会話を切り上げようとしたが、

その前に彼女は口を開き、またいつもの調子で語った。


「私の神託は、お茶碗一杯の水をお湯に変える能力でした。

そんなので一体どうして騎士団に入れたのかと思いますよね?」

「......」


「暁星騎士団は一年に一度、

失った隊員を補充するための試験があります。問われる内容は

筆記の学術テストと、神託抜きの実技テストの二つ。だから私のように

能力に恵まれなかった人間にも皆平等にチャンスを回ってくるのです」


「....何が..」


 口を挟むゼラニムに気を止めるまでもなく、バイオレットは続けた。


「私は猟師です。小さい頃から、山で獣を狩り生計を立てていました。

両親はいません。ですから、この弓を射る手がなくなれば、自分は

もうどこにも居場所が無くなってしまう」


 その言葉を聞いた瞬間、ついさっき、お遊び感覚で

彼女の手を奪おうとしていた自分のバカさ加減を恥じた。


「ごめ..」

「ランス君。重ねて質問です。

実力でも何でもない、運で手に入れただけの力を惜しみなく使い、

無力な弱者を蹂躙するのはどんな気分ですか??」


「行こう!! ランス!!」


「気持ち悪いよ..」

「....」


「だから、僕は神託がなくても実力で勝てるように。

毎日、頭のおかしい団長に課されるノルマだって、意味不明な男女観を

振りかざす先生の授業もちゃんと受けるんだ!! 運があるとかないとか、

そんな簡単な言葉で一括りにするなよ!!」


 言ってやった。その達成感が胸を支配した。


 その時だった。


「ランス。頭のおかしい団長とは誰の事だ?」


 僕の後ろには、怒りを露わに頬を膨らませる団長の姿があった。



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