美大生の私が、美大落ちをはじめ独裁者たちと同居することになった件について。

齋藤景広

正反対

 地獄では、第二次世界大戦を起こした戦犯たちが苦しんでいるところであった。そのうちの一人が、ほかの2人に話しかけた。

「私たちは独裁者だ、こうして苦しむのも当たり前だな」

「そもそもあなたは、自分の宗教ではやってはいけない自殺を犯したのだから、あなたが独裁者であろうがあるまいがこうなることは決まっていたのだ」

「私は危険なA級戦犯として、処刑された。特に広島と長崎がひどかったな、死者の数に関して」


 同じ頃の現世の美大生、真天秋乃は学校から帰るところであった。とある高層マンションの上には、ある男がいた。男はつぶやいた。

「美大に行ければ、私も独裁者にならなくて済んだのかもしれない」


 秋乃の夢は、世界一愛される歴史人物になることであった。彼女の趣味は、有名な歴史人物に手紙を書くことであった。小さい頃に本能寺に行った時には、織田信長に手紙を書いたそうな。その内容は以下の通りである。

「あの世では、明智さんと仲良くしてください」

 高校の修学旅行でフランスに行った時は、ジャンヌダルクとナポレオンに手紙を書いた。

「あなたたちのような世界的な英雄になりたいです」

 秋乃は便箋を取り出すと、誰かに手紙を書きはじめた、ドイツ語で。ぼそぼそ言っているのが聞こえてくる。

「相手は、独裁者と悪名高いんだよね。思いっきり煽りまくってやろうかな、美大落ち、と。あいつのホロコーストはとにかくやばい。この世であいつを愛しているのは、イランとパレスチナぐらいだよ」


 次の夜、秋乃は学校から帰っている途中だった。家路の途中にある高層マンションの屋上にはやはりあの男がいた。男は思い切って飛び降りた。彼はスーツにしては派手な色のものを着ている。そして左腕には赤い腕章、一見すれば仏教寺院のマークにも見えるが、ハーケンクロイツというマークを付けているのだ。そんな格好なので、秋乃は彼にすぐに気がついた。だけどほかの通行人は誰も立ち止まらない。秋乃だけが足を止めた。彼は幽霊だからだ、秋乃には霊感があって、幽霊に触ることもできるのだ。

「あいつ、なんでここにいるんだ?ドイツの人物だったよね?ほかの人たち誰も気づいていないんだからいいか、近くに行こう」

 この男こそが、秋乃が目指す「世界で最も愛される歴史人物」とは正反対の人物、アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)である。秋乃は声をかけた。

「何やってるんだ?よかったら私の家来ないか?」

 アドルフは黙ったままである。秋乃は彼の手を取り、無理やり連れて行った。


 秋乃は自分の豪邸の玄関まで来ると、鍵を開けて彼を中に入れた。

「一応聞いておくが、お前は誰だ?」

「私の名はアドルフ・ヒトラーという。ホロコーストで今の時代では有名だ」

「そうか。あっ思い出した!ちょっと待ってて」

 秋乃は自分の机の上にあった手紙を持って来た。

「お前に手紙を書いた、ドイツ語で。読んでみて」

 秋乃は乱暴に彼に手紙を渡した。手紙はドイツ語で書かれているのだが、ここにドイツ語で書いても読者が読めない(なんかメタい)ため、意訳を日本語で書く。

「世界一嫌われている歴史人物、アドルフ・ヒトラーへ

私は美大生だ。お前はよく日本の動画では美大落ちとバカにされている。お前はなんでこうなってしまったのであろうか。お前はユダヤ人虐殺で有名だが、実は日本にはユダヤ人だったかもしれない歴史人物がいるのである。その名を織田信長という。長篠の戦いという戦が描かれた屏風には、ダビデの星を背中につけた人物が描かれている。ダビデの星がユダヤ教の象徴になったのは信長が死んだ後だが、その長篠の屏風が描かれたのは信長の死後である。これが何を意味するかわかるか?信長がユダヤ人と関係があったということが、あながち嘘とも言い切れないということだ。お前と信長が出会ったら、間違いなく戦争になるだろうな。信長が20世紀前半のドイツに生まれていたら、お前に殺されていたのかもしれない。しかし信長は運のいい奴である、そうはならなかった。ちなみに、信長もホロコーストらしきものを行ったらしい。仏教徒に対する虐殺ではあるが、タイ、カンボジア、ベトナムといった仏教の国から嫌われているわけではない。そもそも規模が違いすぎる。信長が殺した2万人に対し、お前が殺した数は、忘れた。お前はイスラエルはおろか祖国からも嫌われている。イスラエルの敵であるイランとパレスチナが、お前を愛しているのだろう。不思議なことに、お前と信長の死因は同じ自殺である。お前は独裁者なのに対して、信長は英雄なのにな。最後に言っておこう。私の夢は、お前とは真逆の人物になることである。真天秋乃」

 アドルフは日本語を発した。

「織田信長とは誰だ?あと、こんな喧嘩腰な口調で書かれた手紙は初めて見た。独裁者だからそうなるのかもしれないが」

「織田信長を知らないの!?お前より400年ぐらい前の人物だ。日本史の英雄のひとりだ。ところでお前、周りの人に気づかれてなかったね。幽霊なの?」

「地獄にいたら、ムッソリーニや東條英機と会った。しかしすることもなかったから地上に出てきた。ドイツやイスラエルに行ったら危険だと思ってな」

「お前が地獄行きなのはいうまでもないよ。話してるのも退屈だからテレビでもつけよう」

 秋乃がいつも見ているニュースがついた。ニュースキャスターが言った。

「真央という名前の女の子が台湾に留学して、現地の人々から暴行を受け死亡しました」

「どういうことだ?」

「毛沢東という独裁者のことだ。彼は台湾では一番嫌われている人物の一人だね。英語では彼のことをマオというらしいから勘違いされた、というわけだと思う」

「あなたは霊感とかあるのか?」

「そうだね。だからお前の存在に気づいたんだ。もし私がドイツに住んでるドイツ人だったら、お前のことフルボッコにしてたと思う」

 秋乃は指をポキポキと鳴らした。

「私を殺す気なのか?」

「なわけないだろ。ていうかお前は既に死んでんじゃん」

「そうだよな。しかしなんでそんなことをした?」

「なんとなく。さっきのニュースの話に戻るけど、お前の名前はドイツでは禁止されているから、あのニュースのような悲劇は起こらないね。ていうかお前、どうすんの?お前が外に出て他に霊感がある人間がいたらマジで終わるからね?」

「そんなことはわかっている。だから人のいない地下室とかそういうところにこもるつもりだ。それも滅多に使われることのない」

「あ、地下室というワードで思い出した!お前が死んだのは地下室?みたいなとこだっけ?恋人と銃で自殺したと聞く。そもそもここ、日本だから。爆撃とかあるわけないじゃん。イスラエルとかパレスチナとかそういうところじゃないんだよ、防空壕は全くないはずだ、少なくともこの辺りには。まあ、私の上手な絵を見て美大に行きたかった頃の自分を思い出せばいいんじゃない?」

 秋乃はアドルフに近づいてネクタイをつかんだ。秋乃の左手は壁にある絵を指差している。その絵には、南蛮風の鎧兜を纏いマントを身につけている男が描かれている。

「これとか、頑張って描いたんだよ」

「誰だこれは?私の宿敵、チャーチル首相のようにも見えるが」

 秋乃はアドルフを突き放した。

「何言ってんの?ここに書かれているのはれっきとした日本人だけど。さっき言ったよな、ユダヤ人かもしれない歴史人物が日本にいたと。これは日本で最も人気のある歴史人物のひとり、織田信長だ。こいつはとにかく運が良かった」

「しかし先ほどの話によると、信長は自殺によって命を落としたと聞いたが、何があった?」

「あーあれね。明智光秀という家臣に裏切られて切腹したんだ。あれは本当に運の尽きだ。信長が生きていたら、日本、いや世界はどうなってたんだろ。お前みたいな独裁者はいなかったかも」

「切腹だと?」

「これは1種の自殺の方法だ。そういえば、海外の歴史人物で自殺といえばお前ぐらいしか思いつかないんだが。しかし切腹は名誉なことであるから、信長をはじめとする自殺もとい切腹で死ぬ人物は少なくなかった」

「腹には動脈があまり通っていないから、すぐには死ねないのではないか?」

「戦国時代にお前が自殺に使ったような銃があるわけないじゃん」

 空は曇っていた。

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