第5話

 私が十四行詩ソネットを詠みあげても、その傭兵さんは、分かんないなあ、って顔をしていた。


「ええと、その詩とやらがどう、さっきの光景と繋がんだ?」


 えー、頭の回転が悪いなあ、この人。図体はでかいのに、それに反比例して考えるのはからっきしみたい。


 仕方ない、全てを種明かししちゃいましょうか!


「ねえ、傭兵さん。今この場にはルッチアからの援軍もいるわよね」


「え? ああ、そうだな。市民兵の集団が後ろに控えてやがるぜ」


「さっき読んだ十四行詩ソネットの中にも『ルッチア』って地名が出てたの、おぼえてる?」


「あったな」


「対立しているはずの国の名前が十四行詩ソネットに、それもパドアの総司令官が秘密裡に送っていたって、パドアの領主様が知ったら……あなたはどう考えます?」


 私の問いかけに、目の前の傭兵さんはしばし「うーん……」って考える素振りをした後で、こう答えた。


「内通か裏切りを疑うかねえ、俺だったら」


「そう! 私はそれを狙ったの。それも婿を使ってね」


「策って具体的にどんな?」


 お、この人、私の話に食いついてる。なら、ここで彼にさらなる種明かしといきましょうか。


「娘婿の字癖を真似してやったの。ほら、これがその証拠」


 そこまで言って、私は傭兵さんにさっきの十四行詩ソネットの下にある署名――あの男の名前の、特徴的な『R』の部分を強調してを示してやった。


「へえ、こいつが敵の総司令官の名前ねえ。あ、でもさ、その下にも誰かの名前? らしきもんがあるぜ。こいつは?」


「そっちは領主の娘の署名。『F』を彼女の字癖をそっくり真似して書いてやったの! フィロメーナFilomenaって名前で、その下には『この愛を私は公に認めます』って小さな字で記されてるわけ」


「あ、いや、そいつは分かった。でもさ」


「?」


「それだけじゃ、裏切りの証拠にはならなくね?」


 想定通りの答えが返ってきて、私は内心ニヤニヤ。


「確かにそれだけじゃ裏切りだと思わせられないわ。でも、実はもう一通、別の手紙が、それもを、私があなたに持たせていたとしたら……」


 傭兵さん、今度は「そんな物も持たされてたのか?」って顔してる。そりゃ、あなたには伝えてないんだから知らなくて当然よ。


「これがその下書きなんだけど。ここに押印した奴を、あなたに持たせたの。


『ルッチア領主様、あなたのお力添えで我が夫ラファエロ様を今すぐパドアの領主にしてくださいまし。ご助力の対価として、あなた様に我が夫が治めることとなるパドアの領民に納めさせた税の一部をお収めします』


って内容が書いてあるわ。


 で、この一文の下にあのクズ女――じゃなかった。フィロメーナって女性の印章が押されてるから、この裏切りの証明書は確かに有効ってわけ」


「で、そいつとさっきのと合わせてってわけね」


「そう! で、パドアの領主は日頃から疑心暗鬼になってるから、自分の知らない書簡を持ち寄ってきたあなたに食いついて――」


「ああ、俺から書簡をひったくってその場で読みやがったぜ。んで、みるみる顔が真っ赤になりやがったとこまでは見た。俺はその後すぐにそこからドロンしちまったから、なんであの野郎があんな態度を取りやがったかなんて理解できなかったが、今になって分かった。全てお前さんの計画通りだったっつーわけか」


「ええ、その通り!」


 私がここで得意げになっていると、ふと目の前の傭兵さんは不思議そうな顔をしていた。まだ納得がいかないなあ、って気持ちなのかしら?


「まだ分からないことがあるの?」


「ああ、一つだけな。お前さん、さっき、パドア領主の娘さんを『クズ女』とか言ってたろ? 一体、あんたとソイツにはどんな――」


「はい、もうおしまい。後であなたにはお父様から特別手当が渡されるはずだから。それを受け取ったら契約は終了よ」


「お、おい、ちょっ待てよ!」


 背後から「あんだよ、はぐらかしやがって」って声が聞こえたけれど、私はそれを無視して、無傷の勝利に酔いしれるパパの元に行くことにした。


 だってこれ以上、寝取られた事実を口にしたくはなかったから。

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