第2話 再生の夜



僕の名前は七夕四郎。26歳、制服デザイナーとして「塚田制服店」で働いている。学生服や企業のユニフォームをオーダーメイドで仕立てる小さな店だが、僕にとっては夢を叶えた職場だ。




夕方の店内は静かだった。パソコンに向かい、僕は次の納品予定のデザインを調整している。画面には制服の正面図と背面図が並び、僕は襟元のステッチの色合いを少し変更した。


「ふぅ…だいたいこんな感じかな。」


背伸びをして体をほぐすと、店長の娘、美奈さんが声をかけてきた。


「お疲れ様です、七夕さん。お茶でもどうぞ。」


そう言って、美奈さんは冷たいお茶のペットボトルを差し出してくれる。長年この店で働いているが、彼女の気遣いには毎回感謝している。


「ありがとう、美奈さん。」

「いえいえ。今日はこの後、どこか寄っていくんですか?」

「いや、特に予定はないかな。帰ってちょっとだけ飲むくらい。」


「相変わらずですね。まぁ、飲みすぎには気をつけてくださいね。」


美奈さんはそう言うとバッグを肩に掛け、退勤の準備を始めた。


「じゃあ私はこれで。お疲れ様でした。」

「お疲れ様、美奈さん。」


時計を見ると、いつの間にか閉店時間になっていた。僕も作業を終えてパソコンの電源を落とす。


「よし、帰るか。」


公園での異変


帰り道、ふとコンビニに寄り道をしてビールを一本買った。いつも通りだ。仕事の後、軽く飲むこの時間が好きだった。小さな公園のベンチに腰掛け、空を見上げながら缶ビールを開ける。


「ぷはー、やっぱりビールは最高だな。」


夜空には満月が輝き、柔らかな光が辺りを照らしている。風も心地よく、疲れた体がほぐれていくようだった。


しかし、その静寂を破るように、近くの草むらから「サササ」という音が聞こえた。振り向くと、一匹の三毛猫が顔を出し、こちらをじっと見ている。


「なんだ、猫か。」


僕は再びビールを飲み干そうとした。だが、その時だ。


背後から、鋭い音と共に何かが僕を襲った。


「ぐっ…!?」


突然、生臭い液体が顔にかかる。何か巨大な存在が僕の体を包み込み、そのまま視界が暗転する。異様な感触が体中を這い回り、内臓が圧迫されるような苦しみに息が詰まった。




目を開けると、目の前には黒く輝く太陽と赤い月が浮かんでいた。不吉な光景に、僕は恐る恐る周囲を見渡した。そこには荒れ果てた大地が広がり、木々は炎に包まれている。


「ここ…どこだ?」


喉の渇きと頭痛が襲い、全身が重い。混乱する中で最後の記憶が甦る。公園で何かに襲われたことを。


「…僕、死んだのか?」


誰もいない荒野を歩き続ける。熱風が肌を焼くように吹きつけ、遠くでは木々が燃え盛っている。歩く先に一本の川が現れた。


「水だ!」


僕は歓喜に震え、川へ向かうが、その流れは濁流で激しく、近寄ることができない。しかし、その向こう側に白い花が咲き乱れ、美しい虹がかかっていた。その中央に、一人の老婆が立っている。


「ばあちゃん…?」


僕の名前を呼ぶその声は、確かに幼い頃に亡くなった祖母のものだった。


「四郎ー!⚪︎✖︎だから来たら⚪︎✖︎だからねー!」


祖母が何かを叫んでいるが、遠すぎてよく聞き取れない。


「ばあちゃん!待ってて!」


僕は川を越えようと足を踏み出した瞬間、肩を叩かれた。




振り返ると、そこには奇妙な男が立っていた。茶色いナイトロングコートに金色の百合紋章を刺繍し、背中にはボロボロの紙のような翼。そして、頭には天使の輪。


「やあ、初めまして。僕の名前はアルス!ハピネスの天使だよ。ちょっと話をしないかい?」


「いや、今急いでて…」


僕は祖母の方を見るが、彼女は背を向けて去っていく。慌てて追いかけようとするが、アルスが微笑みながら言った。


「彼女にはまた会えるから、心配しなくていい。」


「君は死んだ。そしてここはあの世だよ。」


アルスの言葉に、僕は愕然とした。


「…嘘だろ?」


膝をつき、涙がこぼれる。自分が死んだという現実に耐えきれなかった。


「大丈夫。君を元の世界に戻してあげよう。」


アルスはそう言うと、地面から黄金の扉を呼び出した。その扉には骸骨が彫られ、「一切の希望を捨てよ」と刻まれていた。


「これってどう見ても地獄の門だろ!」


僕が叫ぶと、アルスは笑いながら肩をすくめた。


「安心して。これは君を蘇らせる門だよ。さあ、入って。」


僕が躊躇する間もなく、アルスは手を叩いた。僕の体は宙に浮き、そのまま門の中に吸い込まれていった。




目を覚ますと、そこは公園だった。頭を押さえながら起き上がると、先ほどの魔物が黒く消えていく。


「なんだったんだ…?」


その時、光が視界を遮った。振り向くと、警官がライトを持って立っていた。


「大丈夫ですか?」


「あ、今襲われて、それで…気を失ってて。」


警官は首を傾げながら言った。


「誰もいませんが…。念のため、署で事情を伺わせてください。」


こうして僕は、その場所を後にした。

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地獄帰りのデザイナー、悪魔と戦うヒーローになる。 三つ星 @junk777

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