CHERRYー彼女が狩人になった理由ー
彩心
第1話
「ねぇ、私とエッチしない?」
夏休み中も解放している学校の図書室で貸出カウンターに座っていると、同じクラスの
彼女は一言でいうなら派手なギャルだ。年中本ばかり読んでいて、オシャレ何ソレ? な俺が関わるような相手ではない。
実際教室で喋った事もないし、俺は教室の隅、彼女はクラスの中心でワイワイと騒がしいタイプで接点もまるでない。
彼女は顔も整っているので、男に困っているわけでもないだろうし、なぜこんなもっさい俺と? と一瞬思考が停止してしまった。
あぁ、聞き間違いかと思って「もう一回言ってもらってもいいですか?」と彼女に言うと、彼女はニコリと笑い「
やはり聞き間違いではないようだ。
それでも彼女が言っている事が信じられず、俺は思わず「はい?」と更にもう一度聞き返してしまった。
彼女はそれを了承の「はい」と
俺は慌てて横を向き「ここ学校だから!」と言うと、彼女は俺の耳元にフゥーと息を吹きかけてきた。
驚いて耳を押さえながら彼女の方を向くと、谷間を俺に見せつけて「学校じゃなかったらいいの?」と笑いかけてくる。
その顔と仕草が妙にエロい彼女は、本当に俺と同級生なのだろうか。
俺も思春期の男だ、そんな物を見せつけられ続けた俺の下半身は段々と熱を帯びてきている。
しかし、俺はもう女と関わり合いたくなんてないんだ。
だからここは逃げる一択!
俺は下半身も気にせず、そのまま全力疾走で図書室を後にした。
男子トイレの個室に逃げ込み、鍵を閉めると便座に座って一息ついた。
「はぁー、女って本当に何考えてるか分かんねーわ」
中3の冬休み前の終業式の後、大好きでやっと付き合えた彼女に、意味が分からないフラれ方をしてから、女が苦手になった。
「藤真君と付き合ってから私、ずっと辛くて苦しかった。だから別れよう」
彼女と過ごす初めてのクリスマスを楽しみにしていた俺は、その日天国から地獄へと突き落とされた。
は? 何? 辛くて、苦しい? はぁ!? 意味が分からん。
毎朝、毎晩あんなに楽しそうにLIMEしてたじゃん。
ほんとは面倒くさくて、やりたくないけど彼女が望むならと頑張っていたのに。
はぁー、なんか面倒くさすぎて恋心も消え失せたわ。帰ろ。
荷物を取りに教室に向かっている途中、彼女……いや、元彼女が親友と言っていた子が廊下の真ん中に立っていた。
目が合ったが、そんなに話した事もない子なのでスルーして横を通りすぎようとした所で「ごめんなさい!」とその子に急に謝られた。
「えっ? 何が?」と聞けば、その子は目に涙を浮かべながら「私が藤真君を好きになったから……」と言って真剣な目で俺を見てきた。
「はぁ? えっ、告白?」
「うん……あの子が『藤真君と別れるから、告白しなよ』って」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 君が俺を好きだからっていう理由で俺フラれたの?」
「うん……私が藤真君の事を好きってバレちゃったから、あの子私に気を遣ったんだと思う……」
「はぁー、マジかよ……」
「でも、このチャンスを逃したくないの! 藤真君好きです! 付き合って下さい!」
顔を真っ赤にして、緊張で下を向いて震えているその子を見て、俺の心は「馬鹿らしいー」と白けてしまった。
どうやら俺は意味が分からない友情ごっこに巻き込まれていたらしい。
「俺の3ヶ月間を返してくれよ……」
俺の呟きに「えっ?」とその子は顔をあげるが、俺は冷めた目でその子を見下ろし「ごめん無理。お前らと関わるの、時間の無駄だから」と言って足早にその場を後にした。
もう女とは関わらないと決めたあの日から、冬休みを
冬休みを終えて久しぶりに登校すると、彼女と別れた事を知った女子達に囲まれた。
どうして別れたのか、他に好きな人が出来たのか、慰めてあげようかとかなんだか言っていた気がする。
たまらず親友の
「どうして無理なんだよ!」
「いやーだってお前、男の俺から見てもイケメンだし」
「え? 何? 急に褒めるとかやめてくれよ」
「そうやって照れるのも可愛いだけだからな」
「はぁーー!?」
「照れ隠しで大声だしても、それもプラスに加点されるのがお前だ。諦めろ」
湊は面倒くさそうにそう言うと、話は終わったとばかりにスマホでゲームをしだした。
俺の事を湊が急に褒めだすから冗談かと思ったけど、この感じは冗談じゃなさそうだな。
え? 俺ってイケメンと言われる部類だったの?
知らなかった…………嬉しいけど、今は全然嬉しくないな。
この状況はそれが原因って事だろ?
諦めろって言われたって、それじゃあ何の解決にもなってないし!
「いやいやいや、俺は真剣に相談してんだよ! なんかアドバイスくれよ!」
「うるせーな。お前はポメラニアンのようにキャンキャンと……分かった。お前はもう顔を隠せ! それで問題解決! 俺は今期間限定のイベントこなすので忙しいんだよ、邪魔するな!」
そうか! 顔を隠せばもう女と関わらずにすむのか!
でもどうやって顔を隠せばいいんだ?
覆面とか? いや1日中覆面するのは流石に厳しいだろ。
「なぁ、どうやって顔を隠したらいいと思う?」
「あー、前髪伸ばすとか眼鏡かければ? そして今俺に喋りかけるな」
「お前は天才か! 前髪は今から伸ばすとして、眼鏡は今から買いに行こう! ありがとうな!」
「はいはい、良かったね。行ってらっしゃい」
面倒くさそうに適当に返事をする湊を置いて、俺はその日初めて眼鏡を買った。
次の日早速眼鏡をかけて登校したら、なんかギャップが良いとか眼鏡男子最高とかいつもよりも女子に囲まれたので、俺はそのまま家に逃げ帰った。
やっぱり眼鏡だけではダメだ。前髪もいる。
もう俺は前髪が伸びるまで学校に行かないと決め、前髪が伸びた頃にはもう卒業だった。
卒業式ももう行かなくていいかなと思っていたら、親に「卒業式は出席しろ」と言われたので、仕方なく学校に行く事にした。
でも今回は前髪も眼鏡もあって、顔は完璧に隠せている。これで女とは関わらなくてすむと
結果、俺の制服のボタンは全て無くなった。
なんなら制服も剥ぎ取られかけた。
寒いので何とか死守したが……女……こわい……と俺の女嫌いは更に悪化しただけだった。
湊に「全然上手くいかねーじゃねーか!」と文句を言うと、湊は呆れたように溜め息をついた。
「今更隠した所で、お前の顔は学校で有名すぎたんだよ」
「えっ? じゃあ意味なかったて事じゃ……」
「まぁ、待て。高校からはお前の顔を知っているやつは少ない。だから大丈夫だ。自信を持ってそのままでいろ! そして俺はライバルが減って万々歳だ!」
「最後のは意味分かんねーけど、確かにな。俺は高校でひっそりと生きる事にする!」
「おう、是非ともそうしてくれ! なほちゃんも、みつきちゃんも、ゆあちゃんも脈ありだと思っていたら、皆お前が目当てだったと知った時の俺の気持ちが分かるか? お前がひっそりと生きる事により、俺にもやっとチャンスが巡ってくるってワケよ。俺は絶対高校では可愛い彼女を作るんだー」
そう言って可愛い彼女が出来た時の事を妄想しているのか、ニタニタしていて気持ち悪い湊の事は放って置いて、俺も理想の静かな高校生活を思い描いた。
そして俺達は同じ高校に入学し、湊とはクラスが離れてしまったが、中学では失敗した俺の顔を隠す作戦は高校では上手くいっていた。
顔を隠す事はもちろん、制服は着崩さずにかっちり着こなし、休み時間は読書に明け暮れた。
そうしていると、誰も喋りかけてこないのだ。
なんて素晴らしい日々だろうか。
そして俺は人生で初めてボッチという称号を手に入れた。
男からも喋りかけられないのは寂しいが、面倒事に巻き込まれるよりはいいだろうとそこは割り切って考える事にした。
そうやって高2の今まで犠牲を払って女と関わらない快適生活を送っていたというのに、よりにもよって1番目立つ音瀬 雅とあんな最悪な関わり方をしてしまうなんて……。
「なんなんだ、ほんと……『私とエッチしない?』とか女子が言う言葉じゃないだろ……あっ、そうか! 絶対罰ゲームかなんかで言わされてるんだな。クラスで1番地味な俺を
俺はそう一人で納得して、やっぱり女と関わるとろくな事がないなと再認識した。
「きっとさっきのも誰かスマホで動画撮ってるんだろうなぁ。今頃俺の反応で笑われてたりするんだろうなぁ」
『藤真キョドリすぎてキモっ』とか言われてるんだろうか……自分の想像で心にダメージを受ける。
自分の想像がどんどん悪い方向へ行きそうになった時、スマホが震えた。
スマホをポケットから取り出し、通知を確認すると湊からのLIMEだった。
『一緒に帰ろーぜ』とメッセージが来ていたので『門の所で待ってろ』と返信した。
湊はモテるという理由で中学からずっとサッカー部に入っている。
今日はもう練習が終わったんだろう、たまに湊からこうして『一緒に帰ろう』と誘ってくれる。ボッチの俺を気にしてくれる優しい親友だと言いたい所だが、違う。
湊から誘ってくる時は大抵女の話だ。
いつもは面倒くさいと思うが、今日は俺も湊と話したかった。
俺の俺も落ち着いたので、トイレから出て急いで図書室に荷物を取りに行く。
廊下を走っている所でふと思った。
まだ図書室に音瀬達が居て、俺が笑い者にされてる最中だったらどうしよう……と。
俺は急ぎつつ静かに廊下を歩き、図書室に着くとドアにそっと耳を近付けた。
中からは話し声どころか何も音がしない。
帰ったのか? と思いドアの上のガラスからこっそりと中を覗くと、音瀬は椅子に座って静かに本を読んでいた。
そして彼女は泣いていた。
それを見て俺はふと1年前の事を思い出した。
高1の夏休みも俺は図書委員の当番で図書室の受付にいた。
静かで居心地の良いこの空間に突然違和感を感じる程のド派手なギャルが入って来た。
クラスは違うが、いつも騒がしくて目立つ集団に彼女はいるので「何をしに来たんだ!」と俺は一瞬身構えた。しかし彼女はそこで騒ぐでもなく、適当な本を手に取ると座席に座り静かに本を読んでいた。
面倒がおきなくて良かったと、ホッとして自分も時間潰しのために読んでいた本の続きを読んでいく。
どれくらい時間がたったのか分からないが、誰かが鼻をすする音で俺は現実に引き戻された。
音の出所を目で追うと、先程の派手ギャルが本を読みながら泣いていた。
そんなに感動する本なのかと、彼女の読んでいる本のタイトルを見れば、普通の恋愛小説だった。
あれって最後普通にハッピーエンドで、泣くところなんて無かったと思うけどなぁ?
頭に「?」が浮かぶが、まぁー感じ方なんて人それぞれだしなと思い直し、また自分の本の世界へ没頭する。
下校を報せるチャイムの音でハッと気付くと、外はもう夕方で、あの派手ギャルの姿はもう無かった。
それが俺とまだ名前も知らなかった音瀬 雅との最初の出会いだった。
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