第27話 極東最前線
俺達は異世界の痕跡を可能な限り消し、撤収した。特にロシア軍が使った鶏頭の正体を解明しなければならないので死体を全回収した。ナイチンゲールはゴマに戻ったのだが、広範囲に散らばっているため人力で拾い集めるのは無理である。
「こういう時に俺の能力が役に立つんだよ。サーチングとバニシングの組み合わせだ。ただ、俺のバニシングは異世界に送っちゃうから、俺が探し出したゴマをソジュン、お前が元の瓶の中にパニシングしてくれ。」
「了解です。」
義父と義理の息子の共同作業である。嫁もさぞ喜ぶことであろう。
「じゃあ門限もすぎちゃったことですしそろそろ帰りますか。」
「おっと忘れてた。1時間、いや1ヶ月オーバーしちゃったよ。だけどまだやることはあるんだ。ポーランド国境に行こう。立ち往生している難民を異世界に送ろう。ブレインウォッシュしたら今後ヨーロッパで役立つぞ。」
クリミア大橋が謎の軍隊によって攻略され、ロシア軍が撤退したことはすぐに全世界に広がった。NATO軍が警戒しながら海路から向かったが無人であったため、すぐさま占領した。ロシア軍の兵站の重要拠点を押さえることができ、まさに棚ぼただった。
海削は北京にいた。解散総選挙は共産党の圧勝で終わった。参議院ではまだ弱小政党だが、民自党と協調して海削が首相に指名される日も近い。共産党員は全員ブレインウォッシュ済みのゴリゴリの武闘派と入れ替えていた。
海削の北京での役割は国家主席と会うことだったが、それは難しいと駐日大使の李明華に言われていた。代わりにNo2の国務院総理が張偉が密会に応じてくれるということだ。
「これは挨拶代わりです。」
海削は豪奢なテーブルの上に桐の箱を恭しく差し出した。
張偉は何気なく桐の箱を開けたが、中を確認した瞬間、応接室の端にあったくずかごを抱え、嘔吐した。それをみながら海削はニヤニヤしていた。李明華も中身を確認し、狼狽えた。
「李大使にもお約束した通り、うちのバカ委員長の首を持ってきましたよ。冷凍保存、滅菌加工しておりましたので鮮度抜群です!」
「いやそんな話もしたが、まさか本当に持ってくるとは・・。よく税関をくぐれたな。」
「まあプロですから。総理、大変お見苦しいものを見せて申し訳ございませんでした。」
張偉は口をハンカチで拭きながら平静を装った。
「まあ良い。で、今日は今後の両国の関係についての会談と聞いているが。」
「はい!その通りです!」
海削は目を大きく見開き、張偉をそのキラキラした眼差しで見つめた。
「李大使にお約束した通り、我軍はクリミアでロシア軍を蹴散らしました。今度は中国さんにお約束を果たしてもらいたいと。」
「は?あれはNATOによるものじゃないのか?」
「嫌だな、とぼけちゃって。正確には『謎の軍隊』とお聞きになっているはずですよ。しかして、その正体は日本軍なのです。これをご覧ください。」
海削はタブレットを取り出しドローンで空撮したビッグブリッジの激戦の動画を見せた。
「ほら、この自走兵器の背に旭日旗が見えるでしょう。皆様は歴史的に嫌悪感があると思いますが、目立つので採用させてもらいました。これを使って、ロシア軍を壊滅させました。」
「にわかには信じられん・・。」
張は狼狽を隠せなかった。
「それは我軍が極秘で進めていたプロジェクトですから。お見せするのも特別ですよ!」
「して、この兵器はなんだ。」
「あれはカチコマと言いまして、我が党の人型自走式兵器です。」
「そもそもこんな大量の自走兵器を日本から持っていったというのか?物理的に不可能だろう!」
「その疑問はその通りです。手品の種明かしをしたいところですが、戦争中に戦術を開示するバカがどこにいるんですか。まあなんだったらモスクワでも平壌でも、北京でも送り込んで見せますよ。あと、生首がここにある説明もつきますよね。ずっと私を監視されていたカメラを確認すれば生首の箱の秘密も分かりますよ。」
海削は三白眼でニヤリと張の顔を見た。張は背筋が凍る思いだった。しばしの沈黙の後、秘書に声をかけた。
「おい、第40軍の師団長李雲海を呼んできてくれ。」
しばらく後、李雲海が部屋にやってきた。
「総理、お呼びでしょうか。」
「まあ座ってくれ。」
「はい。」
「近日中、今日か明日かだが、日本がロシアに宣戦布告をする。同時に我が国もロシアに宣戦布告をする。それに呼応し、君らの機甲師団はウラジオストクに攻め入って欲しい。」
李雲海は何を言われているのか分からなかった。
「はい?明日戦争ですか?」
「そうだ。瀋陽軍区はいつでも出動できる態勢を整えてきた。そうだろ?」
「そうですが、、」
何か言いたげな李雲海を制し張は話を続けた。
「ロシアはうちの庭先で核兵器を使ったんだ。十分な大義名分になりうる。主席も納得しておられる。しかも西の戦争で疲弊している。溺れた犬は叩け、というだろ?」
「しかし、溺れた犬は日本の方なのでは?」
「それがそうでもないんだ。そこにいるリーベンレンは恐ろしい男だよ。まさに日本鬼子だよ。日本と協調してロシアを叩く方が遥かに簡単だ。」
李雲海は少し考え、口を開いた。
「ウラジオ攻略、とのことですが、山を迂回して長距離移動になりますので簡単には行かないと思うのですが。」
張はそれを聞き、ずっと黙っていた海削に話を振った。
「だとよ。海削君、どうするのかね?」
海削は勝ち誇った顔をしていた。
「心配ご無用。要はショートカットコースがあればいいんですよね?あの、皆様我が国のテレビゲーム、マリオカートってやったことありますか?」
「まあ子供が好きだったからな。」
李は初めて海削を視認して回答した。
「ショートカットはいろいろありまして、穴を飛び越えたり、海に潜ったりまぁいろいろあります。で、私が一番好きなのは山の中の隠しトンネルですよ。ここから飛び出した時の快感たらありません。」
張は呆れた顔をしていた。
「ゲームの話をしてるんじゃないんだよ。どう軍を動かすかなんだよ。」
海削はニヤニヤしながら答えた。
「そうでしょうそうでしょう。だから現実に隠しトンネルを掘っときましたよ。中国領内から一気通貫ですよ!ウラジオ打通作戦!なんてね。」
「そんなもの聞いたこと無いぞ!」
怒り気味に李は怒声を上げた。それに対し、海削は冷静に応えた。
「東北虎豹国家公園からクラフツォフスキエ・ヴォドパディまで山に穴開けときましたよ。嘘だと思うなら今すぐ斥候兵を派遣すれば良い。ここまで舞台を整えたんだ。よろしく頼みますよ。」
李は携帯でどこかに電話をかけた。その数分後、折り返しの電話があり、動画も送られてきた。
「確かに、トンネルがあった。部下をバイクで走らせたが、ロシア国境を越えたそうだ。」
それ見たことか、という顔をしながら海削は張と李を交互に見、口を開いた。
「で、やるの?やらないの?どっちなんだい?」
「・・分かった。最終判断は国家主席になるが、この機を逃す訳にはいかない。やろう。」
張は苦虫を噛み締めたような顔をしていた。
「あと、皆様は念話ってご存じですか?我が国の特殊技術で可能になったのだが、このチップをおでこに貼るだけで対象と意思疎通できる。作戦中には李将軍とは盗聴を気にせず情報交換をしたいからセロハンテープでも何でもいいからおでこに貼っといてくれ。ヘルメットをかぶれば恥ずかしくないよ。」
この日本人はへんてこな、わけわからないものを持ってくる。一通り通話試験をして、意思疎通ができることが確認出来た。
「最後にお土産です。ロシア軍も未知の兵器を使ってくることも考えられる。事実、クリミア大橋では改造人間を投入した。ピンチになったらこの瓶を敵に投げつけろ。」
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