07-屍肉ウォー




 1010年8月1日、午後5時。

皇都の都庁付近の空だけが、暗雲に覆われた。

唐突に表れた夜に、辺りは電灯を付けて対応しつつも、何事かとざわめく。

空を見上げると、暗雲に何か、光る線が描かれているのが見えていたとの報告。

都庁内の警備員も様子を見に屋上に行ったところ、数人の魔族と遭遇。

相手にする様子がなく、即座に撤退を選んだ警備員たちは見逃される。

その後すぐに都庁内に緊急避難が呼びかけられ、並行して政府と冒険者ギルドに魔族の襲来が伝達される。


 それから1時間半程度で近隣住人を含めた避難がある程度完了。

暗雲に描かれていた光線はなんらかの図形を描こうと書き進められており、魔族による術式発動のための魔法陣と推定される。

また、遠隔探査系の術式使い――今回もコトコが呼び出されていた――による探査結果から、魔族の外観が知らされた。

推定・四死天と魔王の復活。

これには政府側もギルド側も仰天し、情報封鎖を強めようとするも失敗。

先にマスコミにすっぱ抜かれ、絶望的な状況は国内メディアにより知らされてしまった。


 残る勇者パーティの賢者と天仙とは相変わらず連絡がつかず、人類存続を賭す可能性のある戦いに選ばれたのは、勇者を中心とした竜銀級~金級の冒険者たちであった。

その他秩序隊や銀級以下の首都圏の冒険者も、都庁を包囲する形で避難誘導も兼ねてついている。

その中心にして戦闘を率いるのは、やはり勇者とその娘二人、そして古強者として同行する福重だった。


「……っていう感じだねー」

「なるほど。想定より避難が遅いですが……それ意外はおおよそ想定通りですか」


 人っ子一人いなくなった都庁の高階層。

勇者たちを待ち受ける間に、ストックしていた遺体に魔将クラスを疑似蘇生し続けていたミーシャは、サフィンの報告に頷いて見せた。

将軍クラスが100人程度、佐官クラスを300人程度、英雄級魔族を50人程度、その他補佐役を50人。

下士官クラスは流石に蘇生するリソースが足りないため、魔将達は召喚系の術式持ちに絞って蘇生しており、士官達に下僕として魔物を召喚させて補う事としている。


「民間人への攻撃はさせないと命じていますが……。召喚される下僕にまでそれを徹底するのは、やはり難しいでしょうか」

「まぁね。頭悪いのばっかりだし……。とは言え頭数を確保するためには有用だから、避けられないんだよね」


 ミーシャの疑似蘇生は、蘇生対象の力量に関わらず、一定のリソースを削られる事になる。

いわば、最大MPに若干のデバフを受ける形と言っていいか。

500体を同時に疑似蘇生している今、ミーシャのリソースは1割程度上限を削られる形だ。

相手は勇者である、これ以上の消耗は致命的と考え、疑似蘇生数はここに留める事としていた。


「さて、そろそろ勇者たちも来ることですし……。舌戦から始まるのであれば、私の出番もあるでしょう」

「ぼくは出番ないほうがいいけどね……。あー、帰ってユキオを抱き枕にしてお昼寝したい……。そのまま逆転されてえちえち展開になりたい……」

「もうちょっと頭ドピンク発言は控えてください……」


 片頭痛を堪えながら、ミーシャは溜息をついた。

襲ってきた女仙の遺体を使って彼女らを蘇生したのは、間違いだったかもしれない。

魂の中から困った時に助言をくれる事もあったサフィンは、ミーシャにとって親しみのある姉のような存在だった。

それが肉体と結びつくや否や、ミーシャの想い人に対する性欲をポロポロと漏らすのだから、キツイものがある。

母親である魔王が同じことをしている方がもっとキツイという事を意図的に忘れつつ、ミーシャはもう一度ため息をついた。


 サフィンを引き連れ、ミーシャは屋上へと出た。

革張りのオフィスチェアを持ってきて寛いでいる魔王とアンバー、直立して辺りを警戒しているルビアナとスチーグ。

対照的な光景に、ミーシャはアンバーをジト目で睨んでから、魔王に話しかける。


「母様、疑似蘇生は終わりました。都庁からの出撃準備中です」

「うむ、こちらは想定より幾分順調じゃの。ついでにちょいちょい欺瞞工作をしてより時間がかかるように見せかけておるが、まー相手側もそれぐらい看破してそうじゃな。しかし……」


 と、魔王はミーシャの全身を、ジロリと見つめた。

魔王は背丈が低く、童顔で、スレンダーな体をしている。

やや高めの背丈で豊満な体躯のミーシャと並ぶと、妹のように見えるほどだ。

椅子に腰かけたままの魔王の目線はミーシャの腰よりわずかに高い程度で、より幼さを強調されるよう見えた。


「今はお主の方が上位者なんじゃし、メイド服だとなんか誤解されん? 他の衣装とかなかったの?」

「総大将であることよりも、ユキさんのメイドであることの方が大事ですが? 戦いが終わったらユキさんにわるわるメイドプレイで躾けてもらう予定ですが?」

「お主口だけじゃろ……。ていうか、決戦前にヤらせるために二人きりにしたのに、告白だけで終わりにしたのもどうかと思うぞ……」

「聞こえませーん」


 プイッとそっぽを向くミーシャに、魔王が苦笑してみせた。

生まれてからの1年、敗北する前の魔王は忙しく、ミーシャに構っている時間は殆どなかった。

魂だけの母とミーシャは、会話が可能であったものの、消耗や外部からの感知を考え最小限の頻度としていた。

だから母娘で当たり障りのない雑談ができるのは、殆ど生まれて初めてとも言える。

少しだけぎこちなく、けれど勇者とその娘よりは流暢に話せたな、というのがミーシャの自認であった。


「それに……万が一、ユキさんと対峙するような事があれば……。その時は、いつもの服で居たいんです」

「……拘束はしたが、あのユキオなら脱出して来る可能性を否定できんな」


 どこか熱のこもった眼で遠くを見る魔王に、ミーシャは複雑な気分で口元を歪めた。

自分の想い人に、母親がそのような視線を向けるのは、何とも言えない気分だ。

胸中をかき乱されるミーシャを知ってか知らずか、魔王は続け口を開く。


「我は……名前を捨てることで、先代から"魔王術式"を引き継いだ。

 "魔王術式"に人格を変更する力はなく、能力だけの影響じゃが……、能力が変わって人格に一切影響がないというのは、難しいからの。

 この術式に、我は……人格に影響を受けたとも言えるじゃろう。

 だからこそお主に継承せず、我は"魔王術式"の連鎖を終わらせることに決めた」

「……母様」

「まぁ後悔は一切しとらんがの。同胞のために魔王を継ぐ事は我自身の決断した事じゃし、それを潰えさせるのもまた同じ。

 ただまぁ、だからこそ……死んで魔王を張らなくても良くなって、死後の同胞のためにできる事も終えたら……。

 好きな人のために生きるのも、アリっちゃアリかの、と」


 どこか疲弊した口調の言葉に、ミーシャは目を伏せた。

魔王は自らの負債の全てを、娘に負わせることはしなかった。

人魔大戦終盤、ミーシャに魔王術式転移の準備を終え、死と同時に魔王を引き継がせる事で、力を蓄え再び人類と戦わせる選択肢もあった。

しかし結局のところ、魔王はそうしなかった。

それにはミーシャへの愛情の他、人類との共存路線に魔族の生き残りを賭けたという打算もあったが、それでも。


 魔王の力を借りる必要がある"人魔統合術式"こそ、魔王にとっての要望である生き残りの魔族への還元を要求したが、そこにミーシャへの愛情もあったのだろう。

仮にミーシャとユキオだけが半人半魔となれば、間違いなく迫害が始まる。

二人は結ばれるかもしれないが、辿り着く先が悲劇であることは想像に難くない。

故に全人類へ展開し全ての種族を半人半魔にしてしまうのが、娘にとっての幸せであると魔王は考えたのかもしれない。


「まぁ最初はミーシャ、お主に譲るが……その後は経験豊富な大人のれでぃとして我が導いてやるのもよかろうの」

「……母様は経験人数1人で回数も1回じゃないでしたっけ? それも現地の英雄を捕縛して無理矢理」

「聞こえないもーん」


 グルグルと椅子を回し始める母に溜息をつき、ミーシャは空いていた豪奢なチェアに腰かける。

女としての魅力で、少なくとも母親に劣っているとは考えていない。

そのためミーシャは、母親が同じ異性を想う事に居心地悪い思いはしても、焦りなどは感じていなかった。

腰かけたミーシャが待ちの姿勢を作るのに、魔王はポツリと呟く。


「まぁ、ユキオに感じる好感は、肉体によるものだけでもない。

 あれの境遇は……そうさな、少しだけ、共感してしまうところがある。

 あの子は、私と同じように……或いは真逆に、縛られているのだから」

「……母様?」


 と、ミーシャが首を傾げた時である。

その場の全員に、緊張が走った。

遅れヘリのローター音が鳴り響き、近づいてくる姿が視界に入る。

同時に辺りを見やると、いくつかマスコミのものと思われるヘリが見えた。


「……お出ましか。まー舌戦ぐらいは報道してもらったほうがいいかの」

「ならぼくが音響担当かなー。主様の護衛役だしー。ついでに空に投影ぐらいしとこうかー」


 立ち上がる五人に座ったままのミーシャが、そのまま近づいたヘリから降りる四人を迎える形となる。

長い黒髪をたなびかせる黒スーツの男に、桃色の髪を揺らす手甲にドレスアーマーの少女、そして桃色の短髪をふわりと揺らすブルゾンに長銃杖の少女、茶色いスーツの目立たない男。

二階堂龍門と、ヒマリとミドリの姉妹、忍者福重。

空に映し出され、皇都民たち皆が見守る、勇者たちの来訪だった。


「……やはり、ミーシャ。君だったか」


 硬い言葉に、ミーシャは立ち上がってカーテシー、嫣然と微笑んだ。

目を細め、龍門は次いで問いただす。


「この空の魔法陣、そして復活した四死天に魔王……一体何が、目的だ」

「そうですね……順を追って説明させていただきましょう」


「世界に散らばる我らが同胞、魔族の生き残りの殆どは、戦士階級ではないものです。

 一般市民であった彼らに対し、しかし強い蔑視や差別が残るのが現状です。

 剣を取り侵略をした者達に対し、侵略を受けた者達が怒り剣を取る事は、動議として間違いないのでしょう。

 しかし所謂生産階級や商人、直接の侵略者ではない彼らまでそれを受けるような謂れは、本当にあるのでしょうか。

 されど動議を問うても、それだけで現状を覆す事はなりませんでした」


「では、差別を無くす方法はあるでしょうか?

 差別が容易な原因は、我々が魔族であると、外観や、特にこの皇国であれば聖剣の反応で区別ができるから。

 ならばその区別をできなくすれば、どうでしょうか。

 "人魔統合術式"。

 人と魔族が同じものに……新しい半人半魔というべき種族になれば、その諍いの多くは強制的になくなるのではないでしょうか」


「彼ら、私の保有する魔族の魂達は、敗北を認め、それでもなお生き残った同胞のために役立てる事に喜んでさえいます。

 種族闘争としては、聖剣を持つ人類に勝てないということは、彼らも認めています。

 ほとんどの魂は、この術式が無事に成し遂げられれば、同胞へ最後の祈りを遺し、冥府に旅立つことになるでしょう。

 どうかこのまま、術式の成就を……見守っていてはくれませんか」


 龍門は、聖剣を構えた。

長く伸びた黒髪の先をまとめた、青いリボンが揺れる。

かつてもう一人の母と慕ったヒカリの遺品に、ミーシャは目を細めた。


「侵略者に仲間や家族を殺されながら、侵略者に勝利した我々を、侵略者の同胞のために、侵略者と半ばまで同じ種族に変容しろというのか?

 それを一体、誰が認めるというのだ」

「聖剣です」


 龍門の手が、僅かに震えた。

その剣の切っ先の近く、剣本体から離れふわりと浮かんだ光は……ふわふわとミーシャの元に辿り着き、その手に乗せられる。

白く紫外だった輝きは減じられ、しかし青く輝いたまま、ミーシャの掌の上に保たれていた。


「聖剣は……人類存続のための光は、我らの行動を是としています。

 おそらくは次なる侵略者の可能性を考え、人類を強くせねばならないと、そういった考えなのでしょう。

 半人半魔は、恐らく今の人類よりも……、強い。

 術式というこの世界元々の力に加え、あなた方のいう異世界魔法を会得できると思われます。

 貴方は、貴方がたは、人類存続に益となる行動であっても、人類を救った聖剣がそう認めていたとしても、我らの同胞を認めないというのですか?」


 龍門に、動揺はない。

ミーシャが聖剣による判定が青だったことは、以前から解っていた事だ。

であればミーシャ達の行いが人類に有益である事は、出動前から認識していた筈だ。

魔法陣の内容も、一時間も内容を追えばある程度は想定できていただろう。

それは政府の人間も同様であり、故に既にそれを考慮したうえでの答えを携えてきたはずである。

ここまでの会話は、答えの再確認と、公的なプロセスとしてそれを踏みなおすための、半ば芝居でもあった。


「それでも、断る。

 我ら人類は、人類の変異を否定する。

 少なくとも侵略者であった魔族の手によるものはな」

「勇者、貴方の聖剣は、人類に仇成す者にしか全力を出せない。

 我々の行いは人類存続に益となり存続を揺るがすことはなく、故に貴方は、力を発揮しきれない」


 小さく、息を吐く音。

二つの影が走り、直後甲高い金属音と共にぶつかり合った。

勇者の持つ青白い聖剣を、魔王の持つ赤黒い魔剣が、防いでいた。


「全力を出せない貴方では、生前に劣るとはいえ母を、魔王を倒す事はできない。

 そして……」


 ミーシャが手を振る仕草と共に、魔族の幹部たちが姿を現す。

翼を羽ばたかせ空を飛ぶ翼騎士、あるいは一階から進軍する重騎士、そしてそこら中に現れる召喚魔法陣から、魔族の下僕たる妖鬼達が現れる。


「我ら屍の、最後の魔王軍よ! 我らが希望の魔法陣を守れ! そして、剣を持たぬものは決して害さず、我らの誇りを示すのだ!」


 怒号とともに、魔族の進軍が始まった。




*




 1対1では互角。

それがヒマリの、弱体化した四死天への感想だった。


「ちぃ、やるな嬢ちゃん!」


 叫ぶ"火と破壊"のルビアナ。

その浅黒い肉体は灼熱を纏っており、近づくだけで本来は近づくだけで肌に水ぶくれができ、血液が沸騰しかねないほどのものだ。

武装は大剣。

純粋な剣技はヒマリの格闘術に伍するほどで、更に距離を空ければ異世界魔法や剣に付与した炎の斬撃が飛んでくる。

福重の暗器を蒸発させ、ミドリの攻撃は熱も水も遮断され、光による幻影程度しか通じない。

しかし今しがたその無敵の肉体に、ヒマリの拳が直接突き刺さり、殴り飛ばした所だった。

ヒマリの"よろずの殴打"は、射程距離内10m程度であればその灼熱の防御を無視してルビアナを直接殴ることができる上、高熱を"殴り剥がし"、数秒無防備にすることすら可能だった。


「末恐ろしい娘よ……」


 "土と地震"のスチーグは、呟きながら受けた傷を癒していた。

その肉体は硬質化し、鋼と見間違う銀色の肉体と化していた。

敵の攻撃の多くを受け付けない防御力があり、攻撃もまた硬く鋭い。

機動力は並程度だが、距離を取ったところで岩や鉄を利用した大型の質量系異世界魔法が飛んでくる始末だ。

ヒマリが内臓を直接"殴打"しても通用せず、福重の攻撃は足止めにすらならない。

しかしミドリの"陽光の湖"を用いた攻撃は、ある程度の溜めでスチーグの防御を超えて痛打を与える事ができる上、スチーグの速度では避ける事が困難だった。


「面倒ですわね……。生前ならまだしも、弱体化がキツいですわぁ」


 "雷と呪怨"のアンバーは、機動力に優れた小剣二刀流の剣士だった。

雷の強化魔法を用いる事による、最大速度、加速、そして小回りも含めこの場で最速と言える機動力。

二刀剣技に雷の異世界魔法を用いた攻撃を行い、近接遠距離ともに恐ろしい速度で攻撃をしてくる。

ヒマリの"殴打"で作れる小規模な絶縁真空では然したる効果がなく、ミドリの水を使った空間攻撃も雷で打破されてしまう。

しかし福重の"風の掴み手"はほぼ真空の絶縁空間をいくつも罠として仕掛けることができ、アンバーの高速移動を封じたうえで防御や攻撃に利用していた。


 総じて、相手の出力の低さが三人を助けていた。

感じる位階は疑似蘇生の影響だろう、ヒマリやミドリより低く、福重あたりとそう変わらない程度だ。

また、なるべく相性の良い相手にあたるよう動くことで、戦況は優位に働いている。

だがしかし、その他の戦場はどうだろうか。


 戦場はいくつかに分かれていた。

都庁屋上では、龍門と魔王が激突し、それを術式を進めるミーシャと護衛のサフィンが離れて見守っている。

都庁近くの高層ビル、その屋上を渡りながらヒマリとミドリ、そして姿を隠した福重はルビアナ、スチーグ、アンバーの3体と戦っている。

残る竜銀級や金級冒険者たちは魔将達と戦い、銀級以下の冒険者は召喚された下等な妖鬼達を相手にしている。


 見る限り、龍門と魔王は魔王がやや優勢。

ヒマリらと四死天はヒマリらが優勢。

地上の戦いは魔族優勢といった所か。


 魔王は元より、勇者パーティー四人に完全覚醒した聖剣込みで辛うじて勝てた相手である。

全力を出せない勇者一人では、弱体化したとは言え魔王優勢なのは当然だろう。

四死天は想定していたより攻撃の出力が低く、位階にして70前後と言ったところだろうか。

しかも、ヒマリはルビアナに、ミドリはスチーグに、福重はアンバーに、相性が良い。

戦いの経験値と、福重を急に追加した連携の拙さで追い込めていないが、明確に優位を取れている。

一方で地上の戦いは、竜銀級や金級であれば魔将達と互角に戦えているものの数の差で負けており、銀級以下は全体的に劣勢という所。

先の聖剣が"人魔統合術式"を認めているような言動が動揺を広げており、今一士気が上がらないのが辛いところだ。


(元々時間制限がある上に、この状況。私たちが、早期決着をつけないと不味い!)


 根本的には、ミーシャを倒す事だ。

彼女を倒したところで疑似蘇生体が消えるかは分からないが、少なくとも"人魔統合術式"は失敗に終わるだろう。

そのためには護衛のサフィンを引きはがしたうえで、なるべく短時間でミーシャを倒せる存在……勇者をその場に誘導しなければならない。

その切っ掛けには、まず優位なこの戦場を打破しなければならないだろう。


 ヒマリは焦りつつも、この場の戦況に意識を強く向ける。

少し距離のある、隣のビル屋上。

完全な隠密で影すら見えない福重は、アンバーをほぼ手玉に取っている。

ルビアナやスチーグに範囲攻撃による援護を行わせなければ、福重はアンバーを封じ込める事ができるだろう。

あとはミドリとともに、ルビアナとスチーグの打破を目指すのみだ。


 こちらの陣形は、ヒマリが前衛、後衛がミドリ。

相手方は、前衛と後衛をスイッチし、互いの弱点をカバーしながら進んでくる。

だがそれは、情報収集を主としていたこれまでならまだしも、戦況を決めにいくヒマリ相手では悪手だ。


「……しぃっ!」


 いくつかの交錯の後、間合いの僅か外側、スチーグの体でルビアナの視界を遮る位置。

ヒマリは、靴裏を床にたたきつけ"殴打"を発動。

いつかの星衛戦では溜めが必要だったそれを、ほぼ予備動作なしで行う。

床という"このステージの壁"と定義されたものを衝撃が伝い、スチーグの背後、ルビアナの居ると思わしき所に直撃。

"温度"を吹き飛ばし、ルビアナの高熱防御を解除する。


「しまっ……!」


 つまり、ミドリの攻撃を防御できない二人が、射線上に二人並んだ。

そしてミドリの長銃杖には、既に攻撃の術式光が、強く煌めいている。

光が、二つ続けて走った。

一つは膨大な熱量を込められた接触開放型の熱光線、回避不可能な速度でスチーグに命中。

鋼の表皮を、臓腑を、眼球を、脳髄を、全て焼き尽くし消し飛ばす。

その後ろを走るもう一つは、絶対零度の冷凍光線。

咄嗟に生み出された熱の防御を消し飛ばしながらルビアナに命中、その全身を一瞬で凍結させたうえで、衝撃で破壊。

そのすべての血肉を細氷と化し、消し飛ばす。


「……今!」


 咆哮。

ヒマリは全力で後方に"殴打"し、超速度の突貫で隣のビルのサフィンへと突進。

防御するサフィンを"殴打"で空間ごと無理やり弾き飛ばし、更には猛追、動きをけん制する。

ミドリは光線を連続射出、魔王の動きを制限する。

不意打ちでのオーバーヒート覚悟の連続攻撃に、魔王は思わず隙を見せ、そこを勇者の聖剣が一撃、臓腑を抉る。

大きく傷を負った魔王を捨て置き、龍門が高速でミーシャへと迫った。


「……死ね」


 短い殺意の言葉と共に、袈裟の一撃。

ミーシャは咄嗟に後方に跳躍するも、裂け切れずに大きく傷を受ける。

臓腑が零れるような深手。

そこに踏み込み、切り返しの一撃が始まろうとした、その瞬間である。


「させるかっ!」


 炎の拳が、龍門を吹き飛ばした。

完全に意識外からの攻撃に、然しもの龍門の防御が間に合わなかったのだ。

サフィンを前にしつつも、状況を気にかけていたヒマリは、思わず叫んだ。


「うそでしょ、復活してる……!?」


 ミーシャの両隣には、先ほど倒したはずのルビアナとスチーグが立っていた。

否、それだけではない。

先ほど深く切られたはずのミーシャの傷でさえ、治っているではないか。

動揺するヒマリを尻目に、サフィンが再びミーシャの元へ。

こちらも回復した魔王が、再び勇者の前に立ち。

慌て後退しミドリと合流するヒマリらに、復活したルビアナとスチーグが並び立つ。

服までピタリと再生し繋ぎなおしたミーシャは、軽く翼をはためかせながら、冷たい目で告げる。


「さて……私の固有術式は皆さん知っての通り"魂の奏者"。

 術式の範囲内に置ける疑似蘇生体が、殺した程度で死ぬとは思わないでください。

 ……当然、この私自身もまた」


 絶望的な言葉を口にしつつ、再びミーシャは上空へ視線を、"人魔統合術式"を再び進め始める。

それを見やるヒマリの視線を遮るように、ルビアナとスチーグが並び立った。


「弱体化にまだ慣れてなかったとは言え、俺たちが負けるとはな……。いやはや、慢心してたぜ」

「二度目はない、と思ってもらおう」


 仕切り直し。

絶望的な状況に、ヒマリは歯噛みした。

先ほどの不意打ちは通用しないだろうし、通用させる意味も少ない。

倒す方法がないのであれば拘束するしかないが、スチーグはまだしも、高熱を操るルビアナを拘束する方法が思いつかない。

少なくとも、今の二人の手だてからは思いつかない。


(こんな時、ユキちゃんなら絶対に諦めない。

 ハッタリでも余裕を見せて、強引にでも勝ちを取りに行く方法を思いつく……けど)


 だが、それはヒマリに可能なのだろうか?

思わずヒマリは、口元に手を当てた。

不敵な笑みを浮かべているつもりの口元は、引きつり、怯え、震えていた。

己の臆病さに絶望し、思わずヒマリは内心叫んだ。


(助けて、ユキちゃん……)


 今、ヒマリはむしろユキオを助けに来た側である。

拘束されているであろうユキオを救うために戦いに来て、逆に助けを求めている。

年上の、弟を守るべき姉であるヒマリが、その守るべき弟に頼り切りで。

その行為の醜さを知りつつも、それでもヒマリは内心、それを抑える事ができなかった。




*




 地上。

竜銀級や金級の冒険者が魔将クラスと戦い、銀級以下の冒険者は魔将の下僕たる魔物と戦いつつ、避難しきれていない民間人を守っている戦場。

下野間チセは、オフィスビル一階受付の、机の下に隠れていた。


(うう、どうしてこんな事に……)


 チセは現在、夏休み中の中学生である。

趣味の一つとして美術館に通っており、今回は都庁近くの企業系の美術館を訪れていた。

オフィスビルの高層階にあった美術館の展示を見ていたチセは、突然の避難勧告に動揺し上手く動けず、避難列の後方となってしまう。

それだけではなく、長い避難階段への疲労で、途中足をくじいてしまった。

故に避難誘導中の冒険者に助けられながら一階まで辿り着いたのだが、そこに魔物が襲ってきたのである。


「誤射~♪ 誤射なら民間人を攻撃してOK~♪ だと思われる~♪」


 などと歌いながら、弓矢を使う子鬼に、術式を放つ六つ目の魔導士ら。

命令を聞くように一定の知性がある魔物を下僕として召喚しているようだが、それが仇となったのか、一部の下僕が意図的に命令を曲解しているようだった。

仰天しつつ冒険者の指示で受付の机に隠れたチセだが、この机、ガラスか樹脂製なのか、透明である。

飛んでくる矢を防いでくれるのである程度頑丈なのだろうが、戦場が見えてしまうのが怖すぎる。


「机から出ないで! 必ず私たちが、なんとかするから!」


 叫ぶ冒険者は三人組で、中心となった少女は匂宮ハルカを名乗る銀級冒険者だった。

大盾と鎧を着こんだハルカはいかにも騎士のような出で立ちで、仲間のカズミは軽装の剣士、フミは魔法使いのような姿だ。


 銀級と言えば、冒険者たちの中でも上澄みだ。

チセはユキオと出会ってから興味を持って調べたが、竜銀級は国内で100人程度でそこまで昇り詰めるのは現実的ではなく、金級が才能がある冒険者の到達目標、銀級が所謂エリート冒険者なのだと言う。

チセより二つか三つ上程度の年齢……ユキオと同年代で銀級であれば、若きエリートという所か。

流石に優勢で、襲い来る数十体もの魔物を苦としない。

大盾持ちのハルカが敵の意識を自身に集中させる術式を用いながら盾役、遊撃のカズミが剣を振るい指揮官を狙い、後衛のフミが術式で大量の敵をしとめる。

安定して子鬼や魔導士を排除しつつあるそこに、一つの影が現れた。


「……何をしている、貴様ら。状況を説明せよ」


 魔族の騎士。

英雄級の、疑似蘇生体の魔族である。

長身痩躯、流れる銀髪は痛んでおり、痩せぎすの顔に疲れ目、いかにも中間管理職という顔つきであるが、剣盾に鎧を身に着けた真正の騎士であった。

兜に胸当てや肘・膝当てなど一部の鎧だけ身に着けた軽装で、伸びた角に翼と尻尾が、その種族を露わにしている。

生き残りの魔物が口々に言い訳を続けるのに、溜息をつきながら魔族は辺りを一瞥。

冒険者三人の後、震えるチセに視線を向け、目を細める。

数秒、目を瞬き、再び溜息。

その手が霞んだかと思うと、生き残りの魔物は刻まれて死んでいった。


「何を、しているんだ!?」

「……そこの女は……私が、始末する」

「何を言っているんだ!?

 貴様ら、民間人は傷つけないとかいう、さっきの演説は嘘だったのか!?」


 ハルカの叫びを無視し、魔族騎士は手元に伝令コウモリを呼び出し放った。

反射的にフミが熱線を放つが、魔族騎士の熱線魔法で迎撃。

何かは分からないが、情報を伝えられてしまった。

何故かチセを殺そうとしていることを考えると、最悪仲間に助力を請うたのかもしれない。

チセの背中に、冷たい背が滲む。

魔族騎士は、億劫そうにハルカを見下げた。


「何一つ、嘘はついていないさ。

 むしろ君たちこそ、見なかったことにしてここは引かないか?」

「……何を、言っている?」


 困惑するハルカに、ごくりと唾をのむカズミ、フミ。

その様子を一瞥してから、魔族騎士は腕組みし微笑んだ。


「なぁに、この若さでこの位階だと、人類ではそこそこ上位の能力だろう?

 先ほど主様が仰っていた通り、最終的には魔族は人類と共存路線なのだ。

 優れた人材をここで失うのは、結果的に魔族の存続に悪影響となるのだよ」

「なるほどな、だが断る」

「……力量差を理解して言っているのか?

 いずれは兎も角、今は君たち三人がかりでも、私には敵わない。

 私はそこの女一人を殺せれば、他の……民間人に手だしなどしないさ」


 チセに、一定以上の位階の力量差など、理解できない。

三人の冒険者もこの魔族も、チセなど歯牙に掛けない圧倒的力を持っているという事しか分からないのだ。

だが、魔族の言によれば圧倒的に魔族の方が強いらしく、冒険者たちもそれを否定はしなかった。

悪い想像が無限に湧いてくるのを、チセは頭を振って追い出して見せる。


 震えるチセの前、三人の冒険者たちは、それでも道を空けなかった。

盾を、剣を、杖を構え、チセにその背を見せながら、魔族騎士に立ち向かう姿勢を見せる。


「……それでも、断る。

 私たちは……あの人の決死の戦いで、命を救われたばかりなんだ。

 そんな私たちが、命惜しさに民間人を見捨てるなど……してたまるか!」

「……そうか。では、これ以上は口にせんよ」


 魔族騎士が剣と盾を抜いた。

底冷えするような殺気に、思わずチセは息をのんだ。

不健康そうな魔族は身長180cm程度と元々長身だが、まるでビルがまるごと動いているかのような、見上げねば全貌の分からない巨大な存在にさえ感じる。

震えながらも、チセは思わず叫んだ。


「わ! ……私、なんで私なんですか!? 私はただの、中学生で……!」

「……そうか。哀れな。魔王様の指示なのだ、恨むなら二階堂家の者たちを恨むがよい」

(二階堂? ユキオさんの?)


 疑問符を浮かべるチセだが、その解消を相手は待たない。

音もなく、戦闘は開始した。

チセの認識力を超えた戦いは、一方的だった。

フミの熱線を掻い潜り迫る騎士に、ハルカが大盾と鎧の重量で受けようとするが、冗談のように数メートルは吹き飛ばされる。

背後に回ったカズミが切りかかるが、鎧で受けられ歯牙にもかけられず、騎士は突進、フミに切りつけた。

どうにか杖で防御したようだが、傷は深く、そのまま倒れ伏してしまう。


「ハルカさん、フミさん!?」


 血だまりに倒れる二人に、思わずチセが悲鳴を上げる。

叫ぶが早いか、チセを守っていた受付机が切り裂かれ、崩れ落ちる。

慌て離れるチセに、騎士が剣を向け――不意打ちで現れたカズミを、その柄で打ち払った。

まるで砲丸投げの玉のように飛んでいくカズミに、思わずチセは絶句した。

轟音を立てて壁にめり込んだカズミを見やるが、ピクリともしていない。


「さらばだ、女よ」


 哀れみの言葉を口にし、騎士が剣を振り上げる。

チセは、ようやく自分がこれから死ぬのだと、実感した。

家族ともう二度と会う事はできないし、学校に行って友達と遊ぶ事だってもうない。

そして最近知り合った年上の英雄とのデートの約束だって、果たせないのだ。

自然、チセの目から涙が零れ落ち、ああ、と思わず、呟いた。


「約束守れなくて……ごめんなさい、ユキオさん」


 金属音。

魔族騎士の剣が、空中で止まっていた。

……否、その剣はそれを断ち切れずに空中に止まっているのであった。

青白く光る、線。

"運命の糸"。

チセの焦れる、英雄の武器。


 一筋の突風が吹いた。

チセは思わず目を閉じ、風が収まるのを待ってから開くと……目の前には、見覚えのある背中があった。

灰色の髪、ミリタリーシャツにジーンズ姿の、街中に居てもおかしくない軽装の少年。

少年が見返り、その黒々とした瞳で、チセを見つめた。


「こちらこそ、遅くなってごめんね、チセ」

「ぅ、ぁ……」


 言葉が、出ない。

夢のような、チセの中の願望を切り出して現実に塗りつけたような光景に、現実感がついてこない。

声にならない声で呻くチセに微笑んでから、ユキオがその手を動かす。

ひゅんひゅんと、糸が風を切る音。

チセと倒れ伏した三人の冒険者の体が淡く光る。

体が楽になり、じんじんと残っていた足の痛みが薄れてゆくのを見るに、どうやら回復しているようだった。

はっ、と気づき、思わずチセは叫ぶ。


「そ、そうだ! 魔族の騎士っぽい人が襲ってきて! あ、あれ、居ない?」

「……そこのソレのことかな?」


 とユキオが指さす先には、既に倒れ伏した魔族騎士が居た。

それこそ先のハルカやカズミのように血だまりに伏しており、一目で敗北したのが見て取れるようだ。

絶句するチセを尻目に、ユキオは膝をつき、魔族騎士に手を触れる。

うっすらと、術式光。


「……こう、かな?」


 と呟くが早いか、魔族騎士はさらさらと砂のように崩れ落ちてしまった。


「ユキオさん?」

「ああいや、少し新技を試していてね。今回の相手は普通に倒しただけだと無限に復活してしまうみたいだから、そうさせないためにね」


 言いつつユキオは冒険者三人に近づき、一人ひとりを順に介抱して見せる。

うつ伏せだったハルカを返し上半身を起こし、無事だった受付に背を預けさせ。

膝をついたまま出血多量で意識が朦朧としていたフミは、比較的回復が早く肩を貸して立ち上がらせ。

壁に埋まっていたカズミはどうやったのか壁を砕いて救出し、意識を取り戻した彼女を運び、こちらも集めて座らせる。

続け、ひときわ強い回復系の術式。

それを受けて、チセと三人の冒険者は、どうにか立ち上がる事ができるようになった。


 続け三人から説明を聞いて、ユキオは難しい顔をした。


「なるほど、放送を見ていたから何故チセみたいな民間人が襲われているのかと思っていたけど……。

 理由は良く分からないが、チセは狙われている、と。

 ……ハルカさん達も強いけど、流石に復活した魔族相手だと厳しいだろうね。

 なら……」


 と、ユキオが両手を上げ、振り下ろす。

青白い糸が、幾重にも重なり、煌めき輝いた。


「……あの?」

「周辺の復活した魔将は始末した。全体の三割ぐらいかな。

 回復したての所申し訳ないけど、魔物は君たちでどうにかしてほしい」

「あ、はい……」


 呆然とするハルカに、遅れてチセは状況を理解し、思わず息をのんだ。

強い強いとは思っていたが、ここまで規格外だとは思っていなかったのだ。

絶句する四人を尻目に、ユキオはハルカを見つめた。


「君たちは、チセを護衛しつつの避難をお願いするよ。

 周辺の魔将は始末したはずだけど、魔物も残っているし、警戒しながら進んでくれ」

「わ、分かりました! ユキオさんは……」


 ユキオは、口をつぐんだ。

ここまで彼は冷静で、チセらを安心させようとする笑顔を見せつつも、どこか余裕のある表情をしていた。

それが今や、苦虫を噛み潰したような、苦渋と悲痛に満ちた、今にも崩れ落ち、自らの首をかき切ってもおかしくない程の顔となっている。

死人のような顔色で、絞り出すような声で、ユキオは告げた。


「前線に行く。……あの人を、魔王の娘を……殺す」




*




「……っ!? 魔将の魂が"消され"ました! 被害数は……152!?」

「ユキオか!? 索敵に留意せよ!」


 ミーシャの言葉と、魔王の叫びに、目を細める。

感知前に辿り着くのが理想だったが、隠密を優先するとギリギリ間に合わなかった。

見れば上部戦場は四か所に別れており、父さんと魔王、ルビアナとスチーグに姉さんミドリ、一人離れたアンバーと恐らく福重さん、ミーシャと護衛らしきサフィンがフリー。

恐らく最速は雷のアンバーか魔王、魔王を盤面から排除するのは無理がある、とすれば。

意識をアンバーと、姿を見せない福重さんに向ける。


「……全く、この状況で索敵と言われましても、やっていますわ!」


 と、見れば苛立ちながらアンバーは、微弱な電波を辺りに振りまき索敵をしているようだった。

意識を集中し確認すると、その電波を通さない真空空間が複数ある上に、人型の動く真空が複数ある。

まるで福重さんが、風で偏光し、視覚的に隠れているかのような人型が。

ご丁寧に床が薄く真空で覆われており、歩行の振動も絶縁し隠している。


「呼吸、呼吸しているはず! 真空空間内部に酸素を貯めておくにも限度があります、息継ぎの瞬間を見逃しませんわ!」


 とすると、アンバーの動きと福重さんの狙いは分かる。

僕はそれに相乗りして、さっさと始末を付けさせてもらうとしよう。

そんな僕の考えを察したのか、一か所、人型の真空が薄れ、次の瞬間そこに雷鳴のような動きでアンバーの剣戟が刺さっていた。

僕はその時、アンバーがキチンと両足を床につけて剣を振るっている事を、確認する。


 遅れ、対角あたりの人型が薄れ、呼吸らしき動作。

間には複数の絶縁真空空間があり、そこを通ればアンバーの高速移動が解除される上、真空で一定のダメージを受けるだろう。


「予想、通り!」


 だが、アンバーは直角の二直線を描き二つ目の人型を切り裂いていた。

先と同じく、恐らく斬撃に力を乗せるために、その両足は床についている。

恐らくこれまで見せていなかった動きなのだろう、してやったりという顔をしているアンバーだが、その先に福重さんは居らず、またもやデコイ。


「……あ?」


 そしてなにより、その胸を青白く光る剣が貫いていた。

薄く真空の張られた屋上の床越しに、索敵範囲外から僕の糸剣を伸ばしたのである。

直撃を感じとると同時、僕は天井を切り抜いてその場に登場、硬直するアンバーに追撃を仕掛けようとする。

が、その瞬間目の前のアンバーが消失。

それに刹那遅れて、糸剣の切っ先から重量感がなくなったのを察する。


「……がっ!?」


 そして僕の背後で悲鳴。

一瞬遅れて反転しつつの糸剣が、そのそっ首を叩き切る。

床に触れるだけで発動する、僕の周囲に仕掛けてあった糸罠が、アンバーの動きを一瞬止めたのである。

床は福重さんの薄い絶縁真空で覆われており、電波が探査用の術式なのであれば、アンバーは床の罠を見抜けないのだ。


 落ちる首と、一瞬目が合う。

アンバーの名の通り、琥珀色に輝く瞳が、呆然と僕を見ていた。

想像とは異なる表情に動揺しそうになるのを噛み殺し、そのまま直進し彼女の胸元を掴んで。


「……消えろ」


 そのまま魂を破壊。

二度と蘇生できないよう、その魂を打ち砕く。

砕けた魂と連動するかのように、アンバーの肉体もまた粉々に崩れ去った。

魂を砕くと、紐づいている肉体にも影響が出るのか、元々使われていた遺体も残らずに消えてしまうのだ。

深呼吸。

薄っすらと湧いた罪悪感のようなものを吐き出し、どうにか奇襲で一人消せてよかった、と戦果の確保に安堵したつもりになる。


「福重さん、失礼しました。一人ここで、確実に消しておきたくて」

「後輩に手柄を譲るのは、先輩の特権……ということにしておいてくれ」


 姿を現した福重さんに、軽く頭を下げる。

次いで視線をミーシャと、その頭上の大型儀式術式へ。

半ばを超えたそれは、見目にはあと1時間以上持ちそうに見えるが、術者が進度を隠ぺいしていれば無意味か。

時間制限がどれ程残っているかは、悲観的に動くとしよう。

とすると奇襲で落とせるのは一人が限度だろうし、それ以上は時間がかかりすぎるか。

ならば、僕がすべきことは。


 瞼を閉じ、一呼吸。

それで得られるのは雀の涙のような落ち着きだが、それもないよりはマシだと自分に言い聞かせ、目を見開く。

糸を射出。

伸ばした糸を超速で引き、僕自身を引っ張る事で、都庁屋上へ到達。

そのまま踏み込み、突進しつつ速度を乗せた糸剣を唐竹に振るう。

金属音。

糸剣の一撃は、ミーシャの手に持つ赤黒い魔剣に防がれ、鍔迫り合いの形となる。

伸ばした手で、互いを抱きしめられそうな距離。


「……サフィン、貴方はルビアナとスターグの援護に!」

「しかし!」

「いいから早く!」

「……分かったよ、投影は映像だけ残しておくね」


 叫ぶミーシャに従いサフィンは隣のビルへと移動、3対2となっていた戦場へと向かう。

僕はそれを見逃し、ミーシャだけに視線を。

好戦的な笑みを浮かべるミーシャと、互いに離れ構えを取る。


「母様! 屋上を広く使いたいので、隣で戦ってくれませんか!?」

「やれやれ、注文の多い娘じゃのう……」


 と、魔王がミーシャと揃いの魔剣を振るい、赤黒い光線を複数放つ。

対する父さんも聖剣を振るい、光線を発射。

青白い光線と赤黒い光線とがぶつかり合い、爆発が発生する。


 続き爆発を煙幕に接近した魔王の、大振りの一撃。

予想していた父さんが受け流し、その軸足を踏みつぶす。

隙を晒した魔王に、切り返しの聖剣が突き刺さり……貫通、魔王が消え去る。


「一撃は耐える系幻影って便利じゃろ?」


 魔王は煙幕の中、大型の異世界魔法を準備していた。

隙を晒した父さんを、魔王の突風の魔法が弾き飛ばす。

追って魔王も羽ばたき、隣のビル屋上に叩きつけられた父さんを追撃していく。

隣の戦いはまだ続くが、流石にこれ以上遠方の戦いを追う余裕がない。

意識を再度、目の前のミーシャに集中する。


「やれやれ……隣で怪獣大決戦をやられると、ちょっと自分の弱さが悲しくなってくるね……」


 僕の今の位階は86。

父さんの聖剣未覚醒状態、平時の位階は132。

弱体化魔王の位階は、肌感で大体140近くという所だろうか。

悲しいぐらいに実力差があり、あちらに混ざっても僕は瞬殺されるだけだろう。


「おやおや、今からお家に帰って、私の膝枕を所望ですか?」


 そして、目の前で微笑むフレンチメイド服姿のミーシャは、明らかに僕をはるかに超えた力を持つ。

位階は、10違えば2倍の出力差があると言われている。

目の前のミーシャはどう見ても僕の3倍以上の力を発していた。

生前の四死天が位階100だったと聞くが、彼女はそれを超えるほどのプレッシャーだ。


「残念ながら、今日の僕の出勤目的は違っていてね。……君を、殺しに来た」


 糸剣を構える腕の元、肩に少し力が入る。

ミーシャの持つ魔剣、恐らくは異世界魔法で生み出されたそれの切っ先が、僅かに揺れる。


「私は、貴方と添い遂げに。

 ……そしてもう一つ」


 見ればその赤い瞳が、じっと僕の目を見つめていた。

血のように赤く、僕の奥底まで抉り中身を確かめるかのような目が。

貫くような強い視線を僕にやりながら、その唇が上下に離れ。


「貴方を、救いに来ました」


 思わず、息をのむ。

まるで、全身を横殴りの雨に打たれるかのような圧力だった。

決して声量が並外れて大きい訳でもない。

声質は響きやすいほうだが、それでも桁外れというほどでもない。

それでも、言葉の内容よりも、その迫力と感情が、僕を圧倒していた。


「貴方の家族は……"そこ"は、貴方の居場所なんかじゃあない」

「貴方を狂わせる、鎖で雁字搦めの牢獄」

「貴方を愛していると言いつつ、貴方に寄りかかる事しかしていない、貴方の敵の集まり」

「ユキさん、自分で自分を洗脳しているかのようにしなければ愛せない居場所に、一体どれぐらいの価値があるんですか?」

「貴方は"そこ"で……苦しみ以外の、何一つ得る事はできていない」


 そう言う彼女自身が苦しんでいるかのような、辛そうな声だった。

まるで実感がない僕に、見ているだけでこんな風になるほど、お前は苦しいのだと告げられるかのような。


 ふと、ナギの言葉を思い出してしまう。

"ユキオ、キミは家族を殺したかったんだろう?"

"違う"

"……嘘つき"

僕は本当に家族を愛しているのだろうか?

愛しているのに、愛する家族に殺されたいなんて願うものなのだろうか?


「そんな事、許さない」

「私の大好きな人が苦しむ光景を、許してなんかやるものか!」

「私は、勝ちます! 貴方にも、貴方の家族にも!」

「勝って、貴方を奪って……私が、貴方の居場所になってみせる!」


 何時しかミーシャは、涙を零していた。

白磁の目元を赤く染め、魔剣を構える肩を震わせながら、泣き叫ぶように言葉を発していた。

救うと、僕を助けようとするその彼女自身が、助けを必要とするかのように切実で。

明かな隙に、しかし僕もまた動揺で、何もできない。


「だって……貴方が私を、連れ出してくれたから」

「あんなにも孤独で、自分が醜くて、死にたいぐらいだったあの夜に」

「それでも私を抱きしめて、撫でてくれて」

「……愛してくれたから」

「"あそこ"ではない"ここ"に、連れ出してくれたから」


 抽象的で一瞬悩んだが、夜に撫でたとすれば、あの夜か。

初めて入った初恋の人の部屋、ベッドで二人、抱きしめ合って添い寝した、あの夜。


「聖剣レプリカの、判定前夜か。

 あれは……僕も不安に押しつぶされそうで、自分よりも不安な人を慰める事で、不安から目を逸らしたかっただけの……」

「それでも。……そうだと、知っていても、です」


「自分で自分を、家族が大好きだと洗脳する貴方」

「輝く聖剣の、青白い光の鎖に絡めとられているようにさえ見える、囚人の貴方」

「そんな貴方を……"そこ"から、連れ出して見せる」

「例え何を……してでも」


 ミーシャは、魔剣を片手に、空いた手を空へを向けた。

高く伸ばした、その手をゆっくりと、万力を込めるような仕草で、握りしめる。

強い術式の気配、矛先は僕ではない。

ミーシャへの警戒を残したまま後方に視線をやり……目を、見開く。

父さんと、ヒマリ姉と、ミドリ。

三人の魂に、黒々とした術式が張り付いていた。

内容は読み切れないが、かなりの危険性を感じる。


「この術式は……魂に、貴方との別離を刻みつけます」

「……は?」

「制限時間は、10分。それ以内に私を殺せなければ……貴方とあの三人は、間もなく離れ離れになり……別々の人生を、歩み始めます」


 一瞬、思考が止まった。

脳裏をミーシャの言葉が反復し、ようやく理解が及び……。

脳が沸騰する。

視界がチカチカして、全身が燃え盛るかのように熱い。

殺意が、全身に満ちるのを感じた。


「何を、言っている」

「貴方だけじゃあない。

 夢のためになんでもしてみせるのは……この世で、貴方一人なんかじゃあない!

 例え私を育ててくれた人でも……貴方が大切にしているものだったとしても!

 それが、こんなにも貴方を苦しめる物なのであれば!」


 絶叫して、ミーシャが構えた魔剣の切っ先を下げ……いや、腰を少し落とし、姿勢を改めたのだと、遅れて理解する。

だがそれすらも沸騰した脳では理解が煩わしく、これではいけないという警笛が響き渡る。


 全身から吹き出るかのような殺意を、吸い込んだ夏の淀んだ空気で、押しつぶす。

胃の中に押し込んだ黒々としたものが全身の重しになって、今にも飛んでいきそうな体を地面に叩きつける。

吐く息が全身から熱を奪い散らし、残ったのは凍り付くような殺意だけに満ちた血肉だけだ。

氷の意志と殺意とを乗せ、僕は静かにミーシャを、僕の敵を、睨みつけた。


「ならば……僕は、君を殺す」

「私は……貴方を救う!」


 僕の静かな言葉に、ミーシャの絶叫が答える。

遅れ全霊の踏み込みが、屋上のコンクリを穿っていった。



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