異世界恋愛の短編集

岡崎 剛柔(おかざき・ごうじゅう)

7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」


 しんと静まった大広間の中、マリアンヌ・ランドルフこと私は唖然となった。


 時刻は夜。


 場所はシルフィード伯爵家の大広間である。


 もちろん、この大広間には大勢の貴族諸侯たちが顔を並べていた。


 当然と言えば当然である。


 なぜなら、今日はここでグルドン・シルフィードとマリアンヌ・ランドルフの婚約披露パーティーという名目で貴族たちが招待されていたからだ。


 しかしパーティーが宴もたけなわになった頃、グルドンさまは私を呼び寄せて大広間の中央へと歩み出ると、面と向かって今のような想像を絶する言葉を吐いたのである。


「お、お待ちください!」


 私はハッと我に変えると、グルドンさまに深い説明を求めた。


「説明も何もない。今言ったことがすべてだ。君は僕と同じ25歳。だが、男の25歳は心身ともに成熟して周囲からは立派に見えるもの。しかし、女の25歳など子供が満足に産めるかどうかもわからない年増だ。そんな女とはやはり婚約できない。だから僕の独断で君との婚約を破棄する」


 私はちらりとグルドンさまから視線を外した。


 大広間の隅におられた、グルドンさまのお父上であるトゥバン・シルフィードさまに目をやる。


 案の定、トゥバン・シルフィードさまも寝耳に水だったのだろう。


 遠目からでも白い泡を吐いてその場に倒れ、近くにいた執事たちに介抱されている。


 私は視線をグルドンさまに戻すと、「私がこの年まで結婚しなかったのはあなたのせいでしょう」と射貫くような視線を向けた。


 そうである。


 本来、私とグルドンさまは互いの両親によって16歳のときに婚約が決まっていた。


 そして16歳はまだ2人も王立学院の生徒だったので、卒業する18歳になったら正式に挙式して結婚しようという話し合いになっていたのだ。


 けれども王立学院を卒業してしばらく経ってからのこと、グルドンさまは「将来のシルフィード伯爵家の当主として研鑽を積みたい」と意味不明なことを宣言し、国内はもとよりこのアノニウム王国と外交のある国へと旅行へ行ってしまったのだ。


 それぐらい羽目を外してもいいわね。


 などと簡単に考えた当時の自分自身を殴りつけたい。


 あろうことかグルドンさまは、18歳の頃から7年間も諸外国を旅行することになったのだから。


 ああ、うん。


 そうです、だから私は結局のところ18歳から25歳まで延々と結婚を待たされることになった。


 正直、年月が経つにつれてグルドンさまへの思いもどんどん冷めていったのだけれど、そこは貴族令嬢としてじっと耐えてきた。


 私はランドルフ家の伯爵令嬢。


 幼少の頃から勉学はもちろん、子作りには体力も必要だと武芸の鍛錬によって体力をつけていた。


 すべてはグルドンさまと結婚して、互いに家の関係を良好に保つため。


 しかし。


 しかしよ。


 まさか7年間も国元にほったらかしにした婚約者に対して、帰って来るなり「君は25歳の年増だから結婚できない。バイバイ」


 なんて言われて黙ってる?


 ねえ、誰か教えて?


 そんなこと言われて黙ってられる?


 もう貴族や平民なんてことは関係ない。


 1人の女としてのプライドをズタズタに引き裂かれて黙ってられる?


 ええ、はい。


 もちろん、私は黙っていられません!


 断じて黙っていませんよ!


 そうして私が怒りに両拳を強く握り締めたとき、グルドンさまは自分たちの元へ1人の人間を呼び寄せた。


 私を含めた貴族たちの視線がその人物へと集中する。


 まさか、新たな婚約者か。


 と思ったのも束の間、再び私と貴族たちは大きく目を見開くことになった。


 子供だった。


 グルドンさまが自分の元へ呼び寄せたのは、6、7歳と思しき子供だった。


 しかもドレスを着た可愛らしい少女……ではない!


 男だった。


 紛れもない貴族令息たちが着ているタキシードを着ている男の子だった。


「紹介しよう。彼はアレク・リンドバーグ。リンドバーグ男爵家の子息だ。そして僕との新しい婚約者でもある」


 ……………………………………………………は?


 たっぷりと現状を把握することに時間と頭を使ってしまったが、どれだけ考えてもいきつく先は同じだった。


 は?


 はあああああああああああああああああ――――――――ッ!


 まだ年端もいかない子供を、しかも同性の男の子を婚約者にする?


 これには大抵の奇想天外なことでも受け入れる貴族たちも声を失った。


 貴族令嬢たちの中にはあまりのことに気を失う者も出たほどだ。


 しかし、グルドンさま……いえ、グルドンだけはそのことに気づいていない。


 満面の笑みで、なおかつなぜか勝ち誇ったような顔で、アレクという男爵令息の頭を撫でる。


 私は顔をやや引きつらせながらも、それでも平常な顔を何とか作ってアレクに話しかける。


「あのう……え~と、あなたはアレクと言うのね。ねえ、アレク。あなたはすべてを承知しているの?」


「承知ってどういうこと?」


「だからね。あなたはそこにいるグルドン……さまと本当に婚約するの? 婚約ってわかる?」


 うん、とアレクは顔を明るくさせた。


「わかるよ。毎日たくさんお菓子をくれて一緒に遊んでくれることだよね」


 全然わかってなかった。


 これっぽっちもわかってなかった。


 というか、完全にお菓子と遊びで言いくるめられていることは誰の目にも明らかだった。


 そしてこのアレクの発言に、今度は貴族令息たちの何人かが気を失った。


 グルドンのあまりの奇行に精神が持たなかったのだろう。


 同時に何とか正気を保てた貴族たちはこう思ったに違いない。


 グルドン・シルフィードは諸国漫遊のせいで、男好きの幼児趣味ショタコンに目覚めたのだろうと。


 それは私も同じだった。


 そして、できることならすべてを忘れて気を失いたかった。


 だが、そうもできない状況が発生したのだ。


「さて、言うことも済んだしもうパーティーはお開きだ。さあ、アレク。みんなへのお披露目も済んだし、これから僕の部屋へ行って一緒に遊ぼうな」


 そう言ってグルドンはアレクを連れて行こうとした。


 アレクは「わ~い」と嬉しそうな声を上げる。


 当然ながらグルドンが考えている「遊ぶ」とアレクの考えている「遊ぶ」は違う。


 オリエンタ海の東側にあるマーンヘッド大陸と、西側にあるラーズウル大陸ぐらい違う。


 このままではグルドンによってアレクが手籠めにされてしまう。


 そう思った瞬間、私の頭の奥で何かが切れた。


 もう盛大に「プッツン」と音がするほど何かが切れた。


 そして私は動いた。


 盛大にドレスをはためかせ、瞬く間にグルドンと間合いを詰める。


「な、何をする!」


 私の行動に驚くグルドン。


「何をするですって? あなたこそ、こんな小さな何もわからない子供に対してをするつもりなんですか!」


 叫んだ直後、私は7年間の鬱憤をすべて拳に乗せた。


 そして――。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――――ッ!」


 私は両手の拳を固く握り締め、グルドンの顔を含めた肉体に打ち放った。


 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!


「ひぎゃああああああああああああああああああああああ――――ッ!」


 幼少の頃から鍛えてきた私の拳舞連打を食らったグルドンさまは、大量の血と唾を吐き散らしながら盛大に吹っ飛んだ。


 やがてグシャグシャになったグルドンさまが床に倒れると、私は荒く息を吐きながらグルドンさまを見下ろして思った。


 ああ……私の貴族令嬢としての結婚は完璧になくなったわね。



 …………と、思ってから約10年後。


 私は自宅のランドルフ家の中庭にいた。


 もうあれから10年。


 現在、私は35歳になっていた。


 あの騒動があってから、私に新たな婚約話はまったくなくなった。


 グルドンとの一件の非はすべてグルドン自身にあり、トゥバンさまが色々と私に被害が出ないように取り計らってくれたものの、貴族の口に扉は立てられない。


 私の武勇譚はあっという間に貴族社会に広まり、パタリと縁談はなくなった。


 あれから10年。


 こうして私は自宅の庭で日光浴を楽しんでいる。


 え? 不幸じゃないかって?


 それがそうでもないのよ。


 などと私は誰に言うでもなくつぶやいた。


 そのときである。


「マリアンヌさま」


 私の元に1人の少年が駆け寄ってきた。


 綺麗な黒髪をした美少年である。


 名前はアレク。


 そう、10年前にグルドンの魔の手から助けた男爵子息だった。


 アレクは私の胸に飛び込んでくる。


 あの一件以来、私はアレクに惚れられた。


 アレクが詳しい事情を知ったこともあるが、1番の理由は私がグルドンを素手でぶちのめした姿を見て惚れてしまったからだという。


 それ以来、私はアレクと約束した。


 アレクが成人する18歳になったとき、正式に婚約しようと。


「ねえ、マリアンヌさま。僕が王立学院に入学する前にどこか一緒に旅行しようと。田舎なら僕たちは気兼ねなく2人でいられるだろ」


「そうね。そうしようか」


 10年前、年増と言われて婚約破棄された私だが、今はこうしてアレクという大事な存在ができた。


 まだまだツバメの雛のような存在だが、あと数年もすれば立派な体格の青年になるだろう。


 私はアレクを引き寄せて抱き寄せる。


 アレクは陽だまりのような温かさがあった。


 あんな10年前のことなどもう思い出さないでおこう。


 それよりも、今はこの幸せを噛み締めていたい。


 私たちの頭上からは、今後の2人の人生を祝ってくれるような日差しが降り注いでいた。



〈Fin〉



 

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