第23話 魔女狩り部隊

 五月十九日、部隊に重要な変更が行われた。これまで地上攻撃にかかわる部隊は、急降下爆撃隊・地上攻撃隊・戦闘爆撃隊・対戦車隊など雑多な部隊の寄せ集めであった。これらを統合して任務を確立することになった。その結果、急降下爆撃航空団は『地上攻撃航空団』と改名され、初代航空団司令にはカール・シュテップ少佐が就任した。同時にシャルロッテは第二地上攻撃航空団第三飛行隊長に任命された。副官には、ヘルムト・フィッケル中尉が就いた。以後、彼は戦闘時にハンス・ブラットと共にシャルロッテの僚機として必ず出撃する「天空の魔女の影」の一人となった人物である。

 統合後の部隊の初仕事は、ハルキ方面で法皇国軍に圧迫を加え、周辺から彼らを駆逐することだった。ハルキ方面の要塞は、法皇国による四月大攻勢で破壊されたため、その修復と増強のための工事を行う時間稼ぎをするのが目的だった。

 「今回の作戦は時間稼ぎだ。法皇国の戦車を工事現場に近づけるな!」

 シャルロッテの訓示を受けた後、第三飛行隊の面々は各自のヴァンダーファルケへと乗り込んだ。

 「フィッケル、ブラット、我々も行くぞ!」

 「了解です、大尉・・・しかし、今日の天候はひどすぎます。雲が多くて敵機も対空砲火も見えそうにありませんよ。」

 「敵の陸上部隊は天候を理由に侵攻を待ってはくれない。視界が悪くても出撃する!なぁに、向こうさんも条件は一緒だ。雲は我々の姿も隠してくれるさ。」

 「確かにそうですね・・・行きましょう!」

 シャルロッテ達第三飛行隊は、低い雲を覆いにして出撃した。ところが、敵の密集部隊を発見した直後、シャルロッテの機体にタタタっと言うリズミカルな衝撃が伝わった。

 「むっ!機銃弾か!畜生、喰らったぞ!マリー、大丈夫?怪我は無い?」

 「私は大丈夫よ!それにしても、いったいどこから撃たれたのかしら・・・機影は見えなかったわ。雲に隠れているのかしら。」

 「旋回して雲の中に入る!」

 シャルロッテは、ヴァンダーファルケを急旋回させると、雲の中に突入した。

 「『皆、無事か?敵の機影を見た者はいるか?』」

 飛行隊の面々に無線を使って聞いてみたが、返事は『否』ばかりだった。

 「よし、雲の上に出る!」

 シャルロッテは高度を上げて、雲の上に出た。上から雲の中の機影を確認しようとしたが、厚すぎる雲は全てのものを覆い隠しており、機影などは見えなかった。

 「くそっ、何処にいるんだ!」

 シャルロッテの顔に焦りの色が浮かんだ。そこに緊急無線が入った。

 『隊長!へリンク機が撃たれました!火を噴きながら落ちていってます!』

 へリンク中尉は、地上支援で黒瑞宝章を授与された猛者の一人だった。

 「(私の勘が、「これは拙い」と警鐘を鳴らしている・・・ここは退くべきだ!)全隊員に告ぐ!今すぐ撤退せよ!繰り返す、今すぐ撤退せよ!」

 こうして、何ら戦果を挙げること無く撤退した第三飛行隊だったが、今回の出撃でへリンク機を含めてヴァンダーファルケを三機も失ってしまっていた。しかも最後まで敵の正体は不明だった。

 「一体、どんな奴なんだ・・・。まずは敵の正体を見極めなければ・・・。」

                 ☆

 時間は少し遡る。ここは、法皇国大神殿の中である。神の象徴である黄金のモニュメントの前に立つのは、法皇ラスプーチンだった。

 「チェルノブ大元帥よ・・・一体何時になったら共和国は神の御名に平伏すのだ・・・。」

 長いボサボサの髪の間から垣間見える灰色の目が、瞬きもせずに跪くチェルノブをじっと見つめていた。チェルノブは、恐ろしさのあまり失禁しそうになりながらも、何とか声を絞り出して答えた。

 「大法皇様、将兵は全力を尽くして神の代行を執行中であります。もう少しのご猶予を頂きとうございます。」

 しばらくの沈黙の後、法皇ラスプーチンは再び口を開いた。

 「・・・新型戦車まで投入した作戦も失敗に終わったそうではないか・・・。いくら神のご加護があるとは言え、我が国の資源、工業力も無限では無い・・・一体どうしてこのような失敗が続くのだ・・・。」

 法皇の口調は一本調子で、抑揚は感じられない。それが一層チェルノブの恐怖心を煽っていた。

 「共和国の空軍に凄腕の爆撃手がおります。奴一人のために我が方の戦車三千輛以上が破壊されております。」

 「・・・一人でか?・・・そんな事がヒトにできるのか?・・・」

 僅かではあるが、珍しく法皇の声に感情が混ざっていた。

 「はっ!間違いございません。共和国では奴のことを英雄視しております。」

 くわっと法皇は眦が裂けんばかりに目を見開いた。そして、長年仕えているチェルノブですら聞いたことの無い大きな声で言った。

 「其奴は、神の敵!サタンである。その男を殺さねばならぬ!」

 その言葉を聞いた途端、チェルノブは自分の報告の不十分さを悔いた。法皇の言を正さねばならないことに胃腸を吐き出さんばかりのストレスを感じつつも、今ここで訂正しなければ、一層の恥を法皇にかかせる事になる、そう考えて勇気を振り絞って発言した。

 「法皇様・・・一点、訂正させて頂かなければなりません・・・。『その男』ではありません。『その女』であります・・・。」

 それを聞いた法皇は、呻き声のような音を吐き出し始めた。しばらく続いたその状態を、チェルノブは永遠の責め苦のように感じ、遂には吐血してしまった。その様子を見た法皇は、ようやく音の吐き出しを止め、口を開いた。

 「・・・女・・・女か・・・。では、其奴は『天空の魔女』だな・・・。チェルノブよ、全ての国民に知らしめよ。我らの前に、神の敵である『天空の魔女』が出現した。必ずこれを討ち滅ぼさねばならない、と。」

 「御言葉、確かに承りました!早速、実行いたします!」

 チェルノブは血塗れの顔を床に伏せ、這いつくばりながら答えた。

                    ☆

 法皇の御言葉に添うべく、チェルノブは空軍総司令官ズミェイ・ヤドヴィートイに、『天空の魔女』を殲滅するための特別部隊、通称『魔女狩り部隊』を編成するよう命じた。早速、ヤドヴィートイは各地から選りすぐりのパイロット十五名を招集した。その内、指揮官として選ばれた三名は、いずれも神御名勲章を受章している英雄だった。一人目は、撃墜数二十三機、共同撃墜数四十二機のレフ・シェスタコフ大佐。二人目は、撃墜数十五機、共同撃墜数一機のアレクセイ・リャザンツェフ少佐。三人目は撃墜数二十八機のボリス・コブザン大佐である。部隊員十二名もそれぞれ単独撃墜記録を持つ猛者達だ。この部隊ならば、必ずや法皇様の御期待に添えるであろう。報告を聞いたチェルノブは大いに満足した。

               ☆

 とにかく、このままでは地上攻撃ができない。シャルロッテは迷わず、戦闘飛行隊に協力を求めた。

 「正体は掴めていない。しかし、雲の中でこちらに機銃弾を命中させているんだ。只者とは思えない。」

 「たまたま当たったのでは無いと?」

 ハルトマン大尉は、素直に疑問をぶつけてきた。

 「エースであるへリンクを含めて三機も失ってしまった。偶然では有り得ない。」

 「短時間で三機か・・・一機だけでは無いな・・・。」

 シャルロッテの返事を聞いて、今度はコルツ中尉が呟いた。

 「少なくとも編隊、もしかすると部隊単位でベテランを投入してきたのかもしれないな。」

 「自惚れではなく、事実として地上攻撃航空団は我が国防衛の要よ。我々の行動が制限されれば、それだけ法皇国にとって有利になるわ・・・。」

 「その通りだな。よし、上を説き伏せて、我が第一戦闘飛行隊が援護に就こう。」

 ハルトマン大尉の言葉に、シャルロッテは胸を撫で下ろした。

 「宜しくお願いします。」

                ☆

 次の日の出撃から、エースパイロット揃いの第一戦闘飛行隊が随伴してくれることになった。シャルロッテ達第三飛行隊はそれを心強く思いながら出撃した。

 編隊が法皇国軍の密集部隊を発見したときの事である。突然、フリッチ中尉のヴァンダーファルケが火を噴いて、そのまま錐揉み状態で墜落していった。

 「!!敵襲!」

 シャルロッテは無線機に向かって叫びながら、ヴァンダーファルケを急旋回させた。視界が回転していく中で太陽が見えた。その瞬間、シャルロッテの勘が警鐘を鳴らした。

 「!!太陽よ!太陽の中に敵がいる!」

 その言葉を聞いて、すぐにハルトマンとコルツが反応した。二機のシュバルツファルケが太陽に向かって上昇して行った。はたして、そこには法皇国の新鋭戦闘機ケルビムが既存の戦闘機スローン四機を伴い、攻撃態勢に入ろうとしていた。

 すれ違いざまに、シュバルツファルケの12.7mm機銃が火を噴いた。次の瞬間、一機のスローンが主翼から炎を噴き出しながら、もう一機が尾翼をばらまきながら錐揉み状態で墜落していった。

 敵編隊の上を取ったシュバルツファルケは、反転して今度は急降下しながら銃撃を開始した。再び、二機のスローンがバラバラになりながら墜落した。残るはケルビム一機である。しかし、こいつが曲者だった。上手く横滑りを利用しながら、ハルトマンとコルツの銃撃を器用に避け、チャンスが回ってきたら反撃してくるのである。

 「こいつ、できるな!」

 ハルトマンは素直に感心した。しかし、二対一の戦いである。次第にケルビムは追い込まれていく。そして遂にコルツの一撃が翼に命中し、パッと火の手が上がった。さらにハルトマンの銃撃がキャノピーを砕く。すかさずコルツ機の銃撃がエンジンに命中し、さしもの新鋭機も爆散した。

 このとき、戦死したのはアレクセイ・リャザンツェフ少佐で、早くも法皇国の「魔女狩り部隊」の一編隊が消滅したのだった。

                   ☆

 確認できた法皇国の戦闘機部隊は全部で十五機だった。その内、五機は撃墜した。残りは十機である。しかし、かなりのベテラン揃いと見えて、撃ち漏らしただけで無く、こちら側の戦闘機も二機撃墜されていた。戦闘機隊と地上攻撃隊の指揮官同士の話し合いが持たれ、この十機をどうにかするまでは、常に戦闘機隊が地上攻撃隊に随伴することが決まった。

 「皆さんの御陰で安心して対戦車戦ができます。有り難うございます。」

 シャルロッテは、戦闘機隊の面々一人ずつに挨拶して回った。

 「ユンググラース大尉、そんなに恐縮することは無い。友軍の支援をするのは当たり前だからな。」

 ハルトマン大尉が苦笑しながら言った。

 「いいえ、『親しき間にも礼儀あり』ですわ。」

 シャルロッテは当然の事をしているという態度を崩さなかった。

 「まぁ、こんな可愛いお嬢さんに礼を言われると悪い気はしないからな。張り切って護衛しなきゃって思うから、効果は絶大だ。」

 コルツ中尉が和やかにそう言うと、シャルロッテは膨れっ面を見せて答えた。

 「おだてても何も出ませんよ。からかわないでください。」

 「いや・・・おだてでは無いんだが・・・。」

 コルツ中尉は困った顔を見せた。その様子を見て、両隊の隊員は腹を抱えて笑った。

                 ☆

 「ヤドヴィートイよ・・・一体どうなっているのだ。一向に「天空の魔女」を狩ったと言う報告が無いのだが・・・。」

 チェルノブ大元帥が憔悴しきった表情で問い質した。実は、毎日のように法皇に呼び出されては、まだかまだかとせっつかれていたのだ。

 「はい、実は二回目の出撃で、アレクセイ・リャザンツェフ以下五名が戦死しました。他の十名はまだ健在で、毎日のように迎撃しておりますが、敵の戦闘機隊に阻まれて、未だ魔女を狩れてはおりません。」

 ヤドヴィートイは、申し訳なさそうに答えた。

 「あのリャザンツェフが・・・仕方ない・・・優秀なパイロットを選別して大隊規模の戦闘機隊を編成せよ。少数精鋭ではどうやら魔女は狩れないようだ・・・。」

 「了解いたしました。本日中に編成して、現地に向かわせます。」

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