年の瀬


 稀に世の中の見え方が変わる時がある。

 ユーリ自身、急に自分の事を女性だと認識できるようになった訳ではない。それでも、今朝と今とでは少し感覚が違うと自覚していた。

 女性に対して、必要以上に意識をしなくなっているのだ。酒場の客にしても、ユーリが女性であるためか多少無防備になる。それに対して、今までは目を背けたりしていたのだが。


 「リサさん、脚をそんなに広げないでください。下着が見えてますよ!」


 既に何杯も酒を飲み、ぐったりと机に倒れこんだリサの脚を閉じながら、それをチラチラと見ようとしていた男性客をユーリは目で制した。

 リサは普段通りのローブ姿だが、身体が火照ると言って裾をまくり上げていた。当然、裾も下ろす。


 「みせときゃいいのよ、こんなバカのパンツなんか。減るもんじゃないし」


 「ダメです!ウチはそういうお店じゃないので、変なお客さんが増えると困るんですよ」


 「ユーリちゃん、なんかフランちゃんみたいになってきたわね」


 言われ、キッチンの奥に居るフランを見る。この距離で聞こえた訳では無いと思うが、何故か得意げな顔でこちらを見ていた。


 注文を取りにテーブルを回っていると、中年男性が仕事の愚痴を言い合っているのが聞こえる。どうやら冒険者ではなく、この街の住人のようだ。

 給料が上がらない、増える仕事、上司からのプレッシャー、部下や後輩の育成、家庭の問題等。社畜だったユーリにも痛いほどわかる話だった。


 (もしかして、立場のあるストレスを抱えた男性こそ、身体的接触によるストレスの緩和が有効なんじゃ?)


 彼らが普段からハグしたり、手を握り合っている姿を想像すると奇妙にも思えるが、それは一般的ではないというだけで、よく見る光景になれば誰も気にしないのではないだろうか。実際に泥酔したときは、べったりと肩を組んで歌を歌っているのだ。本当は、女の子のようにしたいのではないだろうか。


 素直になってもいいんですよ。という気持ちを込めながら、注文のビールをなみなみと注ぐ。酒が無くとも、素直になれる日が来るといい。


 ビールと料理をテーブルに持っていくと、店の入り口から客が一人入って来た。冒険者。爽やかなイケメンの青年である。

 確か昨日も来店していた。


 「あの、すみません。まだ、開いてますか?」


 「まだ大丈夫ですけど、今日は少し早めにお店を閉める予定なんです。あと1時間くらいになってしまうので、料理はすぐに注文していただくことになりますが・・・」


 ユーリは明日の予定を思い出しながら、青年に伝える。


 昼にアーシェラから、急遽明日モンスター討伐の予定を聞かされた。行政と冒険者、民間人合同で、増えすぎたモンスターの駆除活動があるらしい。街の外へ出るため、朝早くから夜遅めの時間までの活動となる。

 見学だけでも良い経験になると言われ、フランと一緒にテーティスに相談したところ、快諾してくれた。そのため、今日は早く店を閉め、明日も開放する席を大幅に減らしての営業となるようだった。


 「大丈夫です。軽く一杯だけ飲んだら、それで」


 「ありがとうございます。それでは、お席にご案内しますね」


 青年を空いた席に案内し、メニューを渡す。


 「ビールと、鶏の唐揚げと・・・海産物のサラダをハーフでお願いします」


 「ビールと、鶏の唐揚げと海産物のサラダをハーフですね。あはは、昨日と同じですね!お好きなんですか?」


 この冒険者は昨日も同じものを食べていた筈だ。というより、一人で店に来る男性客は大抵同じものを頼む傾向がある。


 「えっ?いやぁ。昨日食べたのが美味しくって・・・」


 「そうなんですね。揚げ物なら、ツナの唐揚げもおススメですよ。この時期は油が乗ってるので!」


 「じゃあ、そっちに変えてもらえるかな?」


 「はい。かしこまりました!」


 厨房のテーティスとフランに注文を伝え、ジョッキにビールを注ぐ。料理の方は順番に作っているため、先にビールとお通しをテーブルに運ぶと 青年が話しかけてきた。


 「いやあ、この店はいいお店だね。料理も美味しいし、雰囲気もいい」


 「ありがとうございます。女将さんの料理は本当に美味しいですよね。でも、お店の雰囲気は普通だと思いますけど。内装も普通ですし」


 『渡り鳥』の店内は特に豪華だったりお洒落な内装にはなっていない。ユーリとしては普通の店だと思っている。


 「いや、内装とかじゃなくて、店全体の雰囲気がね。客層も冒険者が多いのに落ち着いてるし、普通はもっと粗野な雰囲気だよ」


 そういうものなのだろうか。現代社会の居酒屋であれば、どこもこんな雰囲気だと思う。しかし、青年が言うにはこのような雰囲気は珍しいようだ。ユーリは他の店に足を踏み入れていないし、この時間は殆ど仕事をしているので、他の場所の雰囲気というのがわからなかった。


 「私もまだこの街に来てからそれ程日が経っていないんですが、もしかしたら、この街が全体的にそういう雰囲気なのかも知れませんね」


 「そうなのかな。でも確かに、治安も良さそうだし、いい所なんだろうなあ。早めに店が閉まるなら、後から他の店にも行ってみようかな」


 「それもいいかも知れませんね。でも、ウチのお店もご贔屓にお願いします」


 営業活動は忘れない。


 「あはは、もちろんだよ。近々、冒険者仲間がこの街に到着する予定だから。誘って来るとするよ」


 「それは、ありがとうございます。でも、年末年始の新年祭の間は、お店を開いてないので注意してくださいね」


 今は丁度年末の時期にあたる。この街では年末から年始にかけて新年祭が行われ、街を挙げての催し物も開催されるようだ。その期間は他の国や別の街からの屋台が出店される事もあり、『渡り鳥』自体休業する。単純に年末年始くらい休んで羽を伸ばしたいという事だった。


 ユーリとしてもこの世界での祭りは初めてなので、楽しみにしている。

 その祭りの影響もあるのか、羽休め時期なのか街の外から冒険者が多くやってきているようで、街は日に日に活気づいているようだった。


□ □ □ 

 

 「よし」


 早朝、まだ外は暗く人の気配もない。制服に着替えて準備を終えたユーリは自室の扉をゆっくりと開けた。


 「ユーリちゃん、おはよう」


 「おはよう、フラン」 


 丁度部屋から出てきたフランとかち合い、挨拶をする。


 寝ているテーティスとラケシスを起こさないように、ゆっくりとした足取りで一階へ降り、昨晩のうちに作っておいた朝食のサンドイッチをピックアップする。今日は移動中に食べる予定だった。


 そのまま酒場のホールを通過して、外へ出てから鍵を閉めた。

 まだ暗闇を街灯が照らす時間、冷えた空気が身体に纏わりついてくる。なんとなく、この世界に来た初日を思い出した。

 あの時は不安に感じていたスカートにも慣れた。こうやって少しずつ変わっていくのだろう。


 モンスター討伐。今はその言葉に心躍ったりはしなかった。ただ、今後の生き方を選ぶために経験しておきたいと思う。


 「それじゃ、行こっか」


 「うん」


 集合場所である街の東門に向けて、ユーリとフランは歩き始めた。

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